ふわり、くらり、誘惑大戦争 (越前)
「先輩」
『リ、リョーマ?』
「そんなに慌ててどうしたんすか?」
『あ、いや別に』
どうしてここが分かったんだろう?
昼休み、誰にも言わずに吹奏楽部の部室にやってきたのに。
1つ年下の越前リョーマは戸惑う私を見て満足そうに口角を吊り上げた。
「桃先輩に聞いたんですよ。椎名が行くとこなんて限られてるって言ってたっす」
桃城のせいだったのか!
アイツ友達を売りやがった!
『そう。それでリョーマはどうしたのかな?』
「こないだ説明しましたよね?先輩のこと惚れさせてみせますって」
『それは聞いたけど』
本気だなんて全く思えないよ?
今もなんだか楽しそうだし。
そもそもその話だってたまたま桃城に用事があって部活の後にテニスコートに言った時に突然言われたんだった。
桃城とは中学から腐れ縁でずっとクラスが一緒だったからリョーマともそこそこ仲は良かったけどだからって今までそんな素振り全くなかったし到底信じれるわけなかった。
「じゃあ別にいいですよね」
『え?』
「俺もここで昼メシ食べても」
『それはいいけど』
「んじゃ遠慮なく」
適当な椅子を引っ張ってきてリョーマは私の隣に座った。
いったいどこまで本気なんだろうか?
お弁当箱を開いて「いただきます」とちゃんと手を合わせて呟いている。
ちょっとそれは意外だった。
リョーマって確か帰国子女だったよね?
「何見てるんすか?」
『ううん、何でもない。私もお弁当食べなくちゃ』
「先輩のお弁当なんですか?」
『オムライスかな?』
「は?」
『え?』
「弁当がオムライスって珍しいっすね」
『ちゃんとおかずもあるよ?』
「へえ」
お弁当がオムライスってそんなに珍しいかな?
二段になってるお弁当箱をそれぞれ見せてあげた。
「意外と旨そうっすね」
『意外とじゃなくてうちのお母さんのお弁当は美味しいよ。食べてみる?』
「先輩がいいのなら」
『一口だけならいいよ。はいスプーン』
「あざーす」
私からスプーンを受け取ると一口大にオムライスを拐っていく。
大丈夫かな?リョーマの口に合うといいけど。
「旨い」
『ほらね?美味しいって言ったでしょ。リョーマ口元にケチャップついてるよ?』
「え?ここ?」
『違う違う反対』
教えてあげたのに逆を触ってるから人差し指でケチャップを掬いとってあげた。
なんだか弟が出来た気分だ。
そうやってほのぼのした気持ちに包まれていたのに。
人差し指のケチャップをティッシュで拭き取ろうとしたら手首をリョーマに掴まれた。
いきなりどうしたんだって不思議に思ったのも一瞬で気付いた時には私の人差し指のケチャップはリョーマに舐め取られていた。
『な、な、な!』
「ケチャップだけだとあんまりっすね」
『リョーマ!今、な、何を!』
「先輩、顔が茹で蛸みたい」
『リョーマのせいだよ!』
クスクスと私の顔を見てリョーマは笑っている。普通さ、人の指を舐めるかな?
自分で舐めるならまだしもさ!
なんだかとっても恥ずかしい。
「早くお弁当食べないと時間なくなりますよ」
『!』
リョーマはさっきのことなんてもう無かったかのように自分のお弁当を食べはじめた。
こないだの宣言から振り回されっぱなしのような気がする。
時間も時間だし私も食べることにしよう。
『桃城、リョーマはどういうつもりなのかな?』
「はぁ?んなもん俺が知るわけねーだろ!」
『困る』
「直接越前に言ってやれよ」
『もう言ったし』
「アイツは何て?」
『却下された』
「へえ、相当気に入られてんだなお前」
『からかって楽しんでるんだよ』
「越前が他人をからかうねえ」
『どうにかしてよ桃城ー』
「俺には無理無理。他当たれ」
『海堂?』
「んにゃ、マムシにはもっと無理だろ。3年の先輩達ならワンチャンあるかもな」
『分かった!』
放課後、部活に向かう前に桃城を捕まえた。
もう色々限界だったのだ。
あっさりとどうにかしてほしいってお願いは却下されたけどテニス部の先輩達ならなんとかなるかもって教えられたからそれを実行することにする。
「あー!椎名じゃーん!どしたの?久々だねー!」
『菊丸先輩久しぶりです。実は先輩達にお願いがありまして』
「うんうん、俺で良ければ聞くよー!」
今日はうちの部活はお休みだ。
なので早速行動に移すことにした。
善は急げって言うもんね。
テニス部部室の手前で菊丸先輩に遭遇したのでお願いしてみる。
「あーおチビのことかぁ」
『なんとかなりませんかね?』
「んー」
『菊丸先輩?』
「それはちょっと俺でも無理かなぁ」
『えっ』
「ごめんよ。んじゃ俺準備があるから!」
いざリョーマの話をしてみたら菊丸先輩は表情を曇らせた。
えっ、さっきまでのワクワク顔はどこに消えちゃったのだろうか?
「先輩?こんなとこで何やってるんすか」
『ぎゃっ!』
「その悲鳴全然色気が無いですね」
『リョーマが後ろから声かけるからだよ』
「エージ先輩と何話してたんすか?」
『べ、別に』
「凛先輩、嫌なら俺に直接言わないと駄目ですよ」
『嫌とかじゃなくて……からかうの止めてほしいってだけで』
「だからからかってないって何度説明したら分かってくれるんですか」
私の言葉にリョーマは大きく溜め息を吐いた。
そんなこと言われても私だって分からないよ。
『だっていきなりこんなこと言い出されても』
「別にいきなりなんかじゃ」
『え?』
「……部活なんでそろそろ行きます。暇なら練習見てってくださいよ。んで帰りに桃先輩とラーメンでも行きましょう」
『わ、分かった』
今小さく舌打ちしなかった?
気のせいかな?
リョーマに押しきられた気がするけど予定も無いしラーメンくらいなら別にいいかなと男子テニス部を見学することにした。
そう言えばリョーマのテニスを見るのは中学以来かもしれない。
「んでんで久々に見たおチビのテニスどーだった?」
『相変わらずだなぁと。桃城翻弄されてたね』
「うっせ。今日はたまたまだよ!」
「次も俺が勝つっす」
『背伸びたよねー』
「俺のが高いですよ」
『あれ?いつの間に』
「ちゃんと伸びて良かったよな!」
「そーそーじゃねえと椎名に告白出来なかったもんな!」
「桃!それは言ったら駄目だってば!」
「あ」
『……』
「もう遅いっす」
えぇとつまりそういうこと?
いきなりなんかじゃなくて私の身長を追い越したから言い出したってこと?
なんだかそれがとても可愛くて思わず笑ってしまった。
「凛先輩、笑うなんて酷いっすよ」
『そういう意味じゃなくて。なんかからかってないって分かったのと背を追い越すまでは告白しないって決めたリョーマが可愛くて』
「椎名!男に可愛いは逆効果だぞ!」
『ごめんなさい。でもバカにしたとかじゃなくてなんかホッとしたのかも』
「てことはそれってもしかして!」
『桃城!気が早いよ!』
「やっと俺が本気ってことに気付いたんすね」
『まぁそんな感じ』
「えぇ!いいじゃんこのまま付き合っちゃえば!」
「そーだぞ!お前越前がいつから」
「桃先輩」
「っと、何でもねえ」
「まぁ今はそれで充分です。手を緩める気は無いんで」
『分かった』
「覚悟しといてくださいね」
『うん、楽しみにしとく』
私がこの可愛い後輩に陥落するのはもう少し後のお話。
━━━オハナシハツヅク━━━
誰そ彼様より
長くなりそうだったのでここで終わらした(笑)
後日談はいつか書くかも?
2018/05/22