イチブトゼンブ(西谷)

『夕はさ、私のことほんの一部しか知らないよ』
「は?何言ってんだ凛」
『私だって夕のこときっと全部知らないもん』


俺の隣で凛がそう言って勝ち誇った様に微笑んだ。
ほんと何言ってんだろコイツ。
何で言ってやったぞみたいな顔してんだ?
急に言われても訳わかんねぇよな。


「何かあったのか?」
『別にー』


ベッドを背もたれにクッションをぎゅっと抱えている。
顔色を伺うも悩んでるとか怒ってるとか凹んでるとかそういう感じじゃなさそうだ。


「凛、ちゃんと話せって。じゃないと分かんねぇし」
『だから私も夕もお互いのこと全部分かってないよねって話』


そんなもん当たり前じゃねぇの?
今更何言ってんだろ。


「凛は俺のこと全部知りたいってこと?」
『うん、好きだから夕のこと全部知りたい。おかしい?』
「や、別におかしくは無いけど」
『でもきっと無理なんだよね』
「人の頭ん中は覗けないからな」


好きな人のことを全部知りたいって気持ちは理解出来なくもない。
でもそんなの考えたって無理だ。
エスパーでも無い限り絶対に無理だ。


『あーあ、夕の頭の中覗けたらいいのになー』
「エスパーにでも弟子入りしてこいよ」
『なんだよ!夕は私のこと全部知りたく無いのか?』


ボスッとクッションで肩を殴られた。
俺の返事に不満そうだ。
つーか最初に自分で『夕は私のことほんの一部しか知らないよ』って言っただろ。


「全てってのは無理だろ」
『冷たい』
「相手が何考えてんのか分かったらつまんねーし」
『楽チンじゃない?』
「俺はそうは思わない」
『何で?』
「ちゃんとさ、凛の口から聞きてぇ」
『そっか。そういうことね』
「そうだろ?」


俺の返事にまだ不満そうだ。
再びクッションを抱きしめて黙りこんでしまった。
何でわかんねぇんだろ?


「なぁ、別に全部知らなくてもいいだろ?」
『嫌なんだもん』
「俺はさ、お前の笑った顔とかさ寝起きの眠そうなとことかすげー肌がスベスベしてて気持ちいいとかさいっつも俺のことばっか考えてるとことかさ好きだぞ」
『知ってるもん』
「全部知らなくてもさ、それだけ分かってたらいいんじゃね?」
『何でさ』
「全て知るってのは到底無理だろ。それは凛も分かってんだろ?」
『うん』
「独占欲みたいなもんなんだろうけど俺のこと全部知った所で疑心暗鬼になるだけだぞ」
『え』
「本当にこれが全部本当の俺なのかって気になるだけだぞ」
『そうなのかな?』
「そうなるぞ」


凛の腕を引いて俺の方に向かせる。
俯いてる顔を両手で優しく包んで上げさせた。
視線が重なる。あぁ、俺この目も好きなんだよな。
いつでもキラキラとした瞳。
今にも涙が溢れ落ちそうだ。


「なぁ、好きなとこ1つでもありゃいいんだよ」
『ほんとに?』
「それだって結局全部の中の一部だろ」
『うん』
「だからな、それでいいんだよ」
『んー』
「それで1つずつ増やしてけば死ぬまでには全部になるかもしんねぇだろ」
『気が早いよ』
「俺ぜってぇずっと凛のこと好きだから」
『もう』
「だから全部知らなくてもいいだろ」
『分かった。夕ごめんね』
「俺が今聞きたいのごめんねじゃねぇし」
『好き』
「そうそれ。んで笑ってくんない?」


そうやって言ったらやっと笑ったからそっと凛にキスをした。
照れた様に頬笑むその表情も好きだ。
納得してくれただろうか?
でもまぁこの顔なら大丈夫だろ。
また何か悩んだらちゃんと聞いてやればいいし。


凛の言うことも分かる。
でもそんなの絶対につまんねぇ。
何かあるたびにこうやって話し合った方が相手のこと理解出来んだろ。
そうやって1つ1つ歩み寄ってく方が絶対にいい。


知らない所があったってそれでいいと思う。
凛しか知らないこと俺だけが見えてるとこ。全部ほんとのことだ。
俺が凛のこと好きで凛が俺のこと好きならそれでいい。


ずっと好きなとこ1つだけあれば俺達は続いていけると思う。


愛し抜けるポイントが1つだけありゃそれでいいんだよ。

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