ミルクティラバー(菊丸)

午前0時、明日は休みだからってことで夜更かし気味に観たかった映画を一人楽しんでた。
ラブロマンスでもなく、アクションでもジブリでもドラえもんでもなくごりごりのホラー。
英二は明日も仕事だし怖いの苦手だから先に寝てる。
私は逆に怖いの大好きだからワクワクしながら映画を観てたんだけど、だけども。
終わってからの喪失感がヤバかった。
誰かが死んで悲しいとかそういうのじゃなくて、ただ映画が終わってしまったことへの喪失感。
楽しみにしてた分、内容も本当に楽しくて、その分終わってからなんだか寂しくなってしまった。


お酒なんて飲みながら観てたのがよくなかったのかも。
グラスの氷は既に溶けきっていて、炭酸の抜けた生ぬるいアルコールがとろりと喉元を通り抜ける。
あぁ、こんなことを考えるのは多分酔ってるからだ。


寝室に行けば英二がいる。
隣に潜り込んでしまえばこの喪失感だってどこかへ飛んでっちゃうってのはわかってる。
でも、感情に縫い付けられたみたいにソファーから動けなくなってしまった。
ぼんやりとした頭で喪失感のことなんて考えてしまったのが余計だったのかもしれない。


現実的に考えるなら英二や家族が急に居なくなってしまうことなんだろう。
幸せなことに私の周りはみんな元気でお祖父ちゃんお祖母ちゃんだって健在だ。
だから居なくなるってことが上手く想像出来なかった。


端的言うのなら喪失するってことを今初めて経験したんだ。
ぽっかりと穴が空いて何かを失ったように感じること、他の何かでは埋めれない、これが失うってことなんだろう。
物を無くすのとじゃ大違いだ。
単なるホラー映画を観ただけだと言うのに急激な喪失感に襲われて、失うことが怖くなった。


『バカだなぁ』


ただ映画を観ただけなのになんてことを考えてるんだろう。
わかっているのにアルコールで満たされた脳は上手く作用してくれない。
こんな気持ちさっさと忘れて英二の隣に潜り込めば寝ぼけながら私を抱きしめてくれるのに。
なかなか動くことが出来なかった。


「凛?まだ起きてんの?」
『英二?』
「お、映画終わった感じ?」
『うん、終わったよ』


ふわふわしたままぼーっとしていたら英二がやってきた。
振り向けば水分補給なのかグラスを取り出しウォーターサーバーの水を飲んでいる。
暑くて起きたのもあるし、私の様子を見に来てくれたんだろう。
英二の顔を見てざわざわしていた心がやんわりと落ち着いていく。


「どしたの?元気ないよね。何かあった?」
『映画は怖くて楽しかったんだけど』
「俺が一緒に観てあげれなかったせい?」
『そうじゃないよ。英二が怖いの苦手なのはわかってるし、無理強いはしたくない。それが原因じゃないの』
「んーじゃあどうしたの?」


手早くグラスを片付けた英二が隣に座って私の手を両手で包み込む。
眼差しと一緒であったかい優しい手だ。
ぬくもりに包まれてふっと息を吐く。
息と共に急激な不安が出ていくみたいだ。


『私ね、多分今酔ってるの』
「だいぶ飲んだね。テーブル見ればわかるよ。そんでそんで?」
『映画終わってね、楽しかった分寂しくなっちゃって』
「あぁ、それわかる気がする」
『えっ』
「子供の時とかにさ、家族で夏祭りに行って。花火が終わった時とかそんな感じしてた。さっきまで空も明るくて周りも賑やかだったのに花火が終わった途端に全部終わっちゃうんだよなぁ。屋台もしまっちゃってさ。凛はそういうことなかった?」
『…ある』


酔ってて頭が上手く回ってなかったせいでこの喪失感が初めてだと思い込んでたってこと?
英二が言うようなことは私も経験したことある。
何かが終わってしまうのはいつだって少しだけ寂しい。


「んじゃどうして今日だけそんなに落ち込んでるの?」
『寂しいってのもあったけど、それより喪失感だなと思って』
「なるほど。んー、上手く言える気がしないけど、別に映画に関しては失ってないんじゃない?これだって借りてきたんじゃなくて買ってきたよね?」
『うん』
「ならさ、また観ればいいでしょ?そうしたらまた会えるよ。楽しめるよ」
『あぁ、そっか』
「それとも他のこと考えてた?」
『…英二が居なくなるのも喪失感だなって』


連想ゲームみたいに考えてたせいでとんでもないことまで考えて落ち込んでたのかもしれない。
ぐるぐるとからまった思考回路を英二がゆっくりと紐解いていく。


「あちゃー、そこまで考えちったの?本当に酔ってんねぇ」
『ごめん』
「まぁ女の子は感情で動くって言うしね。仕方無いかぁ」
『何でそんなに詳しいのさ』
「頼れるねーちゃんズがいるからだよん。あ、それに大石と不二もね」
『あぁ』
「俺は凛と可能な限りずっと一緒にいるつもりだよ」
『うん、知ってる』
「死なないってのは無理だけどさ、それじゃダメなの?」
『…ダメじゃない』


諭すように私の顔を覗き込む英二に首を横に振って答える。
明日だって早いのにこうして英二は私に付き合ってくれている。
眠いだろうに疲れてるだろうにどこまでも優しいんだろう。


「んじゃ今日はもう寝るべし!んで明日また聞かせてよ」
『いいの?酔っぱらいの戯れ言だよ?』
「いいに決まってんじゃん!起きて気が晴れてるならそれでいいし、まだざわざわしてたら聞かせて。って言っても帰ってきてからだけど」
『ありがと英二』
「どういたしましてー。寝れそう?」
『うん、寝る』
「んじゃ今日はスペシャル大サービス!」
『すぺしゃるだいさーびす?』


立ち上がった英二が問い掛けに答えるように私を横抱きにする。


『片付けは?』
「んーたまにはサボっちゃっていいよ。明日明日ー。それより俺を抱き枕にして凛は寝た方がいいと思う」
『英二を抱き枕?』
「いっつも俺が凛のこと抱き枕にしてるから今日は特別ね?」
『ふふ、わかった』
「やっと笑ったなぁ。俺心配したんだから」
『ごめんね』
「いいよ。凛に何かあったとしても俺がいつだって聞いてあげるから」


英二が動くのに合わせてリビングの明かりを消していく。
英二はいつだって優しくて私にだけとびきり甘い。
さくさくと寝室に移動してそっとベッドへと下ろされた。
英二が抱き枕とか笑っちゃったし。
大五郎の方が絶対に抱き心地良いのに。


「よし、完璧!ほらいつでもどーぞ?」
『これいつもと変わらなくない?』
「んにゃ、こういうのは気持ちが大事なんだって!」


隣に潜り込んだ英二が横向きに両手を広げる。
結局いつも通りのような気がするのに大真面目な顔をして言うからもそもそとその両手に包まれにいく。
どこからどう見たって私が抱き枕になってるような気がする。
あ、でも気持ちが大事って言ってるし今日は英二が抱き枕だ。
するりと英二の首に両手を回す。
英二の匂いが全身を包んでくれてるようだ。


『しんどくない?』
「ぜーんぜん。凛は?」
『大丈夫。英二の匂いするから』
「安心するでしょ?俺も凛の匂いするからよく寝れそう」
『一緒だね』
「一緒だよ」


さっきの悩みなんてどっかに飛んでっちゃった気がする。
あんなにどろどろ考えてたのに今は全然だ。
英二が優しく背中を撫でてくれてるからかも。
子供扱いな気がしなくもないけど、今日は何も言わず甘えてしまおう。
眠れない気がしたのだって気の迷いで、結局のところ英二さえ隣に居てくれれば無敵になれちゃう気がした。


眠れない×喪失感で菊丸。久しぶりに書いたけどやっぱり好きだなぁ。慌ててくれる菊丸もいいけど、こうやってゆったりと異変に付き合ってくれちゃう菊丸もいいよね!
20200831

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