そうして無自覚の恋はゆっくりと育っていくのです(日吉)

高校2年になった春。
ついにうちの部にもマネージャーが入部した。
どういうつもりなんだと思っていたらどうやらソイツは向日さんの妹らしい。


『む、向日凛です。宜しくお願いします』
「苗字だとややこしいから下の名前で呼んでやってな!」


向日さんの妹とは全く思えないしおらしいその態度に驚愕した。


「何でわざわざ妹なんて入部させたんですか」
「あーアイツあんな感じだろ?中学三年間でも人見知り直らなかったからな。なんだっけな?あらりょーじ?ってやつだ」
「凛ちゃん岳人と真逆でおとなしいからなぁ」
「と言うか妹なんて居たんですね」
「おお!大事に隠してたんだよ!日吉苛めるなよ」
「そんなこといちいちしませんよ」
「隠してたっちゅーか凛ちゃんが隠れとったんやけどな」
「クソクソゆーし!それ言うなよ!」


成る程。向日さんが兄ってことを隠してたってことですね。
せっかくそうやって平穏な生活をしていたのにうちの部活に引っ張りこんで何を考えているんだろうかこの先輩は。


「俺らも夏には引退やから頼んだで日吉」
「は」
「卒業した後も頼んだぞ!」


俺の返事も聞かずに二人は練習へと戻っていった。
面倒事を俺に押し付けないでもらえませんかね。


向日さんの妹の仕事ぶりは至って真面目だった。最初は少しだけ疑っていた、テニス部に近付くための演技なんじゃないかと。
けれど彼女は必要以上に俺達には近付いてこなかった。
幼稚舎の頃から向日さんと仲の良い芥川さんと宍戸さんを除いては。
後、何故か忍足さんも平気みたいだった。


「日吉ーブレザーのボタンどうしたのー?」
「あぁ、今日色々ありましてね」


些細なことだった。
廊下で女子生徒とぶつかったら彼女のふわふわとした髪の毛がボタンにからまったのだ。
急いでいたからボタンを犠牲にしただけだ。
家に予備のボタンはあるはずだからさほど問題ではない。
そのうまを芥川さんへと説明する。


「あーそれ気を付けないとまた来るよ」
「は?それはどういうことですか」
「そしたら俺達のボタンがGET出来るでしょー?」
「あぁそういうことですね。迷惑な話です」
「だから曲り角には気を付けないとだね。俺予備のボタンあるから凛につけてもらったらー?」
「いや、家に予備のボタンあるはずなんで」


珍しく部活前に起きてる芥川さんは人の話も聞かずにバッグをあさっている。
こういう時は何を言っても聞いちゃくれない。


「あった!はいこれ日吉ー」
「ありがとうございます」


仕方無いのでとりあえず受け取っておくことにした。まぁ最悪樺地にでも頼めばいいと思ってたんだ。この時は。
着替えて制服一緒にボタンもロッカーへとしまった。


「凛ー!合間に日吉のブレザーにボタンつけてあげてー!」
『ボタンですか?』
「そうそう!取れちゃったんだって」
『分かりました』


俺より先にコートに向かった芥川さんがお節介なことを言っている。
ちょうど俺もそれが聞こえる位置にいたわけで向日さんの妹と目が合ってしまった。


『あの日吉先輩』
「ブレザーならロッカーに入ってる。ボタンは胸ポケットだ」
『分かりました。部活が終わるまでにつけておきますね』
「あぁ」


俺は何故かこの向日さんの妹と話すのが苦手だった。
それは最初からで今じゃきっとR陣で一番会話が少ないのが俺だと思う。
だから樺地にでも頼もうと思ってたのに何をしてくれちゃってるんですか。
仕方無いので渋々ロッカーの鍵を預けることにした。
ここで断ったらまた面倒なことになるだけだ。
主に芥川さんが。あ、それと向日さん。


『先輩、お疲れ様です』
「あぁ、お疲れ」
『ブレザーのボタン付けておきました。後他のも緩くなってたので直しておきました』
「そうか、ありがとう」
『あの、先輩はもう高等部の七不思議知ってるんですか?』
「は?」
『す、すみません。胸ポケットに紙が入っていたので』


自主練を終えて部室へと戻ると向日さんの妹がまだ残っていた。
向日さんがまだ忍足さんと練習していたから当たり前かと思っていたら鍵を返却された。
そうだ、ボタンを付けて貰ったんだったな。
続く言葉にロッカーの鍵を開けようとした手が止まった。
中等部とは違い高等部の七不思議は調べてもなかなか表には出てこない。
6限の授業中にノートにあぁでもないこうでもないと殴り書きしたのをそんな日に限ってノート提出があったから破ったのだ。
そのまま胸ポケットにしまったのを忘れていた。


「チッ」
『勝手に見てすみません』
「笑いたきゃ笑えよ」
『え?』
「先輩達はガキだって笑うからな」
『そんなこと無いです!わ、私もっ!七不思議とか学校の会談とか好きなんです!』


こんな弾んだ声でも喋れるんだな。
抑揚のついた喋り方は向日さんと話してる時でもあまり聞いたことが無い。


『良かった』
「何がだ」
『日吉先輩が笑ってくれたので。私急に入部したから迷惑だったかなと思ってたんです』
「お前真面目に仕事してるだろ」
『そうなんですけど。日吉先輩はちょっと怖かったんで』
「そんなつもりは」
『はい、それが分かって良かったです。七不思議分かったらまた教えてくださいね』
「分かったらな」
『ありがとうございます』


俺は知らず知らず微笑んでいたらしい。
それを指摘されて気恥ずかしくなって表情を引き締める。
そんな俺の態度をもう気にするでもなく彼女は朗らかに笑った。
やっぱり俺はコイツと話すのは苦手かもしれない。
なんか調子が狂う気がするから。


それからアイツはそんな俺の気持ちも知らずにちょこちょこと話しかけてくるようになった。
見た目とは別で怖い話も好きらしく俺が好きなのを向日さんに聞いたらしい。


邪険にしすぎても向日さん達が面倒なのでちょこちょこは相手をしてやった。
そのたびに嬉しそうな顔をして俺はなんだか居心地が悪くなった。


『先輩、こないだのオーパーツの本楽しかったです!』
「あぁ、あれか」
『もう少しで読み終わるので待っててください』
「俺は何回も読んだからゆっくりでいいぞ」
『はい!じゃあ二周させてもらいますね』
「お前はどの話が好きなんだ?」
『やっぱり水晶ドクロの話が好きです。偽物って言われてるけど』
「本当だったら凄いよな」
『そうなんです。先輩は?好きなお話とかありますか?』
「俺は恐竜土偶だな」
『あれも不思議なお話ですもんねー』


けれどコイツと話してるのは嫌じゃない。
趣味が合うから尚更だ。
相変わらずよく分からない居心地の悪さを感じてはいるけれど今までこんなに俺の話についてこれるやつは居なかったから。
そろそろ本腰を入れて七不思議を調べてもいいかもな。


「なぁ岳人」
「おお、どうしたんだよ侑士」
「いつの間にか日吉と凛ちゃん仲良しやなー」
「そうなんだよ!凛の人見知りが直ってる証拠だよな!」
「そういう意味ちゃうで」
「は?どういうことだよ」
「がっくん鈍感だC〜」
「はぁ?おいジローちゃんと教えろよ!」
「岳人、えぇからほっとき。二人には二人のペースがあるんやで」
「はぁ?」


そうして無自覚の恋はゆっくりと育っていくのです
レイラの初恋様より

可愛い日吉が書きたかった(笑)日吉は初恋が遅そうなイメージ。
そんなことより下剋上みたいな?
書いててこれも楽しかったです☆
2018/06/05

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