下手くそなお口が奏でた愛の言葉(日吉)

『若くん』
「何ですか」
『明日の放課後はお暇ですか?』
「放課後は部活なんで暇じゃありませんね」
『そうか、そうだよね』
「何かありましたか?」


凛さんから電話が掛かってきたのは彼女の卒業以来初めてのことだった。いくら忙しいからとは言え連絡無さすぎじゃないか?
そのことが原因でイライラしてたから物言いがいつもよりキツくなった。俺の問い掛けに向こうからの返信は無い。
なんだ?何でいきなり無言になるんだ?
何とも言えない気まずい空気が流れている。


「用事が無いのなら切りますよ」
『あの!えぇと、じゃあ明日練習見にいく』
「別にそれは構いませんが忙しいんじゃないんですか?」
『名古屋のマンションは決めてきたよ』
「それは良かったですね。ではもう寝る時間なので」
『じゃあまた明日だね若』
「気を付けて来てくださいよ」
『お土産持ってくから』


なんだ、お土産を渡したかっただけか。電話が切れたところでようやく彼女が連絡をしてきた理由が腑に落ちた。しかし、それならもっと普通に言ってくれたら良かったんじゃないか?
何であんなにも言いよどむ必要があったのだろうか?
…俺の思い違いかもな、明日も早いし寝ることにしよう。


「椎名さんが今日来るの?」
「あぁ、名古屋のお土産を持ってくるらしい」
「…今日は何の日か知ってますか?」
「樺地の言う通りだよ。日吉今日ちゃんと準備したの?」


次の日、朝練が始まる前に鳳と樺地には凛さんが放課後に来ることを一応伝えておいた。
何の日ってなんだ?今日は平日だぞ。単なる3月14日、じゃない………な。


「その顔は今日が何の日か思い出したみたいだね」
「ホワイトデーです」
「チッ」
「跡部さん達も来るって言ってたよ」
「皆さん集まるそうです」
「何で俺だけ知らないんだ」
「こないだ向日さんが遊びに来た時に煩いくらいに言ってたけど」
「日吉は日誌を書いてたから向日さんを全力スルーしてました」


さすがに俺でも3月14日が何の日かくらいは知っている。卒業前に凛さんからバレンタインにチョコレートを貰ったのも勿論覚えている。あぁ、そうか。だからあの人は昨日電話してきたのか。そして俺があんな態度だったから沈黙したんだろう。


「お返しちゃんと準備したの日吉」
「俺達は用意したよ」
「していない」
「まぁそうなるよね」
「日吉、昼休みに生徒会室に集合で」
「何でだ」
「こうなったら椎名さんへのお返しを作りましょう」
「は?」
「樺地が教えてくれるのなら大丈夫だね」
「いや、ちょっと待て」
「そういうことで決まりました」
「日吉、彼女へのお返しは必須だよ。跡部さんも絶対にそうやって言うからね」


俺の意見も聞かずに二人は部室を出ていった。俺はどうしようかと相談したつもりは無いんだが。…相変わらずお節介の過ぎる二人だ。
確かに貰ったもののお返しは大事だろう。バレンタインのチョコレートも言わば年賀状みたいなものだ。貰ったら必ずお返しするのが一般的で、それは理解している。
けれど3月1日の卒業式が終わって昨日まで一度も連絡を寄越さなかったのはあの人の方だ。
俺がお返し用意するのを忘れてたとしても仕方の無いことだろう。


「日吉、何してるんだよ」
「別に」
「樺地が待ってるから行こう。迎えに来て正解だったね」
「俺は別に」
「それでお返しを用意しなくて後悔するのは自分だよ。跡部さん達が椎名さんにお返し渡して自分が無かったら絶対にイライラするよ」
「……そうだな」
「じゃあほら樺地のとこに行こう」
「チ、お前お節介過ぎるだろ」
「友達だろ?これくらい普通だよ日吉」


あっという間に昼休みだ。樺地に言われたことを忘れたわけじゃないが素直に生徒会室に行くのはシャクだった。お返しを用意しないって選択肢が良くないのは分かっている、けど言われた通りに行動するのも嫌だった。
そうやって思案してたら鳳が迎えにきやがった。鳳の言うことが正しくてそれに余計イライラしながらも付いていくしかなかった。


「樺地、日吉を連れてきたよ」
「ありがとうございます」
「じゃあ俺行くから樺地頼んだよ」
「ウス」


俺を生徒会室に送り届けて鳳は去っていく。残されたのは俺と樺地だ。


「で、こんなとこでどうするんだ」
「こっちです」


生徒会室の中に横の部屋に続く扉が二つ両側の壁にあるのは知っている。一つは生徒会準備室だったか?もう片方は知らない。樺地が入っていくのは何度か見たことあるが。
その部屋に樺地は入っていった。ここまで来たら従うしかないだろう。小さく溜め息を吐いて後に続いた。


「こっちはこんな風になってたんだな」
「跡部さんが作らせたんです」


部屋には大型の冷蔵庫と大小様々な調理器具、オーブンや電子レンジ俺には分からないような機械もあるようだ。
家庭科室より良い環境なんじゃないか?
俺が部屋の中を見回してる間に樺地は何やら準備を始めている。


「それで何をするんだ」
「焼きドーナツを作りましょう」
「俺は作り方知らないぞ」
「大丈夫です、俺が知ってます」


あぁ、そう言えば樺地はたまに家庭科部に頼まれてお菓子作りの講師をしてるんだったな。
まったく、器用なやつだ。


「では始めます」
「あぁ、分かった」


ここまできたら意地を張っていても仕方が無いので渋々樺地に付き合うことにする。
凛さんは甘いものが好きだからドーナツなら喜んでくれるだろう。


樺地があらかじめ材料を計量してくれたおかげで俺は言われた通りのことをこなすだけで済んだ。おかげで作業は簡単なものばかりだ。


「これで後はオーブンが焼き上がるのを待つだけです」
「意外と簡単なんだな」
「手順さえ間違えなかったらお菓子作りは失敗しません」
「そうか」


ドーナツが焼き上がるまでに樺地の後片付けを手伝う。相変わらず手際が良いので俺は樺地が洗った器具を拭いていくだけだ。


「焼き上がったら冷却装置で冷やしてデコレーションをします」
「分かった」


13分後、オーブンから取り出したドーナツを冷却装置へと入れて冷やす。こんなものまであるとは驚きだ。さすが跡部さんと言うべきかもしれない。それから型から丁寧にドーナツを取り出してデコレーションを始める。


「どんな風にやればいいんだ」
「日吉の好きなように」
「手本は無いのか」
「こんな風にやればいいと思います」


どうやらデコレーションは俺だけでやらなければならないらしい。
色とりどりのデコペンが並んでいる。デコレーションしろと言われてもどうすればいいのかさっぱり分からないので樺地にやり方を尋ねると"簡単これで貴方もスイーツ男子"と書いてある本を出してくれた。パラパラと中を捲ると"焼きドーナツ"と項目が出てくる。なるほど、こうやってデコレーションすればいいのか。


「なかなか綺麗ですね」
「ふん、俺もこれくらいは出来る」


本に乗ってる通りのデコレーションでも良かったがせっかくなので桜を書いてみた。樺地の言う通りなかなか上手いこと書けたと思う。


「後はラッピングですね」
「樺地」
「ウス」
「ありがとな」
「いえ、丁度材料が余ってたので」


再び冷却装置を使いデコレーションを固めた後に樺地が用意してくれた和風のラッピング袋にドーナツを詰めていく。これならば凛さんも喜ぶだろう。
鳳と樺地の余計なお節介とは言え結局凛さんのために行動してるな。我ながら馬鹿らしい行動だとは思う。まぁこれも仕方無いことだ。それを自覚して自嘲気味に笑った。


「椎名!これ俺とジローと宍戸からのお返しな!」
『お菓子の詰め合わせ?ありがとー!』
「商店街のお菓子だC〜」
「味は保証するぜ」
「椎名さん、これは俺と樺地からです」
『鳳と樺地もありがとう。これ手作りのクッキー?』
「樺地が男子生徒のためにお菓子教室を開いたんです。俺は付き合いで参加したんですけど美味しく作れたので」
「味見の女子生徒も絶賛してくれました」
『ありがとね、嬉しい』


放課後、約束通り凛さんと卒業した先輩達が部活へと顔を出した。
部活前に凛さんからのお土産をそれぞれが貰い、終わった後で旧レギュラーメンバーでバレンタインのお返しを渡していく。
二週間ぶりに会ったけどみんな変わらないな。


「俺からはこれやな」
『忍足もありがとう』
「大阪に帰っとったもんであっちのバウムクーヘンやで」
『あ、もしかしてあのマダムシンコの?』
「せやな。謙也が旨いってオススメしとったから」
『ありがと』
「俺からはこれね」
『ロクシタン?』
「ハンドクリームなんだ」
『滝らしいね』
「俺様からはこれだ」
『マカロン?』
「全員一緒のお返しだ、遠慮するな」
『跡部に遠慮したことないよ、ありがとね』


全員からのお返しを受け取って凛さんは嬉しそうに微笑んでいる。
跡部さんがバレンタインのお返しに毎年全員一緒のブランドのお菓子を用意しているのは知っている。けど凛さんにだけは量が多い。それに毎年遠慮するものだから今年は先回りして跡部さんがあんなことを言ったのだろう。


「あいつは俺達の大事なマネージャーだからな、ただそれだけだ」


俺がそれに対して何かを跡部さんに言ったことはない。けれどあの人は色々と見越してあんな風に言ったのかもしれない。
まったく、跡部さんには敵わないですよ。
テニスで負ける気はさらさらありませんがね。


「椎名、名古屋に行く前にもう一度時間を作れ」
『うん、いいけど』
「送別会を開いてやる。お前らも強制参加だから。よし、帰るぞ樺地」
「ウス」
「じゃ俺達も帰るか!侑士んちにでも行こうぜ!」
「行く行く〜!」
「だってよ長太郎、お前もたまには付き合えよ」
「宍戸さんが言うのなら」
「俺はまだ許可してへんのやけど。まぁえぇか、滝も来るやろ?」
「たまには行こうかな」


それぞれが凛さんと俺に声を掛けて部室から出ていく。
空気を分かりやすく読むの止めて貰えませんかね?何かむず痒いんですけど。
先輩達も大人になった証拠かもしれない。
昔だったら俺のこと煽るだけ煽って帰ってたはずだ。


『若?』
「みんなあっさり帰ってしまいましたね」
『そうだね、気を遣わせちゃったのかも』
「まぁそれで間違ってないかと」


残されたのは俺と凛さんだ。
重たい空気に包まれていると思うのは気のせいだろうか?
跡部さん達が出て行った扉をただ見つめていた凛さんが顔を此方に向けてへにゃりと眉を下げた。


『怒ってる?』
「何でそう思うんですか」
『連絡しなかったから』
「そうですね、多少イライラはしてたかもしれないです」
『そうだよね』


凛は俺の言葉にがっくりと肩を落とす。分かってるのなら連絡してくれれば良かったんじゃないか?まぁそれも昨日までだ。これくらいで意地悪を言うのは止めておこう。
じゃないと昼に樺地とお返しを作った意味がなくなるからな。


「お返しいらないんですか」
『え?』
「凛さんのために用意したんですよ」
『ほんとに?』


俺の言葉に先程まで重かった空気が一気に明るくなった。あぁ、結局空気が重くなるのも明るくなるのも凛さん次第なのか。


「樺地と作ったんですがね」
『若も?樺地のお菓子教室行ったの?』
「いえ、俺は樺地と二人で作りました」
『そうなんだ』
「嬉しいでしょう?喜んでくださいよね」
『うん、凄い嬉しい。若のはドーナツなんだね』
「樺地の指示に従っただけです」
『まさか若から手作りのお返し貰えるなんて思ってなくて』
「デコレーションだけは俺だけでやりましたよ」


凛さんへとドーナツを手渡せば今日一番の笑顔を見せてくれた。
昨日までこの人が原因でイライラしてたって言うのに笑顔一つでそれが治まる。
不思議な気もするがこれが惚れた弱味ってやつなんだろう。


『あの、あのね若』
「なんですか」
『私名古屋に行くでしょう?それでね』
「名古屋に行くのは半年前から知ってます」
『うん、そうだよね。一番に相談したし』
「馬鹿なこと言わないでくださいよ」


朗らかだった空気が再び重苦しいものに変わっていく。こういう時はあまり良い予感がしない。そう思って先回りして思ったことを告げた。凛さんは視線を左右にキョロキョロと動かしている。今更何を迷ってると言うのかこの人は。


「凛さん、俺はとっくに覚悟は出来てるんですよ」
『でも』
「昨日までみたいに二週間も連絡が取れないのは勘弁してもらいたいですがね」
『それは、スマホが故障してて直ぐに直せたら良かったのだけど』
「今後は気を付けてくださいよ」
『本当にいいの?』
「だから俺は今更貴女と別れる選択肢なんて選べないんですって。ここまで言って俺の気持ち疑いますか」
『ううん、大丈夫。変なこと言ってごめんね』
「悩む気持ちは分からなくもないです」


俺だって半年前に凛さんから『名古屋の大学に行きたい』って言われた時は悩んだ。
けどあの時に決めたんだ。だから今更そんなことで凛さんに迷ってほしくはない。


「俺も来年はそっちに行きます」
『本気?』
「跡部さんと違う大学に入って戦ってみるのも楽しいかと思いましてね」
『そっか』
「だから心配しなくていいですよ。俺だって凛さんと離れるのは不安なんですから」


正直言い過ぎた感は否めない。けれどこの言葉で凛さんの纏う空気が柔らかくなったのだから良かったかもな。
気恥ずかしくて視線は合わせれそうにもないが。


『若、ありがと。大好き』
「えぇ、それは知ってます」


誰そ彼様より

ホワイトデーと言うことで日吉。色々悩んだ結果日吉。ぐちゃぐちゃかもしれない。このお題が可愛すぎて。
2019/03/14

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -