心くだけ、想いつのり(財前)

『卒業式に呼び出してごめんね』
「いや、他の先輩らの顔も見とこと思っとったんで謝らんでええですよ」
『私ね財前のことが好きなんだ。ごめんね急にこんな話して』
「…そうですか」
『東京行くのに何言ってんだって感じだよね。ほんとごめん』
「凛さんのこと別に嫌いっちゅうわけやないんですけど」
『そうだよね、急にこんなこと言われても困るよね。聞いてくれてありがとね。今年も部活頑張って!全国優勝してよね財前!』


早口で言いたいことだけ告げてその場から逃げ出した。
財前の困ったような表情が頭から離れない。急にそんなこと言われても困るよね。ごめんね。
この日は夜まで散々泣きはらした。おかげで卒業式後に予定されてたクラスの集まりもテニス部の集まりにも顔を出せなかった。
泣かなかったとしてもテニス部の集まりには参加出来なかったけど。


『……ん、夢…か』


懐かしい夢を見てたみたいだ。苦しさに耐えれなくなって目が覚めた。頬が濡れてるような気がしてそっと触れてみればそこにはしっかりと涙らしき跡が残っている。
もう何年も前のことなのにまるで昨日のことみたいに鮮明だった。
今日はもう眠れないかもしれない。
あの日も今も結局苦しさに何一つ変わりはなくて、自己嫌悪に陥ることになった。
こんなことしてたら駄目だ、そんなことは最初からわかりきってる。それなのにどうしても財前の手を振り払うことが出来ない。手放したくなかった。


『ユウジ!?な、何してるの!?』
「小春が仕事でトラブったんや。小春っちゅーか小春の後輩が。そんでその尻拭いしとるから今日は来れんて俺に連絡あった」
『…それ私に連絡くれたら良かったのに』
「アホか、最近お前の様子がおかしいて小春は心配しとったんやぞ。放っておけんて言うから代わりに来たったんやろが」


一ヶ月ぶりに小春ちゃんと飲みに行く約束をしていたのに待ち合わせ場所にいたのはまさかのユウジだった。
小春ちゃんの代わりなんて私は欲しくなかった。特にユウジは鋭いとこあるから二人きりなんて何を言われるかわかったものじゃない。


『えぇと、せっかく来てくれたとこ悪いんだけど』
「白石とケンヤも待っとるしさっさと行くで」
『は?』
「お前小春が何度も誘ったのに断っとったやろ。せやから強硬策や」
『それって』
「安心せえ、財前はこん。ケンヤにも釘刺したから大丈夫や。あんだけ避けとったらアホでも気付くわ。こんのドアホ」
『!』


逃げようって頭が判断する前にユウジが私の手首をがしりと掴む。抵抗したところで敵うわけもないので腕を引かれるままユウジに付いていった。手を離された瞬間逃げようかと思ったのに全然離してくれそうにもない。気付くって何を?財前を避けてること?それとも別の…こと?口を開いたが最後全てを見透かされそうで怖くて何も言えなかった。


「久しぶりやな椎名」
「よおやったユウジ!逃げられんかと心配しとったんやで」
「アホか、俺が失敗するわけないやろ」
『三人とも、久しぶり』


場を明るくしようとしてくれているのに私は上手く笑えない。一応頑張って笑ってみたものの、三人の反応は微妙だった。こういう時何から話せばいいんだろう?どうしたらこの場を取り繕うことが出来るのだろう。
周りの喧騒が酷く遠くに感じる。やっぱり来るんじゃなかった、泣いてでも喚いてでもユウジから逃げれば良かったんだ。


「椎名、ここ座り。ユウジはケンヤの横や」
「おん、ケンヤそれ何飲んどるん?」
「ハイボールや!しかも角ハイやで」
「ほんなら俺もそれにするわ」
「椎名は何飲むん?」
『じゃあ烏龍茶で』
「アホか!久々に会ったっちゅーのにノンアルで乾杯なんて許さへんで!」
『ケンヤは相変わらずだなぁ』


重苦しい空気を変えたのは白石だった。穏やかな声で私を自分の隣へと導く。それに合わせてケンヤとユウジも会話を続けている。
結局私の飲み物を強引にカシスウーロンに変更してケンヤは注文してしまった。相変わらずやることが素早い。止める暇もなかった。


「なぁ、何で椎名は財前を避けるんや」
『〜っ』


しばらくは三人の話に相槌を打つだけで済んだ。近況を順に教えてくれるからただそれだけを聞いてれば良かった。
思いの外三人の話を楽しく聞けてたので、気が緩んだんだ。
その隙をケンヤが突いたのかたまたまだったのかはわからない。気が緩んでいたせいで咄嗟に反応が出来なかった。


「ケンヤ、いきなり本題に入るなって言うたやんか」
「せやけど気になるやん、財前と喧嘩でもしとるんか?そんなら俺が仲裁に入ったるから」
「ケンヤ、それはアカン」
「せやってユウジも気にしとったやろ」
「物事には順番てもんがあるやろ。コイツの顔見てみ、それでもお前はコイツから話を聞き出そうっちゅーんか」
「お前っ、さっきまで普通に話聞いとったやないか!何て顔しとるんや!」
「ケンヤはちょっと黙っとき」


何も、何も言えない。言いたくない。
みんなには知られたくない。三人が私の様子を窺ってるのがわかる。それでも私には言えることはない。
何か弁解をした方が良いのはわかってるのに口を開いても何も出てこなかった。
何も言うわけにはいかない。開きかけた口を固く結ぶ。震えそうになる唇を噛んで押さえつけた。
言ったら最後全てが終わる。財前との関係も私と白石達との関係も白石達と財前との関係も全部おしまいだ。そんな風にさせたくはなかった。


「椎名、わかった言わんでもいいから」
「は?白石はそれでえぇんか」
「ケンヤ、お前の気持ちもわかるけど俺はこないな表情の椎名にこれ以上無理をさせたくないんや」
「せやけど」
「ここで無理に喋らせたらコイツは一生俺らと会わんくなるで」
「そんな大袈裟なこと言うなやユウジ」
「大袈裟やないやろ。大学行ってから俺達にいっぺんも会わへんかったんやぞ。小春のおかげでやっと会えたっちゅーのにまた逃げられんで」


私が何も言えないことを悟ってくれたのか、最初に白石が折れてくれた。
ケンヤは不満そうだけどそれを二人が宥めてくれている。
最終的にユウジの言葉がきっかけでケンヤも折れてくれた。


「わかった、俺ももう絶対に聞かへん。せやからもう避けようとすんな。心配するやろ」
『…ごめんねケンヤ』
「謝らんでえぇから今度は千歳と銀と小石川にも会ったってや」
『わかった』


それからもうケンヤは財前の話に触れなかった。物凄く気になってるのは態度でわかったけど、それを抑えてくれていた。
知られたくないにしろ私のこの態度では財前と何かあったと言ってるようなものだ。
ケンヤのことだからもしかしたら直接財前に聞いてしまうのかもしれない。
財前はケンヤの問いかけになんて答えるんだろう。きっと財前なら上手く誤魔化してくれるだろう。
本当はケンヤに口止めしとくべきなんだろうけど墓穴を掘るだけのような気がしてもうその話には触れられなかった。


『あれ?二人は?』
「先帰ったで」
『え、どうして?』
「ユウジのとこに小春から仕事終わったって連絡があったんや。それを二人で迎えに行くんやと。ユウジが嫌々ケンヤも連れてったわ」


当たり障りのない会話が続き、お手洗いから戻ってきたらケンヤとユウジが消えていた。
嫌々ケンヤを連れてったってことはユウジは気を遣ってくれたのかもしれない。
小春ちゃん、ユウジじゃなくて私に連絡かくれたら良かったのに。
スマホを確認しても私のところには小春ちゃんからの連絡はなかった。


『じゃあ私達もそろそろ』
「アカン」
『え、でも白石だって彼女さん家で待ってるんじゃないの?』
「そらそうやけどもう少し椎名と話したいと思っとったから」
『女子と二人はあんまり良くないと、思う』


近況の話の時に白石の彼女のことも聞いた。
だから気遣ったのに白石は目を細めるだけだ。


「まぁ普通はそうかもしれんけど、椎名はそう言うのとは違うやろ?付き合いも長いし、せやから大丈夫や。俺の彼女は気にせんから」
『でも』
「なぁ、財前と何があった?言いたくない気持ちを汲んでやりたいけどそれ以上に俺らは心配なんや」
『白石』


ユウジがしたみたいに腕を掴まれてるわけでもない。立ち上がって荷物を持って逃げてしまえば白石は無理には追ってこない。
わかっているのにその場に縫い付けられたみたいに身動きが取れなかった。


「俺は味方でおったるから。椎名が何をしてようと何も言わんから。せやから一人で背負い込むのはもう止めとき」


白石はどこまで予測してるのだろう。
もしかしたら何もかも見透かした上でこの話をしているのかもしれない。
優しく穏やかな口調で白石は私を諭す。
だからと言って自分から口を開くわけにはいかなかった。
きゅっと口を固く結ぶ。この態度で白石が諦めてくれたらいい。私のことは放っておいてくれたらいい。


「財前と会っとるんか」


目を合わせたらそれこそ心を読まれそうで俯いてじっと堪えていたのに、白石の口から出た財前の名前に身体が反応してしまう。
これじゃあ答えを言ってるようなものだ。
後悔したって遅い、聡い白石はこれで全部を知ってしまったことだろう。


「やっぱりそうやったか」
『ちが、違うよ白石。そんなんじゃなくて』
「そんなん俺には通用せえへんで。そないな顔して一人で背負いこんで」
『財前は悪くないから、だからお願い白石』


居たたまれなくて視線を合わすことが出来ない。
一瞬だけ交錯したあの見透かしたような白石の瞳が怖かった。
スカートの裾をぎゅっと握りしめて感情を押し込める。言葉と共に涙を流すわけにはいかなかった。


「アホ、俺はお前の味方や」
『でも、…私が悪いから』
「財前を責めんなって言いたいんやろ?」
『…うん』


白石に無理なお願いをしているとは思う。
けどこのことが原因で彼らの関係に亀裂を入れたくはなかった。
それ以上に白石に言われたことが原因で財前と私の関係が終わることが怖かった。
終わらせなければいけない。白石に関係がバレたからには早いうちに精算しなければいけない。頭ではわかっているのに行動に移せない。違う、移したくない。
財前を、週に一度私に会いに来てくれる財前を失いたくなかった。


「せやけどずっとこのままなのもあかんのはわかっとるやろ?」
『…そうだけど、でも…でもっ』
「あぁ、わかった。わかったからそないな顔せんといて。俺は椎名を泣かしたいわけやない」
『…白石はどうするの?』
「そやなぁ」


必死に涙を堪えるも鼻の奥がツンとしてきた。
それが声色に乗ってしまったせいなのか、白石はどこまでも優しい。
恐る恐る顔を上げれば困ったように小さく笑う。


「相手が財前やなかったら直ぐに止めときって言えたんやけどなぁ。椎名が財前を前から好きやったのは俺も薄々知っとったからな。せやからなぁ」
『ごめんね、白石』
「俺に謝ることなんて一つもないやろ。何も俺に悪いことしてへんよ。せやから泣かんとき、可愛い顔が台無しや」


あまりに優しい顔をしてるから、怒られても叱られても仕方無いと思ってた私を白石は一切責めたりしなかったから、その優しさにぽろりと涙が溢れた。
誰かの前で泣くなんて、大学に入って酔って小春ちゃんに泣き付いた時以来のことだ。


『白石、どうしたらいいのかな。財前のこと大好きなんだよ。だから、だからねどうしても…駄目だってわかってるんだけどね』
「わかっとっても好きなんやからしゃーないよな」


泣き続ける私に白石はどこまでも優しかった。
私の言うことをただ肯定してくれて、店員さんに冷たいおしぼりまで頼んでくれた。


「なぁ、俺から一つ提案や」
『提案?』
「俺からは財前に何も言わへん。ケンヤにもキツく言うとく。ユウジはわかっとるから大丈夫やろし小春もそうやな。俺らからは何もせえへん。その代わり」
『その代わり?』


ひとしきり泣き続けて、その涙が引っ込んだところで白石が怖いことを言った。
交換条件ってことだろうか?これを断ったら…白石は財前に直接話をしに行くんだろうか?


「心配せんでええから。せっかく泣きやんだのにまたそないな顔して」
『だって白石が』
「一回でええから、財前の訪問断ってみ」
『え?でも、そんなことしたら』
「二度と財前は来んくなる、とでも思ってそうやな」
『そうでしょう?』
「どうやろなぁ、俺はそうは思わへんよ。騙されたと思ってやってみ。一回でええから」
『でも』
「今は無理かもしれんけど、帰ってからもう一度考えてみいや。無理なら無理で何もせんから。俺はお前の味方やからな」
『…わかった』


家に帰ってから考えても白石の提案に乗れるとは思わない。
でも、白石の優しさには助けられた。
何も言わないでくれると約束してくれたのだから考えるだけ考えてみてもいいかもしれない。
そんな気持ちになれた。


「ほんならそろそろ帰ろか」
『白石、色々ごめんね』
「今度またみんなで集まろや。小石川も銀も会いたいって言うとったから」
『うん』


促されて二人で居酒屋を出る。
泣いて体力を使ったからなのか今日は珍しくよく眠れそうだ。
そう思ってたのに、神様はなんて残酷なんだろうか。
居酒屋を出たところで財前と鉢合わせるなんて誰も想像してなかっただろう。
隣には可愛らしい女の子が寄り添っている。
ひゅっと息を吸い込む音がやけに耳に響いた。


「白石先輩、奇遇ですね」
「ここ洒落ててメシ旨いねん」
「光、」
「話したことあるやろ?中高の部活の先輩や」
「あぁ!本当にイケメンさんですね!隣は彼女さんですか?」
「あっと椎名は」
「あんまり邪魔せんとき、ほら邪魔になるから行くで。ほな先輩また」
「あぁ、またな」


財前が私の名前を呼ばなかった時点で何となく察していた。
私のことを説明しようとした白石を遮って話を切り上げると財前は彼女を連れて店内へ入っていく。
視線が自然と二人を追ってしまった。振り返っても財前はこちらを見ようともしなかった。


「椎名、ここにおると邪魔になるから行こか。小春に来てもらうわ」
『いい、帰るよ白石。これ以上迷惑掛けらんない。小春ちゃんはユウジ達といるだろうし』
「せやけど」
『大丈夫、大丈夫だから』
「そないな顔して放っておけへんよ」
『駄目だよ白石。とにかく帰るね』


白石の優しさが今はただ痛かった。
ついさっきまでその優しさをあたたかいと思ってたのに、今はただただ身を削るだけだ。
引き止めようとする白石の手をすり抜けてタクシーに飛び乗った。
運転手に自宅の住所を告げ、家に着くまでの間一人静かに泣き続けた。


あんな態度を取られたと言うのに私はまだ財前を想ってる。求めてる。
白石からの連絡が着続けるスマホの電源を落とそうとしたのに、財前からの連絡が来るかもしれないと期待して出来なかった。


やっぱり大阪への転勤は断れば良かった。
会社を辞めることになっても、転職することになっても大阪に来なければこんなことにはならなかったのだから。
後悔したってもう遅い。
白石だけじゃなくて小春ちゃんからも何件か着信があってメッセージも届いた。
返信する気力はなくて、その全てを放置する。
一番欲しい人からの連絡は夜が明けてからもこなかった。


誰そ彼様より
終わらなかったー!後一話で終わります!
2020/03/30

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