通行人Xの献身(丸井)

「あー雨降ってきちまった」
『今日雨予報でしたよ』
「朝降って無いのなら傘なんて持って出掛けねえだろい」
『や、先輩それはちょっと』


いつものお弁当タイム。
視聴覚室で丸井先輩と待ち合わせてのお昼だ。
朝降って無いからって昼から降りだすことってよくあるよね?先輩今までどう過ごしてきたんだろ?


「ま、帰る頃には止むかもしれねえしいいか。
ジャッカルいるし」
『桑原先輩?』
「おお、アイツは大体傘持ってきてるからなー」


なるほど。今までは桑原先輩頼みだったってことですね。
桑原先輩もきっと丸井先輩のワガママに振り回されてるんだろうなぁ。
なんてったって私と付き合ったのだって"たまたま"私が丸井先輩のいる視聴覚室に紛れ込んで"たまたま"その時付き合っていた彼女と大喧嘩の末別れて"たまたま"その場に居た私を「彼女が居ねえのはメンドイ」とか言う謎理論で彼女に任命したんだったし。
お弁当作って来なかったら教室まで押し掛けると言われたらNOだなんて言えなかった。
それから丸井先輩とのお付き合いは何となく続いている。


「凛」
『何ですか』
「お前って何でテニス部見に来ねえの?」
『行ったことありますよ』
「は?いつだよ」
『去年とか』
「なんだよそんな昔の話すんなって」
『えぇ』
「俺が聞いてんのは最近の話だっつーの」
『それは無いですねえ』
「あぁそう」


私の返答に先輩はとても不満そうだった。
丸井先輩は格好良いとは思う。
女の子から人気だし笑顔も素敵だしクラスメイトの中にも先輩が好きだって人は何人かいる。
私だって初めてお話出来た時はドキドキしたし浮かれたとは思う。
けれどこの関係は先輩が何となく思い付きで始めただけだ。
だから私としては彼女ってよりただのお弁当係りって認識しか無かった。
お昼にしか会わないから周りにはバレてないし友達にもこの関係は伝えていない。


「お前って冷めてんのなー」
『何ですかそれ』
「いーや、何でもない。たまには俺の格好良いとこ見に来いよ」
『そうですね、考えておきます』
「んじゃまた明日な。今日も御馳走さん」
『はい』


先輩が格好良いのはみんな知ってると思うんだけどなぁ。
私に背を向けたまま片手をヒラヒラと振って丸井先輩は視聴覚室を出ていった。
一応彼女だしたまには先輩がテニスしてる所見にいってみようかな。
丸井先輩があぁやって言うの初めてだし。


そうだ、今日は雨だった。
昼から降りだした雨は放課後になっても止まなかった。
テニス部って雨だと何処で練習してるんだろ?
傘をさしたまま無人のコートを眺める。
雨だと練習ってなくなるのかな?そうなると丸井先輩はもう帰ってしまったのだろうか?
のんびりと図書室で借りる本を吟味してる場合じゃ無かったかもしれない。


「おい、こんなとこで何してんだよ」
『あ、切原君だ』
「椎名?」


ぼけっと無人のコートを眺めていたら後ろから声を掛けられた。振り向くと同じクラスの切原君が傘をさして立っている。
制服姿だからやっぱり今日は練習が無いのかもしれない。


「お前ってテニス部に興味あったっけ?」
『えぇとそう言うんじゃないけど』


切原君に丸井先輩のこと聞いて教えてくれるかな?でも私達が付き合ってることって誰も知らないから不審に思われちゃうかもしれないしなぁ。どうしようかな?


「おい赤也!お前凛に何してんだよ!」
「えっ!いや!俺別に何もしてないッス!」
『あ、丸井先輩だ』


どう答えようか悩んでたら切原君の後ろから丸井先輩が走ってくる。
やっぱり傘を持ってない。シトシト雨だけど濡れたら風邪ひきますよ。
私と切原君の間に立つ先輩へと傘を差し出した。


「つーか丸井先輩って椎名のこと知ってるんスか?」
「コイツ俺の彼女だし」
『あ』
「あ?」
『いえ、何でもないです』


私の小さな呟きに先輩が怪訝な表情をするので咄嗟に誤魔化してしまった。
そんなあっさり周りに関係をばらしてもいいのだろうか?


「ふーん、椎名が丸井先輩の彼女ッスか」
「なんだよ、文句あんのか」
「や、今までの彼女と毛色が違うッスよねー」
『……』
「お前赤也!んなこと言うなよ!」
「いや!誤解ですって!椎名料理上手だし今までの彼女達よりは丸井先輩に似合ってるんじゃないかなぁと思っただけですよ!んじゃ俺ゲーセン行かなきゃなんで!」


私も切原君の言葉にビクビクしてしまった。
確かに付き合う前に大喧嘩していた彼女さんはとても綺麗な人だったし切原君がそう思うのも無理ないよなぁとか考えていたらどうやら彼が言いたかったのはそういうことじゃ無かったらしい。
丸井先輩が声を荒らげたからか切原君は慌てて逃げていってしまった。相変わらず逃げ足が速い。
英語の教師からもあんな感じで逃げてるもんなぁ。


「おい凛」
『はい』
「何で赤也がお前が料理上手なの知ってんだよ」
『先輩怒ってるんですか?』
「怒ってねえし」
『家庭科で調理の班が一緒なだけですよ』
「あぁ、そっか。お前ら同じクラスだもんな」
『そうですよ』


先輩はそれきり黙りこんでしまった。
やっぱり怒ってるのかな?
でも怒られるようなことしてないはずなんだけど。練習見に来いって言ったの先輩だし。


「おいブン太、慌てて部室飛び出してったけどどうしたんだよ」
「やぁ、丸井の彼女かな?」
「雨じゃし彼女のお迎え良かったのうブンちゃん」
「お前が丸井の新しい彼女か。確か2年の椎名だったな」
『あ、はい』
「ふむ、今度の彼女は真面目そうだな丸井」
「真田君、今までの彼女さん達が不真面目みたいに言っては駄目ですよ」
「だが事実だぞ柳生」
「はぁ。お前らタイミングとか考えろよ」


どうしようかなと思案していたらテニス部の方々と遭遇してしまった。
そんなに矢継早に話されるとついていけないのですが。
でも隣の丸井先輩の空気が少し柔らかくなった気がするから良かったのかもしれない。


「椎名さん、丸井のお迎えありがとう」
『あ、いえ』
「これで俺が送ってかなくて済むな。ありがとよ」
「桑原君の負担も減りますね」
「まったく、雨予報の日は傘を持ち歩けとあれだけ言ったであろう」
「弦一郎、そう怒らずとも彼女が居てくれれば濡れずに帰れるだろう」
「良かったのう」
「お前ら好き勝手言いやがって」
「これ以上は邪魔になるからみんな帰ろうか」


幸村先輩の一言でそれぞれが丸井先輩へ一声掛けて帰ってしまった。
再び残されたのは私と先輩だ。


『先輩?』
「お前何しに来たんだよ」
『練習見に来たんですけど雨なの忘れてました』
「あー俺が来いって言ったな」
『はい』
「まさかその日に来ると思ってなくてすげえ焦った」
『え、何でですか』
「や、何でもねえ。んじゃ帰るぞ」
『え?え?』
「傘貸せって。俺が持つから」


私の手から先輩が傘をもぎ取っていく。
でも先輩に傘を持たせてもいいんだろうか?


「お前いつからここに居たんだよ。手冷たくなってんぞ」
『そんな長くは待ってないはずですけど』
「ふーん」
『やっぱり怒ってるんですか?』
「や、違え。お前が俺に少しでも興味あるみたいで安心しただけ」
『は?』
「ほら帰るぞ」
『あ、待ってください先輩!』


少しだけ歩いた所で先輩は待っててくれたので慌てて隣へと追い付く。
先輩はきっと何にも分かってない。


『私、結構先輩のために頑張ってると思うんですけど』
「は?」
『お弁当だって毎日先輩何食べたいかなーって考えて作ってるし彼女ってばれないように気を付けてるし今日だって先輩が見にこいって言ったから来たし』
「お前何言ってんの?」
『え?』


シトシト雨が降り続く中先輩の隣を歩く。
私の言葉に呆れたように先輩が盛大に溜め息を吐いた。


「何でお前が彼女ってことばらしちゃ駄目なんだよ」
『え、いやでも』
「あーお前が勘違いしてたのか」
『勘違い?』
「俺は別に内緒にしとけなんて一言も言ってねえし」
『でも』
「付き合ってんの広がると思ったら広がらなかったもんなー」
『あの』
「そっか。俺も勘違いしてたんだな」
『先輩?』


えぇと話が全然分からないんですけど。
先輩は一人で何やらぶつぶつと呟いている。


「ま、いいか」
『は』
「んじゃそういうことだから今度から雨が降ったらお前が迎えに来いよ」
『いやあの丸井先輩?』
「んでその丸井先輩ってのも禁止」
『えぇ!?』
「ちゃんと名前で呼べよ。後はー昼メシも教室まで迎えに行ってやるから」
『本気ですか!?』
「ちゃーんといいこで待ってろよ?」
『先輩!?』
「名前で呼ばなきゃ返事してやんねぇ」


機嫌が直ったのは喜ばしいことだけど結局また振り回されてる気がする。
けれど先輩が嬉しそうだからもう反抗するのは止めておいた。
名前で呼ぶのはちょっとまだ無理だけど、どうやら思っていたより私は先輩に彼女として認識されていたらしい。
次の雨の日がまた少しだけ楽しみになった。


企画サイトに提出用に書き上げた作品。まだこれを出すかは未定。
2018/09/29

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