コットンキャンディに溶かされて(丸井)

 十代の頃の夢を叶えて、パティシエになったことは後悔はしてねえ。それこそいつだっけな? 小学校の卒業文集に将来の夢はパティシエって書いたのは覚えてる。昔から甘いもんを食うのは好きだったし、作るのだって楽しかったから迷うことすらなかった。
 ただまあ、彼女との時間がこうも取れないとは想像もしてなかったけどよ。

 高校ん時からの彼女は大学を卒業して、一般企業に就職。週休2日の土日休み。その代わり平日は帰ってくんのが割と遅い。一方彼氏の俺はケーキ屋にパティシエとして就職。土日に休みなんてあるわけもなく、すれ違いの生活が続いてる。
 すれ違いっつっても喧嘩とかはねーよ。そういうのは学生時代に散々したから今はかなり落ち着いた。まぁ、お互い仕事で忙しくて喧嘩する暇すらねえってだけかもしんないけど。それでも連絡はマメに取り合ってるし、仲良くやれてるとは思ってる。
 社会人のカレカノ事情なんてどこもこんなもんで、周りに聞いたって俺たちと大差ない付き合い方をしてる。毎週は会えねーし、デートする時間もなかなか取れねーんだよなぁ。

 今日は火曜定休。午前中に一週間分の溜まった洗濯物を片付けて、掃除もして買い出しにも行った。全部をこなしちまうと、もう後はやることがねえ。店に提出する新作のスイーツの案も考えちまったし、さてどうするか。昼飯食ったらいよいよやることがなくなっちまった。
 凛は当たり前に仕事中。なんでうちの店は月曜定休じゃねーのか。そしたら日曜日終わってから凛の家に泊まるのによ。いや、働く店の定休日くらい就職する前に調べとけって話なんだろーけど。かと言ってだ、月曜日から仕事の彼女の家に日曜夜から押し掛けて負担かけんのもなぁ。違くねえ? そりゃ俺だってヤりたい時に押し掛けること、過去にはあった。今でもたまにする。けど、さすがに週始めからってのは最近は遠慮してる。俺は火曜休みだからいいけど、凛にあんまり負担掛けすぎると週終わりぐったりすんだよなぁ。
 ……あー、でもそろそろ会いに行ってもいいよなぁ。ヤりたいとかじゃなく、普通に顔見たくなった。合鍵は貰ってんだし、会いに行くか。そろそろ泣き言を聞いてやってガス抜きさせてやんねーと。
 よし、久々に旨いもんでも食わせてやるか!

 泊まりの準備をして家を出る。って言っても、そう大したもんは持ってかなくてもいい。大体向こうの家に揃ってるから仕事着のコックシャツを持ってくくらいだ。うちの店のコックシャツ黒くて洒落てんだよな。店長の趣味らしいけど、俺もかなり気に入っている。
 凛の好きなもんを作るために買い物をしてから家へと向かった。

「あー」

 二週間ぶりの彼女の家。来る時は絶対に事前に連絡してねって先週から口うるさく言ってた理由を玄関開けてすぐに察した。なんつーか、汚くはねえけど、雑に散らかってる。最近仕事が忙しいっつってたからなぁ。帰ってくんのだって普段以上に遅かった。疲れきって必要最低限しか出来てないって言ってたもんなぁ。
 腕時計を確認すると凛が帰って来るまでにまだまだ時間はある。今週入って先週よりは落ち着いたって言ってたから早くとも20時くらいだろ。よし、たまには彼女孝行してやるか。

 自分んちにいるときとやることは変わんねえ。まずは掃除をして、天気が良いから洗濯もしてやる。ゴミ出しだけはしっかりやってるらしく、ゴミ箱は大丈夫そうだ。下着以外の溜まった洗濯物を洗濯機に入れて、回してる間に部屋の掃除。汚れてるわけじゃねーから洗濯機が止まるまでにすんなりと終わった。風呂掃除までして、俺かなり出来る彼氏じゃね? これなら凛、冗談抜きで泣いて喜ぶだろ。ちなみになんで下着には触らねーかと言うと、前に似たようなことして怒られたから。洗うにも色々気遣わなきゃなんねえらしいし、さすがに彼氏に下着を洗わせるのは嫌だったらしい。俺の下着は勝手に洗濯するのに酷くねーか? いやまぁ、複雑な女心みたいなもんがあるってのはわかるけどよ。
 洗濯と掃除を終わらせたら料理に取りかかる。最初にデザートだ。せっかくだから店用に考案した新作のデザートを作ることに決めた。まだ食べさせたことねーし、好きな果物使うから絶対に喜ぶだろ。
 仕事でケーキとか作るのも楽しいけど、こうやって誰か一人のために作るのもすげえ楽しい。最近は家族と凛くらいにしか作らねえけど、喜ぶ顔想像しながら作るのがいいんだよなぁ。んで、想像した通りの顔が見られたら最高だろい。
 デザートと料理の準備をしてたらあっという間に時間は過ぎてった。

 20時ちょいすぎ。そろそろかなと思いつつ、料理を温めてたら玄関の開く音と同時に驚いたように俺を呼ぶ声が聞こえた。仕事が終わったって連絡に「気を付けて帰れよ」って返事をしたからなぁ。俺が来てるなんて想像すらしてなかったんだろ。
 悪戯が成功したみたいですげえ楽しい。一向に玄関から動く気配のない凛をキッチンから出迎えにいく。

「おう、お帰り」
「っ……ブン太! 来る時は連絡してって言ったのに」
「そう怒んなって。メシ出来てんぞ。先に風呂入るか? それとも、俺?」

 玄関に突っ立ったままの凛に声を掛けると怒ったような、半分拗ねたような返事が飛んできた。まぁ、散らかった部屋を見られたくなかったってのはわかる。だからそれには触れず、両手を広げてやった。まぁ、何を選ぶかは知ってんだけどな。勿論俺だろい?

「あーもう、ひどい。……ずるい」
「ほら、早く選べって」
「……ブン太のバカ」
「言ってることとやってること矛盾してんだろ」

 一向に動く気配のない凛を急かすとブツブツ文句を言いながら鞄を放り投げパンプスを脱いで、一直線に俺んとこまでやってきた。正面から抱きとめてやっても不満げだから笑っちまう。

「バカ。……部屋汚かったのに」
「綺麗になってるだろい?」
「見せたくなかったの!」
「はいはい、お前も先月俺と同じことしたからな」
「それはそれなの。彼氏に部屋を掃除してもらうとか!」
「別に良くね? 俺、家事嫌いじゃねーし。してもらったこと返しただけじゃん」
「うう、でもさ……でもさぁ」
「いいんだって。俺がやりたくてしたんだから。気にすんな」

 凛はどうにも納得出来ないらしく、腕の中でぐすってる。俺がこんだけしてやんのだってお前だけなんだから、素直にありがとって受け入れりゃいいのにな? それが出来ない性格なのは知ってっけど。んで、そーゆとこも好き。
 宥めるように背中を撫でてやると、やっと落ち着いたのかおとなしくなった。

「そんで? 次は? メシ? 風呂?」
「……もう少しこのままがいい」
「おお、いいぜ。今日もお疲れさん」
「帰ったらブン太来てて、なにもかも飛んでっちゃったよ」
「お、そりゃ良かった」
「ご飯なに?」
「色々。お前の好きなもん作ってやったぜ。後、新作のデザート付き」
「こないだ言ってたやつ? 通ったらお店に並ぶかもって」
「おお、それそれ。食ってみたいって言ってたろ?」
「うん。……なんか至れり尽くせりじゃない?」
「そりゃ、たまには甘やかしてやんねーとな? 俺の大事な彼女だし?」
「ふふ、なにそれ」
「笑うなよ。事実だっつーの」

 そこ、普通はテレるとこだろ。突っ込もうとしたのに上機嫌で頬をすりよせてくるからやめといた。機嫌が良くなったんなら来た甲斐があったってもんだ。

「ブン太、会えて嬉しい」
「おお、俺も顔見れて良かったわ。意外と元気そうで安心した」
「ご飯はちゃんと食べてるから。前に心配させたし」
「お、偉いじゃん。俺の言ったこと守ってんだ」
「うん。ブン太は?」
「俺? お前より体調管理出来てる自信あるぜ」
「だよねぇ。ブン太だもんなぁ」
「ほら、そろそろメシ食うぞ。また後から甘やかしてやるから。それとも先風呂入るか?」
「……ご飯食べる」
「おお、そんじゃ準備するからさっさと着替えてこい」
「わかった」

 ひとまず充電は完了したらしい。促すと凛はすんなりと離れて、放った鞄を回収して着替えに行っちまった。ちぇ、名残惜しいの俺だけかよ。まぁいいか。
 気を取り直して、メシの準備に戻る。甘やかしタイムはこっからが本番だ。

 鼻唄交りにテーブルに料理を並べてく。ぜーんぶ凛の好きなもんばっか。
 昔はどっちかっつーと、尽くされる方だと思ってたんだけどなぁ。付き合いが長くなるにつれて逆って言うか、天秤が釣り合うようになってきたっつーか。そんで、不思議なんだけどそんな自分があんまり嫌じゃねえ。昔は尽くすなんて有り得ねえって思ってたのによ、笑っちまうよな。赤也が聞いたら爆笑するに決まってる。いや、あいつには話さないけどよ。
 まぁこれも相手が凛だからってことでいいか。嬉しそうな顔見てると俺も幸せな気持ちになれるってことで。
 普段甘やかしてもらってんのは圧倒的に俺だから、今日くらいは嫌って言うほど甘やかしてやるよ。覚悟しとけよ凛。

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