百万回の間接キス(切原)

「おれ大きくなったら凛と結婚するんだ!」
『私も赤也と結婚する!』


『あーかや。赤也さーん!朝練遅刻しますよー』
「zzz」


只今の時刻、朝の5時30分。
すやすやと私の幼馴染みはタオルケットにくるまって寝ている。
起きる気配は無し。
別に放っておいてもいいんだけどさ、私はテニス部のマネージャーでも何でもないし。
でもあのテニス部の部長に頼まれているのだ。
女の子に人気でとても綺麗な顔立ちをしているテニス部部長さん。
実はとんでもなくブラックだった。
ことあるごとにやれ赤也に赤点取らせるなだの朝練遅刻させるなだの試合会場まで迷わず来させろだの注文が多い。
これが中学1年から続いている。まぁ、慣れたものだ。
とりあえず赤也を起こそう。
声をかけただけで起きることなんてほぼない。


『起きろー!』
「ぐぇ」


うつ伏せで寝ている赤也の背中にどすんと体重をかける。
それこそ全体重かける勢いで。
間抜けな声が聞こえたし起きたかな?


『おはよー』
「凛重いからどいて」
『起きた?』
「起きるからどけって」


寝起きの赤也は大体機嫌が悪い。
まぁそれも慣れたものだからさっと身体を起こす。
赤也も渋々起き上がってくれた。


『朝練遅刻しないようにね』
「おー」
『お弁当持ってくから』
「分かった」


のろのろと制服に着替え始めたのでそこから退散した。
よし、うちに帰ってお弁当の準備だな。


「凛、ハラ減った」
『おばさんから預かったお弁当朝渡したじゃん』
「2限終わってから食った」
『もー仕方ないなぁ』


昼休み。友達とお弁当を食べてると赤也が食べ物をねだりにくる。
まぁこれもいつもの光景。
だから私はいつも余分にお弁当を作ってるのだ。
鞄から赤也用のお弁当箱を取り出す。


「から揚げ旨そう」
『あ、ちょっと!』


私のフォークにささった囓りかけのから揚げをパクりと食べやがった。
これもいつもの光景。
いつも私の食べかけをさらっていく。


『他にもから揚げあるじゃんか』
「だってこれが1番旨そうに見えたんだよ」


そう言って私のパックのお茶を一口飲むとお弁当箱を持って去っていった。
なんなんだいつもいつも。


「ねぇ、あんた達の関係ってなに?」


それまでの行動を黙って見守っていた友達が呟く。
何って聞かれましても…


『幼馴染みだよ?』
「好きとかないの?」
『えぇ』


そんなこと今更聞かれても。
そーゆー風に考えてみたことは全くないのだ。
隣にいるのが当たり前すぎて。
だからそうやって説明すると彼女はふうんと興味なさげに返事をし話題は次の数学の小テストの話へと移っていった。


季節は巡りいつものような毎日が続いていく。
夏が終わり3年生が引退して赤也は部長になった。
何やら色々大変そうだけど、それ以外はいつもと変わらない。
あのおっかない幸村部長が引退する時に赤也のこと宜しくねと言い残したのだ。
ちゃんとしとかないと何をされるかわかったものじゃない。


只今の時刻18時30分。
文化祭でうちのクラスは執事&メイド喫茶をやることになった。
私はそれの看板に飾る花を作っている。
おやつにじゃがりこを食べつつもくもくと作っている。
ガラリと教室の扉が開いた。


「お前一人で何やってんの?」
『看板の花作ってるんだよー。赤也は部活終わったの?』
「終わって教室に灯り点いてるからまだみんな残ってんだと思ってきてみた」


みんなが帰ってきたかと思ったら声の主は赤也で私が一人で花を作ってることに怪訝そうな表情を見せた。
これは心配してくれてるんだね。
周りからは怖いとか近寄りがたいとか口が悪いとか言われることも多々あるけど赤也はほんとは優しい。
仲良い人には凄い優しい。
まぁその優しさも分かりづらいんだけどさ。
赤也は教室の中に入ってきて私の前の席にどかっと座った。


「他のやつらは?」
『執事の制服とメイドの制服の下見。それと布の買いだし。後はー喫茶店で何を出すかの下見に行ったよ』
「あーつまり」
『まぁ息抜きだね』
「何でお前行かなかったんだよ」
『私は調理要員だから』
「ふーん」


私の作った花をつまみそれを四方八方から見てる。
どうやって作るのか分かんないんだろうなぁ。


じゃがりこを一本取り出しパキっと齧る。
ロングは長いからいいよね。
さくさくと食べて行く。残り少なくなった部分を手から離して咥える。


「それちょーだい」
『ん?』


ぐっと赤也の顔が近付いてきた。
瞬間、私の口からじゃがりこをさらっていく。
え、何なら今…今唇触れた?
驚いて赤也の顔を見つめる。
大して気にするでもなく私の口からさらったじゃがりこを飲み込む所だった。


『あか、や?今何したの?』
「じゃがりこ食っただけじゃん」
『いや、そうじゃなくて』
「凛が食べてるものって何でも旨そうに見えるんだよ」
『ここにまだ沢山あるよ!』
「お前が食べてるやつがいいの」
『そんなことばっかしてると誤解されるよ』
「はぁ?」


大して気にしてるわけじゃなさそうなので私も気にしないことにする。
そう、事故みたいなものだ。
あれは私のファーストキスではない。
断じて違う。
赤也は私の言葉を不快に思ったのか眉間に皺を寄せる。


『だーかーら、誰にでもそんなことしたらダメだよってこと。好きなこに誤解されちゃうよ』
「お前何言ってんの?」
『何が?』
「俺、こんなことお前にしかしないけど」
『えっ』
「気付いてなかったのかよ」
『全然』


私の言葉が不服だったらしい。
ますます表情が険しい。


「凛」
『ん?』
「嫌だったら言って」


すっと赤也の顔が近付いてきた。
そのままチュッとリップ音が教室に響く。
これがファーストキスって言うのだろうか。少ししょっぱいじゃがりこ味。
少し頬に熱を感じる気がする。


「俺はずっとこうしたかったの。お前全然意識してくんないし。だから色々したのに間接キスだったのすら気づかないし。そろそろ俺の気持ち分かればーか」


間接キス?
あぁ、確かに言われてみたら全部ぜーんぶ間接キスだ。
今更言われて恥ずかしくなってきた。


「お前、顔赤いぞ」
『誰のせいだ』
「もう俺、我慢しねーから」
『なんだそれ』
「仁王先輩に色々聞いたし」
『聞く相手絶対間違ってるよ』


仁王先輩に聞いたとか今後がちょっと怖い。
でもいいか。嫌じゃなかったから。
スマホがLINEの通知を知らせる。
赤也のも同時に鳴ったからクラスのグループLINEだろう。
確認するとみんな駅前のファミレスにいるらしい。


『行くー?』
「あいつらまだ遊んでんのかよ」
『たまにはいいじゃん。明日から本気出すってさ』
「ま、たまには付き合うか」
『んじゃ片付けるね』


作った花を段ボールにまとめる。
残りを片付けて鞄を持った。
赤也もそれを見て立ち上がる。
行くぞと歩きだしたのでそれに続いた。


間接キスから意識させるとか遠回りもいいとこだと思う。
それこそ昔から考えたら何回したのか。
まぁ分かりづらいのが赤也だもんな。


これからが少し楽しみになった。


て言うか単にキスしたかっただけだったらどうしよう!
赤也だから有り得そうで怖い。


確かに恋だった様より

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