切原赤也と七人の賢者(切原)

「全然伝わらねぇ」
「どうしたんだい赤也」
「別に何でもないッス」
「精市、気にしなくていい。いつものことだ」
「あぁ、椎名さんのことだね」
「まだ礼を言ってないのか赤也」
「それはちゃんと伝えましたって真田先輩!」


部活前に一人言を漏らしたのが間違いだった。何でこんな時に限ってジャッカル先輩達居ないんだよ!いや、それはそれで聞かれても嫌だけど幸村先輩達に聞かれんのも困りもんだ。
真田先輩だけは斜め上なこと言ってたけど。
なんつーか先輩達が複数いる時に話を聞いてもらおうって気にはなれなかった。大体二人以上になるといつも最後らへんで説教みたいになってくし。
と言うことでさっさとテニスコートに逃げることにする。


「ほんでどうしたんじゃ赤也」
「先輩達って俺の情報は共有しないと駄目とかそういう取りきめでもあるんスか?」
「それは秘密じゃ」
「別にいいッスけどね。隠したって無駄なの分かってますし」
「ちゃんと好きって伝えたのかのう?」
「それは…伝えてます。大事なことはちゃんと伝えろって丸井先輩言ってたし」
「それじゃ諦めずに頑張りんしゃい」
「はぁ?まさか仁王先輩のアドバイスそれだけなんスか?」
「諦めずに頑張ればいつか伝わるぜよ。テニスと一緒じゃ」


最近はいきなり「どうした」って聞かれることにも慣れた。先輩達は俺の情報共有しすぎだよなほんと。けれどせっかく一人で仁王先輩が絡みにきてくれたから素直に話を聞いてもらおうと思ったのにまさかの貰えたアドバイスが「諦めずに頑張れ」の一言だけとか。仁王先輩ならもっとためになるアドバイスくれると思ってたのに。
俺の肩をぽんと叩いて仁王先輩は練習に戻っていった。


「おや?元気が無いですね。仁王君のアドバイスではためになりませんでしたか?」
「柳生先輩、仁王先輩がただ諦めずに頑張れって言うんですよ」
「それはとても良いアドバイスですね」
「いやもっと適格なアドバイス無いんですか」
「しかし諦めずに頑張り続けると言うことは恋愛に限らずとても大事なことですよ。それに私達は切原君が諦めずに頑張ることが出来るのを知っています」
「なんスかそれ」
「臆病になっていませんか?後先考えるのは切原君らしくないですよ」
「あぁ」
「幸村君達に負けても負けても挑み続けるのは切原君の良いところだと思いますがね」


先輩達は入れ替り立ち替りで俺のとこに来るつもりなんだろうか?
柳生先輩は俺の返事も聞かずに去っていった。
先輩の言うことは分かるけど…まぁそれくらいしか俺に出来ることないか。
落ち込んでる暇があるならひたすら頑張った方がいいもんな、テニスだって今までそうやってきたわけだし。


「赤也!次は俺と試合だぜい」
「直ぐ行きます!」


丸井先輩に呼ばれたので両手で頬を張ってコートへ向かうことにした。
とりあえず目の前のことに集中しねぇとな。


「ちぇ、赤也に負けちまった」
「丸井先輩にはちょくちょく勝てるようになってきましたからね!」
「赤也の癖に生意気過ぎんだろ」
「ちょ!頭掴むのは止めてくださいって!」


それにこないだ負けた時に「俺はダブルスが本職」だからなって言ってたッスよね!
丸井先輩が俺の肩に腕を回してがしがしと頭を撫でてくる。髪型ぐちゃぐちゃになるんですけど!


「そんで、どうなってんだよ?」
「丸井先輩もですか?先輩に言われた通りちゃんと好きですとは伝えてるんですけど」
「向こうの反応は?」
「ありがとうって笑うだけです」
「お前全然相手にされてねぇな」
「チッ、そんなこと分かってるし」
「お前のアプローチが間違ってんだよ赤也。そう怒るなって」


痛いとこ突かれて肩に回された腕を振り払おうとしたらその前に丸井先輩は俺からパッと離れた。


「まさか丸井先輩も諦めずに頑張れって言うんじゃないですよね」
「それはもう仁王に聞いたろ?お前さ、好きって伝えればそれでいいと思ってねぇか?」
「だって先輩がそう言ったじゃん」
「あのなぁ、それだけじゃ駄目だろ。その先を考えろよ赤也」
「その先?」
「椎名のこと好きならそれだけで満足してんなよ」
「は?」
「ま、俺からはこんくらいだな」
「ちょ!意味全然分からないんですけど!」


「俺次は幸村君と試合だから」そう言って丸井先輩は別のコートへと行ってしまう。
ったく何なんだよ。アドバイスくれんならちゃんと言ってくれりゃ良くね?
結局この日は他の先輩達がこの件に関して絡みに来ることはなかった。


「ジャッカル先輩宿題見てください」
「またかよ、まぁいいけどよ。お前のことだから英語だろ?」
「そうッス!」
「椎名も英語は得意だから今度からそっちに頼んでみろよ」
「マジッスか?んじゃ明日からそうします」


昼休み、英語の宿題を忘れてたのを思い出してジャッカル先輩のとこにいく。
椎名先輩も英語得意なのか。それなら今度から遠慮なく先輩のとこに聞きにいこう。
ジャッカル先輩の机に英語の宿題のプリントを置いて前の席に遠慮なく座ることにする。


「それでだな、えぇと…あー大丈夫か?」
「ジャッカル先輩もですか?」
「まぁそんな嫌そうな顔をするなって俺達はだな」
「そんなこと分かってますって。けどみんなアドバイスが分かりづらいんですよ。昨日の丸井先輩だって告白のその先を考えろとか意味分かんないこと言うし」


ジャッカル先輩がプリントの穴を埋めてくれている。ついでに間違ってるとこも全部直してくれるらしい。つーか俺が解いたとこ全部間違ってんじゃん。まぁ適当にやったからそれも仕方無いんだろうけど。
真っ白なプリント持ってくとジャッカル先輩教えてくんないんだよな。


「好きって伝えるだけじゃ駄目だってブン太は言いたいんだろ。多分」
「大事なことは伝えろって最初に言ったの丸井先輩なんですけど」
「大事なことは好きってことだけじゃねぇよ」
「はぁ?」
「あー遠回しに伝えんのも難しいもんだな」
「ジャッカル先輩分かってんなら教えてくださいよ!」
「例えばお前が女子に告白で好きですとだけ言われたらどーすんだ」
「何ですかその例え」
「いいから、考えてみろって」


突然の例え話が始まった。プリントは終わったらしくそれをこっちに差し出して真剣な表情でジャッカル先輩が言う。
女子に好きですって言われたらどうするか?そんなの簡単だろ?


「サンキュって言うだけじゃないッス?」
「だろ?じゃあ好きだから付き合ってくださいって言われたらどーすんだ?」
「そりゃ断りますよ。俺椎名先輩が好きだし」
「それがブン太の言うその先なんじゃないか?」
「あー」


そう言うこと?もっと分かりやすく教えてくれりゃ良かったと思う。まぁそんなに甘くないんだろな、よく自分で考えろって柳先輩にも言われるし。ジャッカル先輩の言いたいことは理解出来たからプリントを持って早速椎名先輩のとこに向かうことにする。
ちゃんと俺と付き合ってって言わなきゃいけなかったってことだよな。


「結局駄目じゃねぇか」
「赤也、ネットを蹴飛ばしても仕方無いだろ」
「俺もうやれることやってるんすよ」
「そうだね」


昼休みに張り切って椎名先輩のとこに行ったっつーのに結局笑って誤魔化されてしまった。これ以上どうすりゃいいんだよ。
イライラして練習前にコートのネットを蹴飛ばしたら運悪く幸村先輩に見付かってしまう。
怒られるかと一瞬ビビったけど今日はどうやら違うらしい。
俺の隣から動きそうにもないのでもうこの際話を聞いてもらうことにした。


「どうしたらいいんスか」
「フラれたわけじゃないんだろ?だったらいつも通りの赤也らしく頑張ればいいんじゃないのかな」
「今でもフラれたみたいなもんじゃないですか?」
「どうかな?俺はそうは思わないよ」
「あー」
「いつまでも落ち込んでるのはお前らしくないよ」
「あぁ、もう分かったッス!やれるだけやりゃいいんですよね!」
「分かってくれたのならいいよ。ほら今日は俺と試合するんだからね。万全で挑んでくれないと」
「分かりました!幸村先輩も手抜かないでくださいよ!」
「赤也が頑張ってくれるのならね」


そりゃ俺だっていつまでもうじうじしてんのはらしくないなとは思ってましたよ。俺の答えに幸村先輩は満足げに笑うのだった。
こうなったら腹くくるしかねぇな。椎名先輩のこともテニスのことも。


椎名先輩を諦めることなくテニスにも打ち込んであっという間に三年の月日がたった。
少しずつ少しずつ先輩との距離は縮まっているとは思う。俺のことを下の名前で呼んでくれるようになり、俺も凛先輩と呼ぶようになった。
一週間に一度は一緒に昼メシも食ってくれるしたまの休みに遊びに行くようにもなった。
けど最後の一押しがイマイチ上手くいかない。


「赤也、集中力が足りてないぞ」
「真田副部長!すんません!」
「何かあったか?」
「や、ちょっと他事考えてたんで」
「…椎名のことか?」
「まぁ、そうッスね」
「喧嘩でもしたのか?」
「いやそういうんじゃなくて」
「じゃあどうしたと言うのだ」


真田先輩に相談してもいいものだろうか?何やらまた勘違いをしてそうだし。まぁでも今は俺と先輩しかいないからたまには話を聞いてもらってもいいだろ。と言うことで軽く打ち合いながら聞いてもらうことにした。
凛先輩のこと、テニスのこと、次の大会のこと、勉強のことはとりあえず言うのは止めて色々と真田先輩に聞いてもらった。


「ではお前と椎名は付き合っていないと言うのだな」
「なんつーか真田副部長に言われると違和感ありますけどそれであってますよ」
「俺の勘違いだったのか。しかしクラスの女子達もだな」
「周りがどう思ってようと俺と凛先輩は付き合ってないんス」
「そうか。しかし周りがそう思ってるのだからもう少しではないのか?」
「まぁ俺もそんな感じだとは思ってるんですけど」


真田先輩と恋愛の話をする日が来るとは三年前は思いもしなかった。俺も真田先輩もこの三年で色々成長したのかもしれない。


「そもそもお前は椎名のどこを好きになったのだ」
「何でそんなこと急に聞くんスか」
「ふと気になったのでな。それに椎名はその理由を知ってるのか?」
「凛先輩スか?」


ありったけの「好き」と「付き合ってください」は伝えていると思う。けれど真田先輩が言うように俺は凛先輩にその理由を伝えたことは無かったと思う。聞かれたことも無かったし。


凛先輩を好きになったきっかけは些細なことだった。
中学二年の春、昼休みに部室で幸村先輩達に説教された後のこと。ムシャクシャして赤目になってたと思う。周りの人間や普段仲の良いツレですら俺に話し掛けに来なかったから。
話し掛けて来ない癖に遠巻きにジロジロ見てくるもんだから余計にイライラしてしょうがなかった。
そんな時に出会ったのが凛先輩だった。
彼女はそんな俺に臆することなく話し掛けてきたんだ。そんなこと出来る女はねーちゃん以外知らなくてすげぇびっくりした。
そっから流れでお茶をご馳走になった。聞くと茶道部の部長さんらしい。
赤目の俺にビビらない凛先輩に興味が湧いて気付いた時には自然と好きになっていた。


「そんな感じッス」
「そうか」
「大した話じゃないッスね」
「だがきっかけは大事なことだぞ赤也」
「そうですかね?」
「そうだ、椎名にも教えてやるといい」


そうやって言うと真田先輩は目を細めるんだった。なんつーか真田副部長のが大人って感じがして少し悔しい。いや、老け顔だし実際に俺より年上だけど。それでも俺より先輩がそういうことに余裕そうでなんだか悔しかった。
三年前は「恋愛なんて考えてる暇はない」みたいな感じだったのにさ。


「つーことでもっかい真剣に告白してきます俺」
「そうか」
「最近は好き好き言い過ぎて逆に軽く聞こえんぞって丸井先輩に言われたんで」
「軽くは聞こえてないと思うがな」
「まぁ最後の悪あがきですね」
「ふむ、諦めると言うのか」
「や、それは無理ですけど」
「そうだな、それが出来たら苦労はしてないな」
「そうッスね」
「だが真剣に答えを求めるのは良い選択かもしれない」
「答えを求める、ですか」
「あぁ、お前は過去に一度でも椎名の気持ちを聞いたことは無いだろう?」


真田先輩に言われたように凛先輩を好きになった理由を本人に伝えるようになった。
「好き」と「付き合って」だけじゃなくて俺が何で凛先輩を好きなのか。
仁王先輩にも言われてプラスどこが好きなのかも伝えるようにした。
そうして一ヶ月後、もう一度しっかり告白しようと思ったんだ。
その決意表明と言うか、誰かに宣言したくて柳先輩に話を聞いてもらった。
確かに丸井先輩の言うように最近は挨拶をするかのように凛先輩に好き好き言ってた気がするし、だからそれを反省して真剣に告白しようと思った。
柳先輩の言われたことを反芻してみる。確かに俺は凛先輩の気持ちを聞いたことは無かった。そんな余裕無かったし。
この先輩がそうやって言うってことはもしかしたらそういうことなのかもしれない。


「あーそれって」
「本人の口から聞いてくるといい」
「ま、そうなりますよね」
「お前達は見ていて色々歯痒かったぞ」
「もっと早く教えてくれりゃ良かったんスよ」
「それではお前のためにならないからな」
「んじゃ俺早速行ってきます!」
「あぁ、頑張るといい。まぁ頑張らなくても大丈夫だと思うがな」
「ウッス!」


お前のためにならないとか先輩達ほんとどんだけ俺のこと考えてんだろ。
柳先輩と分かれて過去の先輩達に言われたことを思い出す。ったくどれもこれも超分かりづらいアドバイスばっかりだったし。
それも俺の成長のためとか、あの人達俺のこと好きすぎんだろ。
歩きから早歩きになり、だんだんと小走りになる。先輩達がしてくれたこと、最後に柳先輩が言った言葉を思い出して自然と笑みが溢れる。
凛先輩の教室までは後少しだ。


「凛先輩そろそろ俺のもんになってくれてもいいッスよね!」


真剣に告白するって柳先輩と約束したのに教室の扉を開いて開口一番凄い言葉が飛び出した。
教室内の注目の的になってる気がしなくもないけどもうそんなの気にしねぇ。
真っ直ぐ凛先輩の瞳だけ見つめてもう一度だけ言う。自分の気持ちを真剣に伝えよう。


「凛先輩、大好きです。俺と付き合ってください。それと凛先輩の気持ちも聞かせてください」


最初は目を丸くしていた凛先輩も気持ちが伝わったのか俺が言いきったところで柔らかく微笑んでただ頷いてくれた。


「長すぎんだろい」
「上手くいって良かったぜよ」
「椎名さんもシャイな方ですからね」
「真田も色々赤也に教えてあげたんだろ?」
「何、大したことではない」
「これで赤也も大丈夫だな」
「あぁ、ジャッカルの負担も必ず減るだろう」

やっとこさ書けた赤也の短編。ここに辿り着くまでに四作ボツになりました。長かった(´・ω・`)
2019/02/26

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -