色褪せぬ恋情(柳)

読書をしているうちに随分時間が過ぎてしまったようだ。読み終えた文庫本を閉じて時刻を確認すると午後九時を少し過ぎたところ。
こんな時間になるまで彼女が帰ってこないとは流石に予測していなかった。出掛ける時には遅くとも八時には帰ると言っていたはずだ。
連絡をしようとスマートフォンに手を伸ばしたところで着信音が鳴った。手に取り確認すれば案の定彼女だ。なにかあったのだろうか?


「もしもし」
「あ、柳先輩すか?」
「赤也、どうしたんだ」


今日は高校の同窓会だと聞いている。彼女は赤也と同い年で、高校三年時はクラスメイトだった。だから赤也から連絡があったところで何の問題もない。彼女のスマートフォンでの連絡だとしてもあの赤也のことだ、自身のスマートフォンの充電が切れたのだろう。


「椎名が酔っ払っちまって。あ、ちょい待ち!俺は何にも飲ませてませんからね!そもそも椎名は女子同士で集まって飲んでたんですから!そんで一次会がついさっきお開きになったんですよ。多分、はしゃいで飲み過ぎたとかじゃないですかね?一緒に飲んでた女子がそうやって言ってましたから」
「迎えに行けばいいんだな」
「そういうことです!先輩の連絡先知ってんの俺だけなんで椎名を押し付けられたんですよ。ふにゃふにゃしててわけわかんねーこと喋ってるんですけど、先輩呼べって煩くて」
「誰ー?切原くん誰と話してるのー?」
「柳先輩だっつーの!お前が電話しろって言ったんだろ!」
「代わってぇ」
「はいはい、んじゃ椎名に代わるんで!」
「もしもし、柳せんぱい?酔っぱらっちゃったの。ごめんなさぁい」
「あぁ、声でわかる。直ぐに迎えに行くからそこで大人しく赤也と待っているように」
「はぁい」
「赤也に代わってくれるか?」
「うん」
「もしもし」
「直ぐに向かうから俺が行くまで頼んだぞ赤也」
「いいっすよ。先輩にも椎名にも世話になりましたからね。水だけ飲ませときます」
「すまない、頼んだ」
「りょーかいっす!久しぶりに先輩にも会いたかったですしね!んじゃ、待ってます!」
「あぁ」


通話を切って直ぐ様家を出る。
元々酒は強くない。だから飲み過ぎるなと伝えてあったが、彼女のことだ、場の雰囲気に呑まれたんだろう。久しぶりの同窓会だと嬉しそうに出掛けていったのを思い出す。
それにしても随分懐かしい呼び方をするものだ。小言のひとつやふたつ言ってやろうかと思ったのに何も言えなくなってしまった。
当時を思い出して自然と頬が緩んだ。


「先輩こっち!ほら、起きろ!柳先輩来てくれたぞ!」
「やなぎせんぱい?」
「あぁ、ここにいるぞ」
「ごめんなさぁい」
「俺にではなく、赤也に謝るんだな」
「切原くん、ごめんね」
「あーいいって。気にすんな」
「サイン貰おうと思ってたのにぃ」
「お前の家、もうサインあんだろ。俺、一番に柳先輩に送ったんだぞ」
「えーそうだったぁ?」
「ったく、酔って忘れてんだろ」
「赤也、助かった」
「いいんですって。あ、待ってる間飲んでたんでそれだけゴチになります!」
「あぁ、それくらい構わない」


同窓会の会場となった居酒屋の奥座敷に赤也たちは居た。
赤也に起こされた彼女が目を覚ます。俺の姿を視界にいれた途端、両手が伸びてきた。それを正面から抱きとめ赤也へと頭を下げる。


「赤也、これで支払いを頼む」
「うぃーっす」
「後、凛の靴と鞄を」
「もう持ちました」
「忘れ物はないか?お前も気を付けるんだ」
「確認しましたって。まぁ、俺のスマホ充電切れてますけど」
「やっぱりな」
「げ、わかってたんですか?」
「考えなくともわかったぞ」
「なに話してるのー?」
「お前は気にしなくていい。良いこにしてるんだ」
「はぁい」
「相変わらず仲良しですね」
「当たり前だろう?赤也、喧嘩ばかりしていると愛想を尽かされるぞ」
「俺だって最近は喧嘩なんてしてませんからね!」


赤也の手を借り支払いを終わらせ、彼女を車へと連れていく。彼女は俺の首に手を回し、幼子のように体重を預けてくる。最近はこうして彼女を運ぶことも少なくなった。醜態を晒したくないと普段は気を付けているので、このような姿はなかなか見られないのだ。
今日は懐かしい姿を色々と見せてもらったな。


「ちゃんとシートベルトを締めるんだ」
「はぁい」
「んじゃ俺は二次会参加しに行くんで」
「赤也、ありがとう」
「いいんですって!またメシでも奢ってください!」
「あぁ、日本に帰ってきたら連絡してくれ」
「うぃーっす!んじゃ!椎名もまたな!」
「切原くん、またね」


彼女を助手席に乗せ、運転席へと乗り込む。ウインドウを開け赤也に挨拶をし、車を発進させた。


「楽しかったか?」
「うん、楽しかったの。みんながねぇ、やなぎせんぱいと付き合えて良かったねぇって言ってくれて。せんぱい、ありがとぉ」
「そうか、それならば良かった」


うつらうつらとしている彼女へと声を掛ける。どうやら酔っているせいで記憶が混同しているようだ。
そろそろ元の呼び方に戻して欲しいものだが、この有様では難しいだろうか?


「凛、今はお前も柳姓のはずだが?」
「…うーん」
「寝てしまったか」


こうなっては仕方無い、名を呼んでもらうのはまた明日にでもしよう。
起きたらなにか礼をしなければな。懐かしい呼び方をしてくれたおかげで昔のことを思い出させてもらったのだから。きっと彼女は何のことかわからず酷く慌てることだろう。
容易に想像出来て、ふっと笑みが零れた。


未だに自分の方が片想いが長かったと俺に言うが、俺から言わせてみれば彼女が鈍感過ぎただけだ。どれだけ態度に出そうとも言葉にしない限り気付こうともしなかったのだから。その攻防が楽しくて長いことそのままにしていた俺も俺だが、赤也など付き合う前から付き合っていると勘違いしたくらいだ。


マンションの駐車場から寝息を立てる彼女をそっと部屋まで連れていく。昔は苦戦したものだが今は手慣れたものだ。慣れた頃に彼女が酒を控えるようになって、ほんの少しだけ残念に思ったことを思い出す。
あぁ、彼女との軌跡が身体中に刻まれている。
昔のことも、まるで昨日のことかのように思い出せるのだ。些細なことがこうも幸せな気持ちになれるとはあの頃はまだ知らなかった。
こうしてまた俺は彼女への気持ちを積み重ねていくのだろう。あの頃と同じように。

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