恋の音(幸村)

部活後、自主練を終えて部室に戻ってみれば何やら騒がしい。
どうやら丸井と仁王が赤也をからかって楽しんでいるようだ。
いつものことかと思って眺めていると、赤也の態度が違う。いつもみたいに二人に言い返すわけでもなく、どこか落ち込んでるように見えた。


「三人ともどうしたんだい?」
「幸村君聞いてくれよ、ついに赤也が幼馴染みに告白したんだと!」
「ちょ!丸井先輩!さっき内緒にしてくれって俺頼みましたよね!」
「ブンちゃんに頼んだお前が悪いぜよ。そうじゃこの際、幸村にも聞いてもらいんしゃい」
「あぁ、腐れ縁の幼馴染みね。近すぎてなかなか進展しないってついこの間柳から聞いたよ」
「は!?先輩達も知ってたとか!」
「バカ!柳に隠し事なんて出来るわけねーだろ!」
「赤也のことなら何でも知ってそうではあるの」


好奇心が勝って声を掛けてみれば、俺の予測は間違っていなかったらしい。気恥ずかしそうな赤也の顔がさらに赤く染まる。
赤也に彼女が居たことは何度かあった。結局幼馴染みの女の子のことを気にして別れるってのを繰り返していたはずだ。
そんな赤也が素直になれたのならこんなに喜ばしいことはない。
ふっと頬の筋肉が緩んでいく。


「それで返事は?」
「それがさ、全力で逃げられたらしいぜ」
「可哀想にのう」
「本当に?」
「…本当っす」
「そうか。でも逃げられただけで断られたわけじゃないんだよね?」
「そうですけど…でも」
「いつもお前と言い争いをしてる彼女が逃げ出したってことはそう落ち込まなくても良いんじゃないかな?考えてみればわかるだろ?」
「あーまさかのそっち?」
「ほれ、幸村に話してみて良かったろ」
「あー」


逃げられたって丸井の言葉に一瞬驚かされたものの、理由はなんとなくわかった。長年赤也が素直になれなかったのならきっと相手も同じだろう。そうやって背中を押してやると落ち込んだ赤也の表情がみるみる上向いていく。
そのまま急いで着替えると挨拶もそこそこに部室を飛び出していった。


「帰っちまった」
「あんまりからかってやるなよ二人とも」
「幸村はどうなんじゃ?」
「お、そういや幸村君のそーゆー話って聞いたことねえな」
「何?俺に矛先を変えたってところかな?」
「や、純粋な興味」
「まーくんも聞きたいナリ」
「俺には二人が楽しめそうな話なんて無いよ」


赤也が帰って手持ちぶさたになった二人が矛先を俺に向けてきた。残念ながら隠してるわけでもなく、俺に浮いた話は無い。
この三年間テニスが楽しくて、テニスを出来ることが嬉しくて、ただそればかりだった。
後は勉強に家族に花達の世話。それだけあれば満足出来たから他のことなんて考えもしなかった。


「幸村君好きな女子とかいねえの?」
「一人くらいおるだろ」
「逆に二人はどういう時に女の子のことを好きになるのかい?」
「質問返しかよ。んーなんつーかピンと来るかな。あ、コイツのこと好きかもって思う」
「ブンちゃんはお菓子くれれば良かろ」
「それ以外だっつーの!お前は?」
「俺は仮面が剥がれた瞬間が好きじゃ」
「わかりづれえなそれ」
「二人ともそういう瞬間があるんだね」
「え、幸村君は無いってこと?」
「そうだなぁ、女の子が可愛いって思う瞬間は確かにあるけどイコール恋では無いだろ?」
「天然記念物見付けた気分じゃ」
「んじゃ初恋は?」
「保育士さんが好きだったってのを抜いたらまだかもね」
「おお」
「真田よりその辺遅れてそうぜよ」
「ふふ、そうかもしれない」


真田の方がその辺早いかもしれないね。
アイツはちゃんとした初恋終わってそうだからなぁ。知らないうちに恋をして知らないうちに失恋してそうだ。
俺の言葉に二人は目を丸くする。
その表情が面白くてまた笑ってしまった。


「幸村君の初恋がまだとか」
「驚きじゃ」
「別に避けてたわけじゃないんだけどね。そういう瞬間がなかっただけで」
「幸村君が恋に落ちる瞬間はいつになるんだろな」
「いつだろうね?それは俺自身気になるよ」
「おまんの視野が狭くなっとるんじゃないか?」
「視野?」
「全部とは言うとらん。ただ恋愛においての視野が幸村は狭そうじゃ」
「あーなんとなくわかる」
「そうかな?」
「お前さんが花を愛でるようにもう少し周りをよーく見てみんしゃい。多分そっからじゃ」
「仁王が幸村君にアドバイスとか珍しくね?」
「花を愛でるようにか。わかった。せっかく仁王が良いことを教えてくれたからやってみるよ」
「その代わり」
「それは約束出来ないかな」
「は?幸村君何のことかわかったのかよ」
「大体はね。じゃあ俺もそろそろ帰るから」


仁王の誘いには乗らず部室を出る。
丸井はわかってなかったけど、俺はなんとなく予測出来た。そういうことがあったら教えてくれとでも仁王は言いたかったんだろう。悪いけど、そう簡単には教えてあげないよ。
それにしても花を愛でるようにか、仁王にしては良いアドバイスな気がして自然と笑顔になれた。
俺の初恋、まだ出逢ってすら居ないのになんだか楽しみだ。


仁王のアドバイス通り視野を広げてみても、そう簡単に初恋はやってこない。
二週間が過ぎても気付くのは妹が改めて可愛いとか、三軒隣の家の花が美しく咲いたとか、赤也が幼馴染みの女の子と仲良く帰っているところを目撃したとか、真田の目線がとある女子を見つめてることが増えたとかそんなことばかり。初恋には全く関係なくて笑ってしまう。これじゃあ今まで通りだ。それはそれで楽しいから問題はないけれど、多分俺の周りの見方が間違っているんだろう。
自分の視野が狭いと思ったことはないけど、恋愛に関しては仁王の言う通りだな。


「あ、咲いたんだ」
「椎名さんか。そうなんだ、やっとキャンディタフトが咲いたよ」
「良かった。幸村君は大丈夫って言ったけど初めて植えたでしょう?心配だったの」
「比較的強い花だから育てやすいって言ったのになぁ」
「ふふ、幸村君の言葉を疑ったわけじゃないんだよ。ただ何事も絶対はないからね。だからちゃんと咲いてくれて良かった」


昼休み、屋上庭園で花の世話をしていると椎名さんがやってきた。彼女は同じ委員会に所属していて、屋上庭園の世話仲間だ。
椎名さんが俺の隣にしゃがみこみ、咲いたキャンディタフトの花弁にそっと触れる。小さな花弁が揺れてふわりと香りが広がった。
キャンディタフトは英名で、砂糖菓子と言う意味がある。名前通り一株に小さな花弁が沢山咲く愛らしい花だ。


「良い香りがするね」
「そうだね」
「こうして無事咲いてくれると幸せな気持ちになれるんだよね」
「俺もそう思う。何度同じ花を育てても咲いてくれると嬉しくなるんだ」
「だよねぇ。ふふ、咲いてくれてありがとね」
「きっと花も喜んでるよ」
「幸村君が丹精込めてお世話したからだよ」
「その言葉そっくりお返しするよ」


彼女がゆっくりとこちらを向く。視線が合わさってどちらともなく笑いあった。
何度も見てるはずの彼女の微笑みが何故だか今日はキャンディタフトが咲いていく様と重なる。ダリアのようにぱっと艶やかに開くわけじゃなく、小さな花弁がぽつりぽつりと咲きひとつの花となっていくキャンディタフト。
控えめに頬笑む彼女にぴったりの花だ。


途端に胸の辺りがきゅうっとした。
あぁ、もしかしたらこれが恋なのかもしれない。悲しいわけでも、苦しいわけでもないのに胸がきゅっとする感覚。同時に花が咲いた時のような幸福感がふつふつと湧いてくる。
これが好きって感情なんだろう。
案外俺も単純だ。彼女がいつもと違って見えたわけでもなく、ただキャンディタフトと重なって見えただけなのだから。


「ふふ」
「幸村君?急にどうしたの?」
「いや、ちょっとね。嬉しくて」
「キャンディタフト?」
「それもだけどまた別の話かな」
「そう、ならまた今度教えてね」
「そうだね、俺の覚悟が決まったら教えてあげるよ」
「覚悟の必要な話ならいいよ?」
「いや、君には聞いてほしいからいつか話すよ」
「なら聞くよ。でも変な幸村君、急に笑い出すから驚いたよ」
「ふふ、ごめんごめん」


こうも突然やって来るとは思っていなくて笑いが込み上げる。即座に椎名さんが拾い上げてくれたけど、まだ直接話す気にはなれない。そもそも今日気付いたばかりの感情だ。暫くは一人で楽しみたい。彼女が自分をどう思っているかよりも、この感情をじっくりと吟味したくなった。
彼女は小さく笑い続ける俺を見て不思議そうに首を傾げる。その姿さえ愛らしいと思うのは恋をした自覚症状だろう。


「じゃあ私、そろそろ行くね。また当番の日にでも」
「あぁ、また。今度は向日葵を植えようと思うんだ」
「いいね、手伝うから日時が決まったら教えてよ」
「そう言ってくれると思った」
「じゃあまたね幸村君」
「またね椎名さん」


すっと立ち上がり彼女が去っていく。右へ左へあちこちに視線をやりながらゆっくりと屋上から出ていった。彼女はこんな風に花を愛でるのか、そんなことすら知らなかった。
彼女が去っても幸福感は消えない。そっと心臓の辺りを押さえると心地好くきゅうっと恋の音がした。

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