優しい雨音は君のためのメロディー(丸井)

「…んー今、何時だ?」


ふと、夜中に目が覚めた。カーテンの向こう、窓の外から聞こえる雨音に起こされたのかもしんねぇ。
枕元の時計を確認すれば午前四時。
まだ全然寝れるじゃねぇか。何でこんな時間に起きちまったんだろ。がしがしと頭をかいて意識を覚醒させたとこで違和感がした。
何で俺こんなベッドの端っこで寝てんだ?いつもだったら真ん中で寝てっからこんなに壁が近くにあるはずねぇのに。
それからやっと隣で寝る凛の存在に気が付いた。
お前、何やってんだよ。うちに来たなら起こせよ。


「バーカ」


呆れながらも気持ち良さそうに寝息をたてる凛を起こさないように小さく呟く。
あぁ、きっとこいつも俺を起こさないようにってうちに入ってきたんだろな。
同じことを考えてることが何となく嬉しくなって自然と頬が緩んだ。
何歳になっても寝顔はアホ面してんだよなぁ。
よだれ垂れてんぞ凛。
外からはサーサーと雨音が優しく響いてくる。
なんつーか幸せだよなぁ。


凛が初めてテニスコートに顔を出した日のことを思い出した。
あん時はまだこいつがどういうつもりで俺と付き合ってんのか分かんなくてもやもやしてたような気がする。
最初は俺から無理矢理付き合えって言ったものの気付けばいつの間にか大事な存在になってたんだっけ。マジ懐かしい話だよな。
あの日から雨の日は無条件で凛が迎えに来るから雨予報の日が好きになった。
それまでは鬱陶しくてあんま好きじゃなかったのに今思い出すとあん時の俺かなり単純だったよな。


今はお互い会社が違うから雨の日のお迎えもそうはない。それでも凛が早く仕事が終わった日は駅で待ってんだもんな。
社会人になって天気予報の確認もするし雨予報なら傘はちゃんと持ってく。
それでもたまにそうやって駅で凛が待っててくれんのは嬉しかった。


「んでお前は俺が寝ちまってから何しに来たんだよ」


凛の顔にかかる髪の毛をそっと避けて寝顔を覗き込むも起きる気配は全くない。
まぁ、一回寝たらそう簡単には起きねぇからな。仕方無えけど、俺はすっかり目が覚めちまったんだよなー。
俺の誕生日だから来てくれたんだろーけどそれなら言っとけよ。そしたら起きてて待ってただろ?むしろ駅まで迎えに行ってやったのに。
今日会う予定はあったけどそれも昼からだっただろい?
凛の顔を見てても飽きないけど、つまんねーしもっかい寝るか。こいつ体温高いし抱き枕にでもして寝てみよう。
凛の首の下に腕を伸ばして抱きしめればあれだけなくなったと思った睡魔がすぐにやってきた。抱き枕効果すげぇな。


『ブン太君起きて』
「んーもうちょい」
『お腹減ったから起きてくーだーさーいー』
「俺はまだ眠いんだよ凛ー」


ゆさゆさと体を揺すられて目が覚めた。あれから直ぐに寝ちまったらしい。俺ががっしりと凛を抱きしめてるから身動きが取れねーんだろうな。そうは思っても眠いもんは眠い。
薄目を開けて凛を確認するとそこまで切羽詰まっては無さそうだったからもう一度目を閉じた。


「もうちょい寝ようぜ凛」
『と言うか、少しはびっくりして欲しかったんですけど!』
「おお、したした」
『全然今、普通でしたよ!?』
「四時に起きた時に気付いたんだよ。そん時はびっくりしたぜ」
『えぇ、何で起こしてくれなかったんですか!』
「お前起きなかったんだよ。だからその罰な?」
『それは、すみません』


ほんとは起こすのが忍びなくて出来なかっただけだ。気持ち良さそうな寝顔を崩したくなかったのもある。けどそれをわざわざ伝えんのも違う気がして適当な理由をでっち上げた。
俺の腕の中で大人しくなったからちょうどよかったかもしんね。これぞ一石二鳥ってやつだ。


『雨降ってるー』
「お前来る時は降ってなかったのかよ」
『全然です、雨予報じゃなかったし』
「あーだよなぁ。今日は天気持つって言ってたしなぁ」
『雨は明日からだと思ってたのに』


あれから凛も素直に二度寝したらしく結局俺達は九時に起きることになった。
夜中からの雨はまだしとしとと降り続いている。


「で、今日のプランは決まってんの?」
『そのつもりだったんですけど雨なんですよ』
「あー雨だと困る感じのやつ?」
『ブン太君が出掛けたくないかなって思って』


あぁ、凛は未だに俺が雨好きじゃねえと思ってたか。ま、説明してねぇしな。
そういうのは俺の柄じゃねぇし気恥ずかしいってのもある。
俺から解放された凛がカーテンの外を眺めてがっくりと肩を落としていた。


「別に雨は嫌いじゃねぇから準備すっか!」
『え、でもブン太君って』
「いいからほらお前も準備しろよ」


彼女にそんな顔させて放っておく彼氏は彼氏失格だろい?俺もベッドから抜け出して凛の頭をくしゃりと一撫でする。そんな心配そうな顔をすんなって。お前があの日迎えに来るようになってから俺はむしろ雨の日は好きなんだからな。


「テニス?」
『はい!教えてもらおうと思いまして!』
「テニスコートはどうすんだ」
『確認したら室内コートの空きがありました』
「ならいいけど、…あーまさか他に人がいるとか言わねぇよな」
『一応声は掛けてみたんだけどみなさん予定があるみたいで。切原君も急用が出来たって連絡きたし。すみません』
「いや、あいつらはいらねぇだろい」


誕生日だからってあいつらに会いたいわけじゃねぇし。集まれんのは嬉しいけど今日じゃなくてもいい。つーか赤也は空気読まずに来ようとしてたのかよ。それをジャッカルか柳辺りが止めてくれたんだろな、多分。
テニスは社会人になってからも続けている。それはあいつらみんながそうだった。
趣味になりつつあるけど体を動かすのはやっぱ楽しいしな。まさか誕生日にやることになるとは思わなかったけども。


『ブン太君!これじゃ練習にならないよ!』
「これでも手加減してやってんだからお前が頑張れって」
『いやムリムリ!鉄柱当てとかどうやって返したらいいの!』
「返せたら俺が負けんだろ」
『鉄柱当て封印したって私が負けますよ!』
「そりゃ違いねぇな」


凛とのテニスはこれで二回目だった。まぁ一回目はあいつらも居たから基礎だけ教えてそっからほったらかしになっちまった覚えがある。それでも楽しそうにしてたから驚きだ。
こいつはほんと昔からワガママとかそーいうのを言わねぇ。ワガママって言葉が凛の辞書には書いてねぇのかもな。
基礎は出来てるから今日は試合っぽくテニスをすることになったけどさっきから俺に翻弄されまくりだ。まぁ、俺がそうしてんのだけど。


『綱渡りも禁止してくださいよ!』
「俺の天才的なとこ見せらんねぇじゃん」
『何回も見たことありますから!私じゃムリムリ!全然返せない!』
「まぁこのままだとお前ボロボロになっちまうしなぁ」


他にも色々あるんだけどこの辺にしとくか。天才的妙技は今度みんなでテニスする時にでも見せてやればいいだろうし。
後半は凛からのボールをちょっとだけ返しづらいとこに打ち返すだけにしてやることにした。


『テニス上達しないかもしれない』
「あんだけ付いてこれりゃ充分だろ」
『あちこち擦りむきました』
「お前結構頑張ってたもんな」
『テニスって思ってた百倍ハードだ』
「百倍って大袈裟過ぎな」


もっと優しくしてとか言ってもいいのにそういうことすら凛は言わない。
だからいつもつい試すようなことをしちまうんだけどそれを笑ってかわされるんだった。
こいつの底はどこにあるんだろな?全然わかんねぇ。けどこういう愛情深いとこに惚れてんのは紛れもなく事実だ。言ってやんねぇけどな。


『ブン太君の誕生日なのにテニス付き合ってくれてありがとう』
「俺がお礼言うとこじゃね?」
『プラン決めたの私なので』
「俺が最近テニスしてねぇって言ったからだろい?」
『そうだけど私じゃ相手にならなかったし』
「俺はそうやって凛が俺のこと考えてくれんのが嬉しいから気にすんな」
『それ当たり前だと思うんですけど』


全然違えんだよ。お前はそうやっていつも言うけどな。
テニスの帰り道、荷物があるから今日は別々の傘だ。この距離が少しだけ惜しい気もする。
同じ傘なら頬をつねったり頭をぐしゃぐしゃにしてやったり出来んだけどな。
自分一人で傘をさすのが当たり前になりつつある。二人で一つの傘より一人一つの傘のが濡れねぇし当たり前だ。
けど今日はなんか違う気がして自分の傘をおもむろに閉じた。


『ブン太君?濡れるよ?』
「おお、だからお前の傘貸せ」
『ブン太君の傘あるのに?』
「いいから」
『じゃ、じゃあ私が持ちます』
「バーカ、持たせるわけねぇだろ。夕飯旨いもん食わせろよ凛」
『それは、勿論ですよ!』


自分が雨に濡れようがやっぱこの距離のが落ち着くような気がした。
今日がどしゃ降りじゃなくて良かったな。
さすがにどしゃ降りじゃ相合い傘はムリがある。


『あ、でもケーキ作りは手伝ってほしいかもです』
「俺が失敗しないように見ててやるよ」
『いやいや!手伝い!お手伝いさん募集してますよ!』
「俺が見てんだから大丈夫だって。頑張れよ凛」
『…わかりました』


お前はきっと俺がこんだけ好きなの知らないよな。けど別にそれでもいい。
気恥ずかしくて言えるわけねぇし、多分凛はそんなこと知りたがらねぇ。
けど俺はちゃんと俺なりにお前のこと想ってるからな。


左肩が少しずつ濡れていくのも今は全く気にならなかった。


レイラの初恋様より

ブン太誕生日おめでとう!中編も今月中に完成させるからね!
さりげなく通行人Xシリーズの続きだったり。
2019/04/20

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