さながら某ラノベの主人公の如く(幸村)

「椎名さん、夏休み前に良ければ連絡先を教えてもらえないかな?」
『え?』
「君が良ければ、の話だけど」
『わ、私の連絡先で良ければ…どうぞ』
「良かった、じゃあまた連絡するね。よい夏休みを」
『う、うん』


高校最後の夏休み、今年は勉強漬けの夏休みになるかなと思ってたら終業式に心臓が飛び出るんじゃないかってくらいの出来事があった。
同じクラスの幸村君に連絡先を聞かれたのだ。
慌ててメモ用紙に電話番号を書いて手渡せば、柔らかく微笑んでくれた。


幸村君のことは中学から知っている。今年だけじゃなくて中学も同じクラスになったことはある。でも決して親しい間柄ではなかった。クラスメイトだから多少話すことはあるけど、連絡先を聞かれるだなんて一体何が起こったんだろう?突然の急展開に頭の中は大混乱だ。


夏休みに入って直ぐに幸村君から連絡が入った。他愛ないやりとりがぽつぽつと続く。天気の話とかテニス部の話とか進路についてとか、日が空いても必ず返事がくるのだった。
不思議に思いつつも幸村君と他愛ない会話をするのは楽しくて真意を聞けないままやりとりが続いていく。


『あ、電話』


幸村君と連絡を取りつつ夏期講習に終われる日々が続く。八月も終盤に入ったところで幸村君から初めて電話が掛かってきた。何かあったのかな?珍しいなと思いつつ受話ボタンをスライドさせる。


『もしもし』
「椎名さん?幸村だけど今大丈夫かな?」
『うん、大丈夫だよ。何かあった?』
「そう言うわけじゃないんだ。ただ声を聞きたいなと思ってね」


耳を疑いたくなるような言葉に一気に体温が上がる。ベッドにだらしなく寝そべった体を慌てて起こすことになった。


「椎名さん?」
『あ、ごめんね。ちゃんと聞いてるよ』
「何か忙しいのなら後日かけ直そうか?」
『ううん、大丈夫。家にいるから』
「それなら良かった」


電話だから目の前に幸村君がいるわけじゃない。それなのに身なりが気になって空いた手で前髪を撫でつける。今やベッドに正座してる状態だ。電話で声を聞くだけなのになんだか緊張してしまってその事実が気恥ずかしい。


『幸村君は?何してたの?』
「俺はね今日妹を連れてプールに行ったんだ」
『へぇ、幸村君妹いるんだね』
「そうなんだよ。インターハイまでなかなか構ってあげれなかったからね。今日やっと約束を果たしてきたんだ」
『幸村君良いお兄さんしてそうだなぁ』
「そんなことないよ。普通かな。椎名さんは?何をしてたの?」
『一日勉強漬けだったよ。夏休みなのに全然夏らしいことしてなくて』
「あぁ、そんなこと言ってたね」


電話の向こうで幸村君が笑ったような気配がした。せっかく話題を振ってくれたのに気の利いた話が一つも出来なくて項垂れてしまう。
夏らしいことをしていなくて後悔するだなんて夏休み初日には思ってもなかった。


「ねぇ、そんな椎名さんに俺から一つ提案があるんだけど」
『え?』
「八月の終わりに横須賀である花火大会に行かないかなと思って」
『…え?』


えぇ!?驚き過ぎて声が出なかった。本当に?どうして?何で私?聞きたいことは沢山あるのにそのどれもが言葉にならない。


「都合が悪いのなら」
『違っ、そうじゃなくて。ただびっくりしちゃって』
「違うってことは予定は空いてるってことだよね」
『あ』
「じゃあ31日の17時に江ノ島駅でいいかな?」
『う、うん』
「椎名さんの浴衣楽しみにしてるから。また連絡するね」
『わかりました』
「おやすみ」
『おやすみなさい』


電話が切れたところで体中の力が抜けた。スマホを放ってベッドへと倒れこむ。
今の夢じゃないよね?頬をつねると痛くてこれが現実のことなんだとわかる。幸村君と花火大会に行くの?本当に?頬は痛いけどまだどこかふわふわと夢見心地だ。
翌日、幸村君から確認のメッセージが届いてやっと現実なんだと悟ることが出来たのだった。


花火大会当日、約束通り浴衣を着て待ち合わせ場所の江ノ島駅へと向かう。朝からそわそわしっぱなしだったせいでだいぶ早く着いてしまった。浴衣変じゃないかな?髪型も大丈夫かな?崩れてないかな?自分で出来る精一杯で着飾ることが出来たとは思う。単なるクラスメイト…クラスメイト以上友達未満の関係ではあるけれど、隣を歩く幸村君に恥じない格好をしたかった。そのために全力を出しきったけどまだ足りないような気がして落ち着かない。
やっぱり浴衣じゃない方が良かったかな?あんまり触ると髪型が崩れるけどやっぱり気になる。前髪が潮風で揺れるたびに手櫛で整えた。


「カーノジョ、可愛い格好してんね」
『え』


肩に手を置かれて反射的に振り返ると、知らない男の人がニコニコ顔で立っていた。見たことのない人だ。呆気に取られたものの、肩に触れられた感触がなんとなく嫌で一歩後ずさる。


「何してんの?今日どっかでお祭りでもあった?」
『あの、待ち合わせをしてまして』
「ふーん、でもさっきからずっとここにいたよね?」
『早く着きすぎちゃったんです』
「じゃあさ、時間まで俺とお茶でもしない?」
『もうすぐ待ち合わせの時間なので大丈夫です』
「えー少しくらいいいじゃん」


じりじりと後ずさった分だけ距離を詰められる。そのまま腕を掴まれてしまった。振りほどこうにも全然離してくれそうにもない。
こういう時ってどう断るのが正しいんだろう?初めての経験に戸惑ってしまう。


「その汚い手を離してもらえるかな」
「なんだよお前」


途方に暮れて俯いた瞬間だった。横から腕が伸びてきて私と男の人の間に体を滑りこませてくれる。驚いて顔を上げたら幸村君だ。


「君じゃ椎名さんには釣り合わないよ。出直してくれる?」
「少し顔がいいからって気取ってるんじゃねえ!」
「気取ってるんじゃなくて、喧嘩を売ってるんだよ。ほら、買いなよ」
「ちっ、彼氏持ちならさっさとそう言えよ」


パッと私から手を離して男の人は去っていった。あっという間の出来事で彼氏じゃないって訂正すら出来なかった。


「ごめん、早く来たつもりだったんだけど」
『私が早く来すぎちゃったのがいけないから。幸村君は謝らないで』


幸村君の声にはっと我に返る。心配そうな顔をして謝るから首を振ってそれを否定した。


「それならいいけど、俺のせいで怖い思いをさせたね」
『全然気にしないで。本当に大丈夫だから。…それにさっきの幸村君颯爽としてて格好良かったよ』


怖かったのは確かだけど幸村君に心配させたくなかった。早くいつもみたいに笑ってほしくて思ったことをそのまま伝える。「気取ってるんじゃなくて喧嘩を売ってるんだよ」って言う幸村君は私の知らない幸村君で、思い出したらなんだかドキドキしてきた。


『それに喧嘩を買いなよだなんてびっくりしちゃった』
「俺は結構本気だったんだけどな」
『喧嘩のイメージないよ?』
「喧嘩は好きじゃないけど俺だって男だからね」
『おかげで助かったからありがとう』
「良かった、やっと笑ってくれた」


ドキドキと同時に新たな幸村君の一面を知れたような気がして嬉しくて、やっとお礼を言うことが出来た。私の様子に安堵したように幸村君も微笑んでくれる。


「じゃあ行こうか」
『今日は宜しくお願いします』
「俺こそ付き合ってくれてありがとう」
『誘ってくれてありがとね』
「俺が椎名さんを誘いたかっただけだよ」


返事をする前に幸村君は私の手を取って歩き出す。言われた言葉も手を繋がれている現状も私を更にドキドキさせて、結局上手く返事は出来なかった。


『あの幸村君』
「こうしてれば椎名さんが怖い思いすることもないだろうし、花火大会で迷子になることもないだろうからね。良い案だと思わないかい?はぐれたら大変だしね」
『でも電車は』
「これから人が増えてくから駄目だよ」


切符を買ったり改札を通ったりする時は離れた手が直ぐ様それが当然かのように繋がれる。私はそれがとても気恥ずかしいのだけど幸村君が楽しそうでそれ以上は何も言えなかった。そんな風にされたら…困るよ。幸村君とはただのクラスメイトなのに。言うのは簡単なのにどうしてもその一言は声にならなかった。


「浴衣着てくれたんだね」
『うん』
「その柄椎名さんにとても似合ってるね。俺も浴衣で来れば良かったかも」
『幸村君の浴衣姿かぁ。周りが卒倒しちゃいそうだね』
「椎名さんも見てみたい?」
『幸村君の浴衣は見たい、かも』
「なら来年は着ることにしようかな」
『らいね、ん?』
「そう来年。また俺と花火大会行ってくれるよね?」


幸村君はどういうつもりで私の連絡先を知りたがって花火大会に誘ってくれたんだろう?そんな風に言われたら嫌だとは言えないよ。幸村君の一言一言に翻弄されているような気がするのに甘い誘惑に理由を問うことも首を横に振ることも出来ない。こんな風に言うのはずるいよ幸村君。


「花火綺麗だったね」
『うん』
「疲れちゃったかい?横須賀は遠かったし」
『あ、そうじゃなくて。確かに少し歩き疲れたけど』
「口数が行きより少なくなってるよ椎名さん」


幸村君に翻弄されつつ花火大会を堪能した帰り道のこと。夜遅いから家まで送ってくれるなんて本当にずるい。そんな風にされたら本当に…駄目駄目。それは絶対に駄目。幸村君に優しくされて好きになったところで失恋するのは目に見えてるんだから。むくむくと膨らみつつある気持ちに無理やり蓋をする。そうやって一人で葛藤してたら会話も弾むわけもなくて心配されるのも当たり前だ。わかってるけど、望み薄い恋をこれ以上膨らましたくもなかった。
この気持ちをどう説明したらいいんだろう。


「俺は半端な気持ちで誘ってないよ」
『え』
「俺のこと嫌いならもう連絡も返さなくていいから。それじゃあまた新学期に」


ぐるぐるぐるぐる色んなことを考えていたらいつの間にか家の前だった。結局幸村君との会話は弾まないまま、私のこの葛藤を伝えられないまま家に帰ってきてしまった。
気まずい空気のままどうしようかと思案していたら幸村君がとびきり優しい声色で告げた。


『あの幸村く』
「おやすみ椎名さん」


そんなこと言われたら、本当に好きになっちゃうよ?鏡で確認しなくても自分の顔が赤くなってるのがわかる。連絡を返さないだなんて私には出来そうにもない。
思い返せばこの夏は幸村君のことばかり考えてたような気がする。
幸村君の背中が見えなくなるまで見送った後、彼に今日のお礼を伝えるためにスマホを手に取った。


今更嫌いになんてなれるわけないよ。前みたいには戻れないよ。
今日一日でこんなにもドキドキしてしまったのだから。


レイラの初恋様より

花火大会は日向でも書いたなぁ。けど違ったお話にはなったかな?
幸村の策略にはめられた夢主でした。
2019/08/01

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