glace(跡部)

『は?またコマーシャルのオファーきたの?』
「あぁ」
『…どこの』
「みるみる機嫌悪なっとるやん」
「跡部スッゲー!またCM出んの?」
「おいジロー!止めとけって巻き込まれんぞ!侑士も余計なこと言うんじゃねーよ!」
『岳人、全部丸聞こえだから』


前にコマーシャルのオファーが来たのは三年前の話。
あの時だって揉めたのにまたCM来るとか聞いてないし許してない。
いや、確かに景吾は格好いい。立ち姿も声もパーフェクトだ。だからCM業界が放っておかないのも頷ける。
私が広告会社で働いてたら一番に景吾にオファーするだろう。
だけどそれとこれとは話が違う。
誰だ私の彼氏にコマーシャルオファーしやがったのは。


「お前まだ昔のこと根に持ってんのか」
『根に持つ?当たり前でしょう!誰よその女ってなったもん!しかもあの時は私に黙ってたし!』
「だから今回はこうして教えてやったじゃねぇか」
「懐かしいなぁ。リアルであんなセリフ吐くやつおるんやってなったわ俺」
「げ、その後宥めるのすげぇ大変だったこと思い出した」
「あー凛ツンデレさんだからねー」


しかも全国放送で「俺様に甘えちゃいな」と来たもんだ。
彼女の私が怒るのも仕方無いでしょう?
抗議をするも景吾は涼しい顔をして受け流す。
こんだけ整ってる顔だからCM来るのもわかるけど、わかるけども!
詰めよってくる景吾の顔を直視出来なくなって視線を下げる。
近付いてくるとか卑怯だよ。


「跡部の顔に負けそうになってるね椎名さん」
「至近距離の跡部さんに弱いですからね」
「結局自分が折れることになるのに何回繰り返せばいいのか」
「俺もその辺は擁護出来ません」


滝に同意するかのように後輩達が続く。
言ってることが事実だから否定出来ないけど悔しい、悔しい!


「俺様に実際に甘えれんのはお前だけだって言ったはずだ。それで納得したよなぁ」
『し、したけどそれは三年前の話で!』
「結局のところ、跡部がCM出てまた更に人気が出るのが不満なんじゃない?」
「あん時他校の生徒押し掛けて警備員大変そうだったからなぁ」
「中高共に外部入学の入試の倍率が相当上がったって噂になってましたね」


滝がまた痛いところを突いてきた。
丸っきり図星だ。
景吾はただでさえうちの学校でダントツ人気なのにCMなんて出たら全国にファンが出来てしまう。
や、三年前のことを掘り起こされて更にファンが増えるに決まってる。
それがかなーり不満だった。
視線を落としたままグッと拳を握りしめる。


「クッ」
『は?』
「お前がそんなに怒るとは思ってなかった」
『ちょっと、何で笑うの!景吾聞いてるの!』
「跡部、あんまからかいすぎたらアカンで」
「そうだぞ!大変なのは俺達なんだからな!」
「あ、まだ凛に話してなかったの?」
「あーだから凛怒ってるのかー」
「一番肝心なこと教えてなかったのかよ」
『え、何この流れ』


ムカムカしてたのに景吾はそんな私を構うでもなく喉を鳴らして笑いだす。
侑士達は何かを知ってるみたいだ。
え、知らなかったの私だけ?
問いかけるように後輩達を見ると三人して首を横に振る。
知ってるのは私以外の三年ってことね。


『何?何の話なの?』
「今回のオファーは俺だけじゃねぇ。喜べお前達、全員でCM撮影だ」
『はぁ?』
「まぁそんなことだとは思ってました」
「俺は全く喜べませんけどね」
「俺は大丈夫です」
『全員?』
「そうだ」
『私も?』
「だからそうだと言ってる。これなら不満はねぇよな?」
『はぁ?』
「全員でCMとかすげー!楽しみだよねがっくん!」
「つーか何のCMに出るのか俺は知らねーぞ」
「俺もそこ聞いとらんなぁ」
「俺は知ってるよ。十代向けのコスメブランドだよね?」
「俺達出る必要あるのかそれ」
「まぁ主役はコイツだがな」
『は?私?』


展開に付いていけずポカンとしていたら景吾が私の腕を引く。
私が主役?は?何それ?
主役なのにCM撮影の内容知らないとかどうなの?と言うか結局景吾がCM出る事実は変わらないじゃん!


「へぇ椎名さんが主役ですか。それって大丈夫なんですか?この人意外とガサツですよ」
「日吉、言い過ぎだよ」
「事実ですね」
『そこ!本当のこと言わない!』
「まぁそこら辺は何とかなるだろ。俺様ならそれが可能だ」
「跡部がいるなら大丈夫だC〜!」
「ほんとかよ」
「岳人、そない傷口抉るようなこと言ったらんと」
「さずがにCM撮影ともなれば凛もおとなしくなるよ」
「あーまぁ、跡部が言うならいいんじゃね」


全員酷いこと言ってない!?
いや、間違ってないけど。
黙ってたら可愛いとは昔から何百回と言われてるけども!


「お前なら出来ると踏んだんだが、出来ないとなると他のモデルに頼むしか」
『もう!やるよやる!景吾がそうやって言うなら断れないじゃん!』
「相変わらずちょろいですね」
「日吉、駄目だって」
「俺は応援しています」
「凛がやるなら俺もやるー!」
「や、俺達も強制だろ?」
「何やらされるのか怖いけどな」
「宍戸、凛が主役なら俺達は大したことしなくて良いはず」
「ほんなら全員でやるしかないなぁ」


景吾に嵌められたことに気付いたのは家に帰ってからだった。
話が上手いことまとまって全然気付かなかったし。あぁでも他の女とCM出るくらいなら私が出た方が絶対いい。
やきもきしない分まだマシな気がした。


ただそれからの一週間がかなり大変だった。
毎日ジムとエステに通わされ、専属で演技指導まで入った。
何の演技かと思いきや笑い方、微笑み方のバリエーションのみ。
表情筋が死ぬかと思ったよ!


「美人さんになったね凛ー!」
「俺様の見立て通りだな」
「素っぴんでこれならCM撮影期待出来るね」
「…まあまあですね」
「日吉、もっと他に言い方あると思うよ」
「綺麗だと、思います」
「別嬪さんやなぁ」
「んで俺達は何すんだよ跡部」
「岳人、お前も何か言ってやれよ」
「あ?何か別人みたいだよな」
『褒めてないよねそれ!』


CM当日、全員でスタジオまで向かう。
素っぴんで来いとのお達しで言われた通り来たわけだけど、あんまり褒められてないように感じるのは気のせいでしょうか?
ちゃんと褒めてくれたのジローと樺地と侑士くらいじゃない?
楽屋に通されてスタッフさんから撮影の全容を聞くことになった。
商品名は【glace(グラス)】フランス語で「アイスクリーム、氷、板ガラス、鏡」という意味らしい。
化粧下地から全ての商品が出され、果ては香水、マニキュアまで揃っている。
これをそれぞれが分担して私に施していくのがCMの流れらしい。
え、日吉とか岳人、宍戸は大丈夫なの?それ凄く心配なんだけど。


「誰が何をするか決まっとるん?」
「俺は口紅を担当する。それ以外は決まっていない」
『日吉宍戸岳人を先に決めないと!』
「お前!それ俺達が上手く出来ないって言ってるようなもんだろ!」
「俺は向日さんほど不器用じゃありませんよ」
「お前日吉!」
「じゃあちゃんと向日は出来るんだね」
「おお!しっかりやってやるぜ!」
「ジローも先に決めとくべきだろ」
「俺ちゃんとやれるC〜」
「いっそのこと椎名さんが決めればいいかと」
『私?』
「まぁそれなら文句無いだろ。決まったからにはやるしかねぇんだし」
「俺も任せます」
「俺も」
「だそうだ。それでいいな凛」
『え、…分かった』
「ならば今すぐ決めろ。CM撮影は今日中に終わらせる」
『はぁ?』


無茶ぶりもいいとこじゃない?
今すぐ決めろとか、…無理とは言えない。
景吾が言ったからにはさっと決めないと。
頭をフル回転させて考える。
一番こういうことに不慣れなのは宍戸だ。
なら宍戸は香水だろう。香水が一番気負わず出来そうだからそれがいい。
一番器用なのは滝だからマニキュアを任せよう。このマニキュアもベースコートから全て揃ってて、何ならハンドクリームまである。
化粧下地には樺地を。丁寧にしてくれそうだから最適だ。
その流れを引き継ぐならファンデとパウダーチークを日吉に。
細かい作業苦手では無いからきっと大丈夫。
アイブロウには岳人を。ここもそこまで難しくないから出来るはず。
残りのことを考えてアイシャドウをジローにしてもらう。
色も豊富だけど、CM用のアイシャドウは決まってるから悩まなくていい。
最後にアイライナーを鳳に、マスカラを侑士にお願いする。
この二人は心配しなくていいから直ぐに決まった。


『どう?こんな感じでいいかな』
「まあまあだな。俺ならばジローと鳳を逆にする」
『どうして?』
「アイライナーで躊躇するとよくねぇ。それならジローのが最適だ。鳳も悪くねぇが先輩のお前に遠慮が出るかもしれねぇからな」
『そっか。じゃあ反対にしようか』
「んじゃ俺がアイライナーする!」
「では俺がアイシャドウで」
「色もグラデーションも決まってるから言われた通りやるだけだ。気負わずいくんだな鳳」
「はい!」


最後に景吾のアドバイスが入って各々の役割が決まった。
メイクさんにコツを教わって一通り練習して本番に望む。
景吾に言われるがままCM撮影に連れて来られたわけだけど、全国CMでお茶の間に素っぴんを晒すとかなかなかだよね。
まぁその辺景吾に責任取ってもらうからいいけどさー。
私は微笑みのバリエーションを変えて座ってるだけだから楽チンだ。


まずは樺地と下地。
メイクさんのやり方を完璧にコピーしたみたいでするすると進む。
樺地は安定だなぁ。絶対いい旦那さんになりそうだ。


次は日吉とファンデとパウダー。
練習時は力加減に手こずったものの、本番は上々だった。やれば出来る子日吉くんだ。
あ、でも監督に笑顔を要求された時は大変そうだった。周りで景吾達が見てるから余計にやりづらそうだったもんなぁ。
それでも監督の要望に応えた日吉の笑顔はなかなかのものだ。
吹き出しそうになるのを堪えるのが大変だった。


続いて岳人とアイブロウ。
心配してたものの、喋りながらの雰囲気が良かったのか一発で成功した。
友達彼氏的な良い雰囲気が出てたらしい。


「お前って素材はいーんだな」
『素材はって言い方よ言い方』
「だって中身があれだし」
『あれって言い方ー酷い岳人ー』


実際はずっとこんなこと話してたわけだけど、ウケたのなら良かったです。


次は鳳とアイシャドウ。
空気が一転して緊張感のある撮影になった。
気負わずいけって景吾に言われたのに思い切り気負っている。
でもその気負った緊張感が岳人と違って良かったらしい。
あの顔で手慣れてない感じがまぁときめくよね。


「すみません」
『え、何で?』
「俺、全然慣れてなくて。練習もしたんですけど」
『鳳、そんなの慣れてるとしたら景吾くらいだよ。それか滝かな』
「そうですよね」
『気負わずやればいいんだよ』
「はい」


次はジローとアイライン。
ジローとは仲良しだし和んだ撮影になった。
景吾の言った通り、鳳とジローは交換して良かったのかも。


「んじゃ目閉じて〜」
『はーい』
「じっとしててよ凛」
『オッケー』
「俺らで凛を綺麗にすんの楽C〜!」
『私も意外と楽しんでるかも』
「だよねだよね〜」


次は侑士とマスカラ。
他人にビューラーをしてもらうのって初めてでちょっと緊張したけど、侑士は流石だった。


「グレース・ケリーみたいやなぁ」
『グレース・ケリー?』
「好きな女優さんや。綺麗な人だったんやで」
『外国の女優と比べられても』
「せっかく綺麗になっとるんやからそこは謙遜せんで自信持っとき。最後に跡部の横に並ぶんやから」
『あーそっかー』
「よし出来たで。間違いなく別嬪さんや」
『ありがとう』


次は滝とマニキュア。
予測通り一番時間が掛かった。
撮影の箇所だけやってくれるかと思ったらやるからにはと滝が全部塗ってくれた。
長すぎて景吾と宍戸以外控え室に戻ったくらいだ。


「意外と綺麗な手だね」
『荒れてると思った?』
「少しだけ」
『手が荒れたこと無いんだよねぇ。丈夫なの』
「ふふ、それは両親に感謝だね」
『だね』
「跡部と仲良くしてくれてて俺も嬉しいよ」
『喧嘩することないからなぁ。何かあっても景吾は怒らないし』
「大人だからね」
『景吾にも感謝しなきゃだなぁ』


思ってた通り、滝が塗ってくれたマニキュアはとても綺麗だった。
もしかしたら自分で塗るより良いかも。
少し悔しくなりつつも次の撮影のために移動する。


宍戸は香水。
ここからお互いに立っての撮影だ。
香水を付けてくれるだけなんだけど、ここから監督の注文がぐっと増える。
宍戸が女の子に「綺麗だぜ」だなんて言うの初めてなんじゃないか。
それをすんなりと言うまでに少しだけ時間が掛かった。
宍戸の初めて貰ってなんかごめんよ。


化粧直しをメイクさんにしてもらっていよいよ最後の撮影だ。
後は景吾に口紅を塗ってもらうだけ。
なのだけど、二人で向かい合った途端に緊張してきた。
だってね!やっぱり景吾が一番イケメンなの!
衣装もみんな一緒なのに景吾が一番似合ってる!
さっきまで誰を前にしてもへっちゃらだったのに景吾が目の前にいるのは緊張する!


「おい、顔が強張ってんぞ」
『うう、だって景吾がイケメン過ぎるから』
「それはお前が一番良く知ってることだろう?今更何を言ってやがる」
『そうなんだけどね!いや、三年前の女優さん凄いよ。景吾を前によく平常心でいれたね!』
「ぶつぶつ言ってねぇで、撮影に集中しろ。俺様が見込んだ女なら最後までやり遂げるよな?」
『わ、わかった』


痛いところを突かれてしまった。
こんなことを言われてしまったらしっかりやるしかない。
あぁでも景吾カッコいいなぁ。一段と輝いてる気がする。
目の前の景吾に見惚れているとフッと表情を崩す。
その微笑みも素敵過ぎて鼻血出そうなんだけど!


「そのままこっちだけ見てろ。綺麗にしてやるから」


景吾が人差し指で私の顎をそっと上に向ける。
微笑み返すことも忘れて口紅を塗ってくれる景吾をじっと見つめることしか出来なかった。
鼻血を出さなかっただけ褒めてほしい。


「これでどこからどう見ても完璧なレディだな」
『ありがとう』


何とか最後のセリフを思い出してとびっきりの笑顔をしたところでカットが掛かった。
何とか山場を乗り越えたような気がしなくもない。
後は最後に揃っての撮影をして終わりだ。
長丁場だったけど、なかなか楽しかった。


「凛綺麗になったね〜」
『ふふ、でしょでしょー?』
「そこは少しくらい謙遜した方がいいのでは」
『褒め言葉は謙遜するより受け取りなさいだよ日吉』
「無事に終わって良かったですね」
「待ち時間のが長かっただろ」
「俺が一番待たせちゃったかな」
「マニキュアは仕方無いと思います」
「岳人があないすんなり終わると思っとらんかったなぁ」
「クソクソ!俺だってあれくらい出来るぞ!」
「帰り支度は出来たな?帰るぞお前ら」
『はーい!景吾お腹空いたー!』
「俺も俺も〜!」
「フッ、じゃあ全員で何か食べて帰るか」
「おっ!賛成賛成!俺も腹減った!」
「跡部は凛だけやなくて俺ら全員に甘いなぁ」
「ふふ、跡部の良いところの一つだよ」
「長太郎達も行くぞ!」
「はい!今行きます!」
『日吉は何食べたいー?』
「俺は何でもいいですよ。好き嫌いありませんので。と言うか決めるのは跡部さんでは?」
『聞いただけじゃん。樺地はー?』
「俺も特にこれと言うものはありません」


跡部家のリムジンまで全員で向かう。
日吉が最近反抗的な気がしなくもないけど、それを踏まえてもみんな仲良しだ。
先導する景吾の隣まで追い付いて隣を歩く。


『景吾』
「ん?」
『みんなでの撮影楽しかったね。それに景吾と一緒にCM出られて良かった』
「これなら文句はねぇだろ?」
『うーん、景吾の人気はまた出ちゃうよねぇ』
「だからなんだ」
『景吾の人気が出すぎるのはちょっとやだ』
「何言ってやがる。出たところで何も変わらないだろ。三年前もそうだったじゃねぇか」
『そりゃ私は彼女だもん』
「跡部さん、騙されないでくださいよ。裏で俺達大変だったんで」
『日吉!なんてこと言うの!』
「あないなこと跡部はお見通しやろ」
「あーそうそう。知らなかったの凛と日吉だけね」
『分かってて放っておいたとか!』
「お前は自分で乗り越えると思ってたからな」
『えぇ!』
「…跡部さん俺に自分の彼女丸投げするの止めてください」
「誰がいつ丸投げした?」
「俺は当時荒れに荒れた椎名さんに振り回されたんです!」
「言うようになったな若」
「嬉しそうに笑ってる場合じゃねぇだろ」
「日吉もそうやっていちいち二人に突っかかるから」
「ほら早く行こうぜ!腹減ったー!」
「跡部ー!羊食べたいC〜」
『ジローと岳人は自由だなぁ』


今日も氷帝部員は仲良しです。
景吾と私も仲良しです。
ただ、次の撮影だけは何としてでも阻止出来たらなぁと思いました。


おしまい。


跡部CM記念に書きました。三年後のお話(笑)
誕生日だけど全く関係ないお話になっちゃった
20201004

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