君も私もあの子も、このまま消えちゃえばいいのにって思う

切なめ注意です。報われません


カチコチ、カチコチと時計の針の音だけが響く中、私はシーツにくるまってただぼんやりと帰り支度を始める財前の背中を見つめていた。
会社の先輩の結婚式の引き出物としていただいた置き時計はやけに秒針の音が大きい。
それでも静寂に包まれるよりはマシだろうと部屋に飾っている。文字盤も見やすくて重宝しているのだ。


「これうるさいっすわ」
『私はもう慣れちゃったよ』
「凛さんの先輩趣味悪いんとちゃいますか」
『シンプルでいいと思うけど。二人の写真が入ってるとかじゃないし』
「それは悪趣味過ぎるやろ」
『財前は?そういうの用意してないの?』
「そんなもん、…知らんわ」


しゅるしゅるとネクタイを締める音が聞こえた。今日も財前はあの子の元へと帰るのだろう。そんなの当たり前だ、それでもその背中を見送る気にはなれなくてシーツの中へと潜り込む。


『鍵はポストに入れておいて』
「またきます」


動く気配がしてバタンと玄関の扉がしまった。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。最初はこんなつもりは無かった。
ただ久しぶりに財前に再会して、気付けばこうなっていた。
学生時代に彼に恋焦がれた気持ちはどうやら枯れていなかったらしい。惜しむべきは再会が遅すぎたと言うことだけだ。
一人寝が寂しいと思うようになったのはそれからだった。


夏が終わり、秋の気配が色濃くなってきた。
テレビでは紅葉特集が組まれ街路樹は黄色に染まる。
それがなんだか物悲しくて胸を締め付けられるような気がした。


「凛ちゃん久しぶりやね」
『小春ちゃん元気そうで良かった。ユウジは大丈夫?』
「ユウくんなら今日は財前くんとケンヤくんと遊びに言ってるから大丈夫よ。夜から蔵リンも合流するみたいやで」
『そっか、それなら大丈夫だね』
「せやから今日は二人で楽しみましょ」
『うん』


思わぬところから財前の名前が出てきて胸がチクリと痛む。
東京の大学に進学したのは私と小春ちゃんだけで、小春ちゃんは就職で私は去年転勤で大阪へと戻ってきた。
一足先に関西へと戻っていた小春ちゃんから財前の名前が出てきても何らおかしいことはない。私と違って学生時代も小春ちゃんはよく大阪に帰ってたしユウジもちょくちょく東京へと遊びにきた。
高校の卒業式に財前にフラれて、彼を避けるように頑なに大阪へは戻らなかったと言うのに何の悪戯なのか大阪に転勤の辞令が下るとは入社当時の私は考えても無かっただろう。
大阪に支社が無いから選んだ会社だったのにまさか大阪支社を作ることになるだなんて。


「ケンヤくんが凛ちゃんに会わせろてウルサいねん。そろそろみんなで集まらへん?」
『うーん』
「財前くんのことがあるならアタシらの学年だけでもええと思うんよ」
『小春ちゃんは事情を知ってるけど謙也は知らないよね』
「せやったね、したらきっとケンヤくんは財前くんを呼ぶからあかんねぇ」


財前にフラれたことを話したのは小春ちゃんだけだ。大学時代に酔っぱらって泣いて話を聞いてもらった末に酔い潰れた。起きたら酷い二日酔いで話したことすら覚えてなかったのだからどうしようもない。あれからお酒を飲むときは適度にしようと決めている。やらかしたのが社会人になる前で、尚且つ小春ちゃんの前だったと言うのが唯一の救いだった。
けれど、多分白石やユウジは何となく事情を察していると思う。
大学時代に小春ちゃんの元へと遊びにきたユウジと数回会ったことがあるけど、ユウジは財前の名前だけは絶対に私の前では出さなかった。
口は悪いけどそういう細やかなとこ昔から気が回るからきっと気付いてると思う。
白石は言わずもがなだ。


「財前くんには会わへんの?」
『うん』


財前と再会したのは取引先でのことだった。だから小春ちゃんを始め他は誰も知らない。そのことがまた私の胸をチクチクと突き刺す。
私と再会した時、財前は既に婚約中の彼女がいた。


小春ちゃんと待ち合わせたカフェでのんびりお茶をする。今日の予定は特に決まってないからこれから決めるのだ。
温くなったカフェラテを飲みながら窓の外をふと眺めていると財前が歩いているのが目に入った。横には謙也とユウジがいる。


「凛ちゃん急にどうしたん?」


みんなのいる前で財前にどんな顔をしていいのか分からないから絶対に会いたくない。
咄嗟に窓から顔を背けるようにして店内へと向き背中を丸める。あからさま過ぎて不審者みたいになったけどこればかりは仕方無い。
気付きませんように此方を見ませんように。


『小春ちゃん外、外見て』
「外?イケメンでもおったん?」
『謙也達がいる』
「あ!ほんまやわ!三人でこの辺で遊んどるんやねぇ」


本当はテーブルの下に隠れたいくらいだった。高校生だったら余計なこと考えずにやってると思う。けど今はそんなこと出来ないからただ窓から顔を背けたまま三人が通り過ぎるのを待つだけだ。


「凛ちゃん隠れとるとこ悪いんやけど」
『え、何?』
「ユウくんがこっちに気付いたみたいやわ。手振っとる」
『何で!ユウジのアホ!』
「ユウくんには凛ちゃんと会うて言ってへんから気にせんかったのかも」
『小春ちゃん、あの私ね』
「ええよ。また今度埋め合わせしてな?」
『うん、小春ちゃんの好きなランチご馳走する』
「はよ帰り。このままやとユウくんらこっちに来るで」
『本当にごめんね』
「アタシは凛ちゃんの親友やねん。せやから気にせんと、ほら急ぎ」


小春ちゃんに急かされてカフェから逃げるように飛び出した。三人が店内に入るギリギリ前だったと思う。カフェから出て少しのところに居たから危なかった。
それから三人が歩いてくる方向とは逆に走り出す。
小春ちゃんはもしかしたら私の表情を見て何かを察したかもしれない。
だからこそ直ぐに帰ることを許してくれたんだろう。


「日曜日、小春さんとおったの凛さんやろ?」
『なんだ、財前は分かってたのか』
「気付いてへんのケンヤさんくらいやろ。ユウジさんも多分気付いとったで」
『そっか』


次の週の水曜日、早速財前はうちにやってきた。なんだかんだ理由を付けてはこうやって週一ペースで会いにくる。
それでも必ず終電には間に合うように帰っていくのだからあの子とは仲良くやっているんだろう。
別れちゃえばいいのに。婚約が破談になればいいのに。そう何度思っただろうか。
そんな風に思いたくはないのに心は正直だった。それでもそんなことを考えてしまう自分が嫌で嫌で仕方無くてただ辛かった。
この矛盾した感情を吐き出すことも出来なくて財前との関係に終止符を打つことすら出来なくてどんどん身動きが取れなくなっていく。


「ケンヤさんに会いたくないんすか?」
『財前に会いたくないの』
「今会うとるやん」
『みんなの前で、会いたくない』
「そうっすか」


情事の後に珍しく財前がシャワー浴びにいかないで私が寝そべっているベッド脇へと座る。いつの間にかその手には缶ビールが握られていて、プルタブを開ける音が耳に響いた。


『ビールなんて飲むんだ』
「ビールは社会人の嗜みやろ、飲めんと飲み会辛いことになるって昔ケンヤさんが言っとったし」
『謙也らしいなぁ』


終電は大丈夫なのだろうか?その一言が言えない。言わなかったら財前は今日泊まっていってくれるのかもしれない。今日は一人寂しく寝なくて済むかもしれない。そんな淡い期待が私を包んだ時だった。
ブーブーと財前のスマホが震えて直ぐにそれを確認している。
手の届くところにスマホを置く癖は昔と変わらないんだね。懐かしさに思いを馳せていたらおもむろに財前が立ち上がる。


「シャワー浴びてくるんで、これ凛さん残り飲んで」
『分かった』


あの子からの連絡なんだろう。特に慌てる素振りもなく缶ビールを私に押し付けて財前はシャワーを浴びに行ってしまった。
私の淡い期待は僅か数秒で終わってしまった。
まだひんやりと冷たいビールを一気に喉に流し込む。炭酸が喉をヒリヒリとさせたけど構わなかった。
ビールを飲み干して頭からシーツへと潜り込む。期待した分それが外れるとその落差に落ち込むから期待しないって決めてたのに。
いつもと違う行動をしただけでこうもあっさり期待してしまうだなんて、自分が情けなくて悲しくなった。
いっそ誰かにこの話をすればいいのかもしれない。周りは全力で私のことを叱ってくれるだろう。
けれどこうやって週一で会いにきてくれる財前を手放したくもなかった。
私のものじゃないのに、財前はあの子のものなのに。


あぁ、やっぱり身動きがとれない。
いっそビールの炭酸みたいに消えてなくなっちゃえばいい。そしたらこんなに苦しい思いをしなくて済む。
財前も私も、あの子だって消えてしまえばいい。そしたら世界は平和なまま、周りを巻き込まずに済む。


叶わない願いを胸に抱いて今日もまた、寂しくシーツにくるまれて眠りにつくのだった。


誰そ彼様より
リクエストから短編移動。ちゃんと報われる続きも書く予定です!
2019/04/26

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