ぼくらはいつもくるしくて(切原)

「凛先輩!大好きです!」


会うたびに告白する俺に先輩は優しく頬笑むだけだった。


『切原先輩!大好きです!』


彼女と同じ名前の椎名は俺の一つ下。入れ替わるかのように先輩が卒業した年に入学してきた。
俺が二つ上の凛先輩を中一から追い掛けたように椎名も俺を追い掛けてきた。
そうやって俺達は不毛な恋愛をし続けた。


二つ上の凛先輩はテニス部のマネージャーで、テニスと運動以外てんでダメだった俺の面倒を何かと見てくれる人だった。最初の一年は幸村先輩達よりお世話になったと思う。
そんな優しい先輩に懐いて、その感情が恋愛の好きになるまでの時間は大してかからなかった。
先輩との一年はあっという間で(三年は夏で引退だったからめげずに教室にだって遊びに行った)俺の告白を本気に捉えられることもなく彼女は卒業していった。
入れ替わるかのように入学してきたのが椎名だった。最初に下の名前を聞いた時は驚いて書き方まで聞いたような気がする。一字一句先輩と同じで辟易しちまった。
懐かれたのはたまたま。ガラの悪い連中に絡まれてんのを助けてやったのがきっかけ。
そこから俺達の追いかけっこは始まった。


『切原先輩』
「んー」
『付き合ってください』
「お前とは嫌だ」
『えぇー!こないだ彼女と別れたって聞きましたよ!』
「うっせーな、俺の勝手だろ」
『今彼女居ないならいいじゃないですか』
「お前とは無理、ぜってぇに無理」


追いかけっこは高校に入っても続いた。高一の夏までは真面目に凛先輩のことを追っかけてた気がする。でも先輩が引退してからはなんとなく彼女を作ってみたりもした。色々と興味もあったし、向こうから告白してくるんだから別に好きじゃなくてもいいかなって思ってた。
高二になって椎名が入学してきた。当たり前かのようにマネージャーとして入部したけど俺は椎名の告白だけは受ける気になれなかった。
多分椎名を名前で呼びたくたかったんだと思う。そしたら嫌でも先輩のことを思い出すから。椎名だけじゃなくて、先輩と同じ名前の女子とは付き合えなかった。


彼女を作ったり別れたりを繰り返す俺とは違って椎名はいつだって一途だった。
柳先輩から情報を仕入れてくるのか俺が彼女と別れたと聞けば一番に告白してきた。それをあしらい続けたのは俺だ。別にそれでいいと思ってた。


「は?」
「マネージャーの入部は今年ゼロだ赤也」


大学二年の春。いつまでも続くと思ったこの攻防は突然終わった。どうせ椎名がニコニコして俺のこと待ち構えてる、そう信じて疑わなかったのに部室で柳先輩に告げられた一言にただ驚くことしか出来ない。


「ちょ、何でですか?」
「俺がそこまで知ってると思ってるのか?」
「柳先輩ならなんでも知ってるじゃないすか」
「誰のことを言ってるんだ赤也」
「そんなの椎名に決まってるじゃないですか。違う大学にでも行ったんですか?」
「いや、立海大に進学したはずだ」
「じゃあ何で?」
「気になるならば自分で聞いてくるんだな。俺は教えてやらないからな」


大学に入っても凛先輩は俺に振り向いてくれることなくあっさりと留学してしまった。
追い掛けても追い掛けてもあの人は俺のものになってくれない、遠くに行ってしまう。
もしかしたら椎名も俺と同じ気持ちだったのかもしれない。
この時初めて俺は椎名の気持ちをちゃんと考えたのだった。


「あーかや、合コン行かね?一人足りないんだよ」
「行かないっす」
「はぁ?今彼女いねーだろい。どうしたんだよ?先輩も遠くに行っちまったんだから遠慮することねぇだろ?」
「気分じゃないんですって。仁王先輩か真田先輩にでも頼んでくださいよ丸井先輩」
「仁王はもうメンツに入ってんだよ。真田はこないだ合コン台無しにしたから駄目だっつったろ!」


椎名がテニス部に入部してこなかった現実は俺を激しく揺さぶった。別に好きなわけじゃない、けどなんだか面白くなかった。我ながらすげー勝手だ。それでも何故か気になって彼女とかそういうのもどうでもよくなってた。
だから告白も受けなかったし合コンの誘いにも乗らなかった。


「っと、わりぃ」
『すみませ、…切原先輩!?』


椎名と再会したのは夏休みに入ってからだった。マンモス校だから学年の違う椎名とは会おうとしないと会えるはずもない。けど、そこまでする気にもなれなくて鬱々したまま毎日を過ごしてた。
部活の休憩中にジュースが飲みたくなって自販機まで行こうとした曲がり角。そこで出会い頭にぶつかったのが椎名だった。


「お前」
『…本物だ』


驚いたように声を上げて目を丸くするとその顔は直ぐに歪んだ。まるで泣くのを我慢してるようなその表情に俺は呆気に取られてしまい一瞬反応が遅れる。その隙に椎名は脱兎の如く逃げ出した。
おかげで反応がもっと遅れる羽目になったし。
逃げられたら答えは一つ追うしかない。その背中をダッシュで追い掛ける。


「お前!何で逃げんだよ!」
『逃げてません!急用です!』
「久々に会ったのに挨拶もねーのかてめー!」
『わぁ!後日改めて行きますから!』
「今しろ!今!幸村先輩達もいるんだぞ!」
『幸村先輩達にはこないだ挨拶したので!』
「はぁ!?」


追いかけっこは直ぐに終わった。幸村先輩達に挨拶しといて俺にないとか色々間違ってんだろ。その事実にムカついて即捕獲した。なんなんだよそれ、すげぇムカつく。


「お前どこのサークル入ったんだよ」
『…』
「おい、聞いてんのか椎名」
『何で追いかけてきたんですか』
「はぁ?お前が逃げるからだろ」


追いかけてた時の勢いが急速に萎んでいく。捕まえたら椎名は直ぐにおとなしくなった。俺の方を見ようともせず俯いてるから表情もわからない。


『どこのサークルにも入ってません』
「じゃあ何でテニス部に入らなかったんだよ」
『先輩のこと見てるの辛いんです』
「は?」
『だってどれだけ頑張っても無駄だったから。大学に入ってまで無駄な恋愛して何が楽しいんですか?高校入ったら彼女がいたし、何ならずっと好きな先輩がいるって聞いてたし。そんなの辛いです苦しいです』


俺の掴んでる腕がギチギチと反抗する。多分離したらそのまままた逃亡するんだろう。
表情は見えないけど必死に歯を食いしばってんのは容易に想像がついた。こいつは俺と同じだ。手に入らないものを追いかけて追いかけてそれでも駄目で、追いかけるのを止めようとしている。


「お前も俺と同じだな」
『先輩は彼女いたじゃないですか』
「んじゃ多分お前のがしんどかったかもな」
『そうです、だからもう止めるんです。イケメンな彼氏大学で作るんです』


苦しまぎれな答えが返ってくる。泣きそうな声で宣言すんなよ。そんなの気になっちまうだろ。


「俺よりイケメンな彼氏出来たら連れてこいよ」
『…そんな人いたら紹介してほしいです』
「うちの先輩達はイケメンじゃね?」
『お兄ちゃんみたいな感じなのでテニス部の先輩達はちょっと』
「なぁ」
『何ですか、先輩よりイケメンじゃない人ならいりませんよ』


そんなんじゃいつまでたっても彼氏なんて出来ねーだろ。多分俺の気持ちは誰よりこいつが理解出来る。そんで俺もこの状態の椎名をもう放っておけそうにもなかった。
それなら俺だってこいつの気持ちは理解出来るはずだ。


「俺もさ、先輩のこと諦めようとしてんだよ」
『えっ』
「俺達この何年五年?六年?頑張っただろ?先輩なんて今年からアメリカに留学しちまったんだよ。そんなの辛いもんな、俺もやっとお前の気持ちわかったような気がする」
『先輩本気ですか?』
「ん、かなり本気」


どんな反応をするんだろう?諦めようとしてたのは本当だ。先輩にはもう絶対に手が届かない。これを告げたら椎名がどんな反応をするか単に気になった。
俺、お前になら傷口舐められてもいいぜ。
お前の傷口もちゃんと舐めてやるから。


『辛いですね』
「まぁな、でもお前も一緒だろ?」
『それはそうですけど』
「テニス部入部してくんね?マネージャー足りてねーし」
『……真田先輩怒らないかな?』
「こないだ挨拶したんだろ?」
『その時にも誘われて断っちゃったので』
「お兄ちゃんなら平気じゃねーの?」


重たい空気を払拭するために話を変えた。別に今どうにかしたいわけじゃない。でも側に居てほしかった。他の誰でもなく椎名に居てほしかった。すげぇ、自分勝手だとは思う。けど、椎名は椎名で俺の提案を拒否しない、拒否出来ない。


「ズルいこと言ってわりぃな」
『凛って呼んでくれますか?』
「凛」
『それならマネージャーやります。切原先輩の近くにいますね私』
「お前もその切原っての止めろよ」
『赤也先輩?なんだかしっくりこないなぁ』
「下の名前のが呼ばれ慣れてんの」
『私だってそうです』
「それは…わりぃ」
『冗談ですよ。ズルいお願いした仕返しです』
「は?」


まさか仕返しされるとは思ってなくて驚いた。俺の表情に満足したのか凛は微笑んでいる。ガキだと思ってたのにいつの間にかこいつも成長してたんだな。そんな風に思わせる大人の微笑みだった。


「長かったな」
『そうですねぇ』
「俺達よく諦めなかったよなぁ」
『まぁそのおかげで先輩がこっち向いてくれたので』
「まだ向いてねーし」
『どうですかね?あっという間に私のこと大好きになるかもですよ』
「お前この一年で何があったんだよ?変わりすぎ」
『女子はこんなものですよ赤也先輩』
「まぁいいけど」

凛を連れてテニスコートへと向かう。
戻ったらとっくに練習は再開してて、真田先輩に怒られそうになったものの凛の顔を見てそれも収まった。どうやら色々察してくれたらしい。
幸村先輩に「連れてきたからには責任は取るよね赤也」と言われてしまったからちゃんとしよう。凛と呼べたから大丈夫だ。


moss様より

生誕祭用に書きたかったのにこんなことに。そしてやはりスランプかもしれない。
2019/09/25

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