他意はない 悪意もない あったのはほんの少しの、好奇心(柳)

椎名凛。
立海大附属高校3年。園芸部所属。
両親と三人暮らしで花屋の娘。
彼女の最初の情報はこのくらいしかなかった。


「テニスコート脇の花壇やっと担当が決まったみたいだね」


高校1年の春。GWも過ぎた頃に精市が言った。
中学の時は無かったが高校のテニスコート脇には荒れ果てた花壇があった。
精市に言われないと気付かないくらいそれはひっそりとそこにあった。
まるで誰からも忘れ去られたように荒れ果てそこには花壇なんてなかったのかのように見学にくる女子生徒達に踏み荒らされていた。
誰も手入れをしていないのならばそうなるのも致し方無い。最初はそう思っていた。
精市はそんな踏み荒らされる花壇を見つめ悲しそうにしていたが俺には先程以上の感情は無かった。


GWが終わった頃からそこで一人の女子生徒を見かけるようになった。
彼女は見学者の居ない朝練でもよく見かける。
荒れ果てた花壇を悲しそうな表情で見つめている。そんな彼女に目を奪われ少しの好奇心が湧いた。


「蓮二」
「どうした精市」
「また花壇がぐちゃぐちゃなんだよ」
「そうか」
「椎名さんの悲しそうな顔が浮かぶよ」
「何故精市が名前を知っているんだ」
「屋上庭園にも園芸部の人はいるからね。その子に聞いたんだよ」
「そうか」
「担当を増やせばいいのにね。誰もここはやりたがらないらしい。彼女以外はね」


五月から朝も夕方もせっせと雑草を抜き土を入れ替えて花の種を蒔いていたのを知っている。
精市に言われ花壇を見るとコートに近い部分は人が立ち入るからか踏み荒らされていた。
確かここに昨日種らしきものを蒔いていたと思うがこれでは芽が出て来ないだろう。


朝練の合間に花壇を見ると椎名が棒立ちしていた。
踏み荒らされた場所を見ているのだろう。
彼女はそれを見て何を思うのだろうか?
諦めてこの花壇の手入れを止めるかもしれない。悲しくて涙を流すのだろうか。
見ていると彼女はぐっと涙を堪えて両手で自分の頬をパチンと叩いたようだった。
それからぐっと唇を引き締めていつものように花壇の手入れを始めた。
椎名は思っていたより遥かに我慢強い。


椎名と見学の女子生徒達の攻防は続いた。
直接椎名が見学の女子生徒達に何かを言うことはない。
見学の女子生徒達も椎名がいる時は花壇に立ち入ったりしないからだ。
しかし椎名が花壇から離れるとそんなこともお構い無しのようだった。
そのたびに涙を堪えて花壇の世話を続ける椎名からいつの間にか目が離せなくなっていたのは俺の方だった。


「あーまたッスよ」
「コート脇のとこは全滅じゃのう」
「柵くらいつければいいんじゃねぇの」
「園芸部にも予算とか色々あんだろきっと」
「せっかく綺麗に咲いたのに残念ですね」
「花壇全部が駄目になったわけじゃないけれどやっぱり残念だね」
「一年たっても此方側は駄目か」
「ふむ、蓮二どうにか出来ないのか?」


一年経過して赤也が入学しても椎名と女子生徒達の攻防は続いた。
いつか椎名は諦めてしまうかもしれない。
そう思っていたのに彼女は辛抱強く花壇の手入れを諦めなかった。
俺達はそんな彼女を一番近くで見てきたから弦一郎からそんな言葉が出ても誰も驚かなかった。


「柵くらい生徒会の予算でどうにか出来んだろい」
「あぁ。だが今年度の予算はもう決まっている。今からでは来年になってしまうぞ」
「それに柵なんて出来たら花が見えなくなってしまいますね」
「んじゃ関係者以外立ち入り禁止って看板立てればいいじゃないッスか」
「お前それって結局意味無いだろ」
「えぇ!いい案だと思ったんスけど」
「花壇は普通に考えても立ち入り禁止じゃ赤也」
「今でも無断で立ち入ってる方達には効き目が無いかもしれませんね」
「柵も看板も駄目となると…」
「いや、看板でもどうにかなるよ」


予算は今からでは遅い。
看板も効き目が無ければ意味が無い。
八人でどうしようかと頭を悩ましていると精市が赤也の意見に飛び付いた。


「仁王の言う通り意味が無いように感じるが」
「幸村どーするんだよ」
「簡単なことだよ。俺達が看板を作ってそこに立てればいいんだから」
「そんなんでいいんスか?」
「確かに私達が立てたと分かれば彼女達も花壇には立ち入らないかもしれませんね」
「赤也、お前にしては良い意見だ」
「俺にしてはって!酷いッスよ!」
「じゃあ作ってみるか看板」
「あの女子は一年頑張ったからのう」
「それくらいしてやっても問題無いだろうな」


弦一郎まで賛成したのでやることは決まった。
そしてその週の土日で看板を作りあげて見学に来ている女子生徒達の前で花壇にその看板を立てたのだった。
これは椎名は知らなくてもいい。
大切なことは見学に来ている女子生徒達の前で花壇に看板を立てることだ。
園芸部は土日は部活動が無い。
だからこのことを椎名が知ることは無いだろう。


月曜の朝に花壇の手入れをしにきた椎名は突然立てられた看板と踏み荒らされていない花壇に心底驚いたようだった。
そして初めて嬉しそうに微笑んだのだった。
笑った顔は今まででも見たことはある。
花の手入れをしている椎名は普段笑顔のことが多いから。
けれどあれほど嬉しそうな笑顔は初めてだった。


「蓮二」
「どうしたんだ精市」
「もうすぐ蓮二の誕生日だね」
「あぁ、それがどうかしたのか?」
「花壇に何の花が咲くのか今から楽しみでね」
「それと俺の誕生日と何の関係があるのだ」


季節は廻りあっという間に3年になった。
その頃には俺に対する椎名の視線も分かるようになっていた。
花壇に女子生徒が立ち入らなくなったから手入れをしている椎名がよく見えるようになったからだ。
精市はどこか楽しそうに話を続けている。


「六月だけは1年の時も去年も同じ花だったの蓮二覚えてる?」
「あぁ、確かゴデチアだったか?」
「ゴデチアの花言葉蓮二は知っている?」
「いや、そこまでは知らないな」
「ゴデチアの花言葉は静かな喜び、変わらぬ熱愛、お慕い致します、移り気、かな」
「随分沢山あるんだな」
「きっと蓮二の誕生日にはまたゴデチアが咲くよ」
「何で分かるんだ」
「葉を見ればそれくらい俺には分かるんだよ蓮二」
「そうか」
「そろそろ椎名さんに声をかけてみてもいいんじゃないかと思ってね」
「あぁ」
「気付いたら花壇の方ばかり見てるから俺じゃなくても気付くよ。赤也は知らないだろうけどね」
「そうだな」
「ついでに誕生日おめでとうって言ってもらえば蓮二」


二年たつ頃には俺はすっかり椎名のことが好きになっていた。
話したことも無いのにだ。
そしてそれは赤也以外の部員には知られていたらしい。
弦一郎は定かでは無いにしろ。
こうもあからさまに背中を押されてしまっては動く他あるまい。
精市がそんな俺を見て楽しそうにクスクスと笑っているがそれも気にならない。


誕生日当日、椎名へと声をかけるために俺はいつもより少しだけ早めに登校した。
花が咲く時期になると彼女は俺達よりも早く学校に来る。
精市がそろそろ咲くと言ったからには咲くのだろう。
案の定椎名は花壇にいた。
既に花壇の手入れを始めているためにジャージに軍手姿だ。
そんな姿さえ愛しいと思うのは俺が椎名のことが好きな証拠なんだろう。
何やら楽しそうに花達へと話しかけている。


「今年も綺麗に咲いたのだな」


そんな彼女へと俺は後ろから声をかけた。


他意はない 悪意もない あったのはほんの少しの、好奇心(好奇心は猫をも殺すとな)
series生誕祭(色待宵草)の柳目線のお話
レイラの初恋様より

どうしてもこの部分を書きたくて。立海の短編って何故か他のレギュラー陣が登場してしまう(笑)と言うかどの学校もそんな話多いかもしれない。
仲良しなのは良いことですね。
2018/08/20

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