雨のちハレルヤ(丸井)

七月上旬。梅雨真っ只中。
暑い。じめじめむしむしして暑すぎる。
溶けそう。
この日は休日。大学一年の私は休みでうちでだらだらしていた。
雨だし外出なんて絶対したくかい。


「凛ー!ちょっと降りてきなさいー!」


エアコンで涼んでいたら階下の母からの声。
…時刻は午前10時。
昼食にも早い時間。
これは…嫌な予感しかしない。


寝よう。寝たふりをしようとタオルケットに潜り込んだ瞬間のこと。


コンコンガチャー!
「凛姉!」
「凛姉ちゃん!」


『ひゃいっ!』


お隣さんちの1つ下の幼馴染の弟達が突撃してきた。
変な声出たじゃんもー。


「あら凛!こんな時間まで寝てるなんてダメねぇ」
「だめだめー」
「ねーちゃん寝過ぎー」


『休みだもん!眠たいのー』


そう言ってもう一度タオルケット潜り込もうとしたら弟達に止められた。
というかタオルケットを回収された。


「ねーねー凛姉!」
「兄ちゃん傘忘れてったー」
「今日どしゃ降りになるって」
「天気予報で言ってたのにー」
「傘を兄ちゃんに届けに行ってきてー」


矢継ぎ早に二人が言う。
え?私?何故に私?


「二人は今から横浜なんですって。なんだっけ?」
「「八景島シーパラダイス!!!」」


『あーそゆこと』


「とっても楽しみにしてたのよねー」
「そう!」
「ねーちゃんにもお土産買ってくるから!」
『あたしも二人と水族館行きたいのにー』


傘を届けるくらいならばあたしも水族館に行きたい。
最近思春期なのか愛想の悪い幼なじみより素直で可愛いこの二人と遊びたい。


「あんたねぇ。立海なんてすぐそこじゃない。さくっと行ってくればいいのよさくっと」
「ねーちゃんー兄ちゃん風邪ひいちゃうよー」
「おねがーいー」


母が呆れて溜息を吐く隣で弟達が困ったように見つめてくる。
………全く行きたくないけどナニこの断れない空気。


『わ、分かったよ。行くよ。行ってくるよ!』
「最初からそう言えばいいのよー」
「ねーちゃんありがとー!」
「にーちゃんに練習頑張れって伝えておいてー」
「じゃ、行ってくるー!」
「いってきまーす!」
「じゃ、私も行ってくるわね。隣の旦那さんが二人を連れてくらしいから私は奥さんとランチに行くの。そのまま買い物行ってからうちのパパと隣の旦那さん達と合流して夕飯も食べてくるわねーブン太君はあんたに任せたわよ」


『はっ?えっ!ちょっと待っ!!!』


渋々と了承したらとんでもない爆弾と夕飯代を渡され三人はさっさと消えていった。
なんだリア充達め。
…これは夕飯をあの最近反抗期なブン太くんと食べろと言うのか。怖い怖すぎる。
もっかい寝てから行こうかなとか思ってたけどそもそも練習が何時に終わるのかすら聞いてない。
酷いと思う。


本人に聞いてみるか。
返事くるかなー?
スマホに手を伸ばす。


凛:ブンちゃーん。今日練習何時までー?


さてとりあえずシャワーでも浴びますかね。


シャワーを出てスマホを見てみれば返事は無し。
まぁ練習中よね。
うーん。昼までの練習だったら困るしなぁ。
暑いのは嫌だけど頑張るかなー。
私はだらだらと準備を始めた。


……昼前から降りだした雨はまだパラパラ降りだ。
けども暑い。いや多分湿気がヤバい。
傘をさし傘を持って立海への道を歩く。
去年までは立海の高等部だった私だから久々に歩く道もなんだか懐かしい。
大学は外部受験をしたからここ四ヶ月は全く歩いていないのだ。
暑さに悪態をついていると高等部の校舎が見えてきた。
気づけば昼時。彼らもお昼休憩だろう。
あ、差し入れにアイスでも買ってこうかな?立海のレギュラー陣に会うのは久々だ。そう思ってたらスマホが震えた。


ブン太:なんで?


カチンときた。
えぇーやっぱりブン太くん冷たくないですかー?


凛:傘忘れたでしょー。届けに行こうかとー

平常心平常心。こういうのは平常心が大事。
昔はあんなになついてたのに思春期とはこうも態度が変わるものなのか。
悲しくなってきた。


ブン太:いらねー。ジャッカルに送ってもらう


何ですと!え、冷たい。
これはほんとに氷河期かってぐらい冷たい。
私なんかしたのかな?
悲しくなってきたパート2だぞこれ。
コンビニで買い物しながら返事を打つ。


凛:残念もうすぐ学校に着きます。差し入れ持ってくねー☆


スマホをしまいこんで歩く。
何やら震えているけど気にしない。
何なら電話がかかってるような気がするけど気にしない。
真っ直ぐに部室に向かった。


コンコンガチャー!
『お邪魔しまーす!皆様お久しぶりー!』


「凛先輩!元気してたんすかー?」
「椎名先輩お久しぶりです」
「なんじゃ珍しい。久しぶりやの」
「凛が卒業してからここに来るのは初めてだね。たまには顔をみせてくれてもいいのに」
「俺の予想ではもう少し早めに来る予定だったのだけどな」
「元気にしてたか?」
「………」


赤也が嬉しそうに寄ってくる。
その後ろから柳生がわざわざ立ち上がって頭を下げる。仁王がパンをかじりながらひらひらと手を振れば幸村と柳と真田が寄ってきた。

相変わらずみんな可愛いなぁ。

うちのブン太くんは何やら不満げだ。
目が合うもぷいっと顔をそらされた。
おや?一人見えない?


『あれ?ジャッカルはー?』


キョロキョロ探してみても姿がみえない。


差し入れを柳に手渡しながら聞いてみれば今日は休みとのこと。


『え、だってブンちゃんに傘届けるって言ったら今日はジャッカルに送ってもらうからいいって言ったよ』


「丸井くん何でそんなことを」
「ブン太ダメだよ。せっかく凛が傘を持ってきてくれたのに」
「なんじゃその嘘つく必要あったんか?」


「あーお前雨嫌いだろ?」


不機嫌そうにブンちゃんが答える。
ちゃっかりアイスを物色しながら。
食意地は相変わらずですね。


『いやまぁ雨は嫌だけど弟達に頼まれたしそれに傘無いと風邪ひくよ?』
私もお目当てのアイスを取りながら答える。


「雨は濡れたくないっすよねー」
「午後からどしゃ降りの予想100%だしな」
「相変わらずブン太は凛に冷たいんだか優しいんだかわかんないねぇ」
「なっ!幸村お前てきとーなこと言うんじゃねーよ」


真田にもアイスを勧めてたら後ろでごちゃごちゃとうるさい。
ん?優しい?いや、優しくはないと思うんだけど?
むしろ最近は針のように冷たいよ。


「凛!今日はこのあと空いてるの?」


アイスとアイスを渋々食べる真田に癒されてると幸村に声をかけられた。


『今日は空いてるよー』
「じゃあ久々だし練習見てかない?」
『いいよー。なんかやることあったら手伝うしー』
「おい!幸村っ」
「はい決まりーそろそろ午後の練習始めるよー」


ブンちゃんが何か言いたげだったけど幸村は華麗にスルーをして午後の練習の予定を柳と真田と確認してた。
アイス食べたら笑顔になると思いきやまたもや眉間に皺が寄っている。
うーん、夕飯何にしたら喜んでくれるかなー?


午後の練習が始まった。
基礎練習は午前に終わったらしく午後は室内コートで試合形式の練習らしい。
となるとやることはあまりない。
ドリンク作ってスコア付けくらいだ。
柳が隣で審判をしてる。
コートには幸村と真田。
残りの四人は隣のコートだ。


「何か変わったことはないか?」
『んー?』


せっせとスコア付けをしてたら柳が声をかけてきた。
あ、これきっと真田負けるな。


『元気だよー。今年はバテてないし!』
「ふっお前は夏に弱かったからな。自己管理は大切だ」
『柳に怒られちゃうからね。ちゃんと頑張ってる。食欲の無いときこそ食べる。温かいものを食べる、でしょ?汗をかきたくはないけど』


へへへっと笑うと真剣な顔をしてこちらを向いた。


「だが俺が言いたいのは違う。体調管理に気をつけているのは見れば分かったからな」
『え?じゃあ何?』
「丸井とのことだ。何かなかったのか?」
『ブンちゃん?いや、何もないけど』
「本当に何もないのか?」
『えぇー。何もないよ。あ、ただ反抗期なのか最近?大学行ってから冷たいんだよねー』


なんでだろねー?と返せば柳は納得したかのように頷いた。そして少しだけ息を吐いた。
あれ?あたし何かやっぱりしたのだろうか?
あ、真田はそろそろ五感奪われ始めたなー。


「何故外部の大学を受けた」
『ん?行きたい大学あったから』
「ならば、何故それを俺達に言わなかった」
『聞かれなかったから?』
「最初に話したのは誰だ」
『えぇと、確かジャッカルだっけな?卒業式でお祝いにみんなにここでパーティーしてもらって』


そうだ、あの時にジャッカルに聞かれたんだ。



「椎名先輩卒業してもたまには顔を見せてくださいよ。ブン太のお守り大変なんですから」
「お守りしてやってんのは俺だろぃ」
「いや、丸井先輩はジャッカル先輩に悪戯しすぎですー」
『えぇどうかなー?予定が合えばたまにはきたいけどー。時間あるかなー?』
「大学の校舎うちの直ぐ裏じゃないっすかー」
『え?あたしここの大学行かないよ?』
「「「「「「「はぁ!?」」」」」」」



『あの時みんな綺麗にはもってたよねー』
「俺達はお前がうちの大学に行くと思い込んでたからな。だが、何故丸井に伝えておかなかった?」
『いやだから聞かれ』「それは分かっている」
『じゃあなんで』
「俺が言いたいのは何故それを幼なじみの丸井にだけはせめて伝えておかなかったのかと言う話だ」
『んー』
「付き合いの長さが違ったはずだ。お前達は行き帰りも同じだし。逆を考えてみたら分かるはずだ」
『逆?』
「そう逆だ。丸井の調子の悪い理由は分かった。後は自分で考えることだ」
『えっブンちゃん体調悪いの!?』
「メンタルの話だ」
『えっ?』


それから選手の交代があってそれ以上柳は教えてくれなかった。
目の前の試合は予測通り幸村が勝ってた。
でも真田結構いいとこまで行くようになってきたなぁ。


メンタルの問題と言われても見当がつかない。
本人に聞いてみるか。
教えてくれるか分からないけど。



夕方に練習を終えた頃には雨は本降りになってきた。やっぱり傘を持ってきて良かった。
この雨に当たったらさすがの運動部の彼らも風邪をひくだろう。
校門で皆と別れてブンちゃんと歩く。
会話はない。正直少しキマヅイ。


『ブンちゃん、ご飯何が食べたい?』
「何でも」
『じゃあハンバーグにしようか』
「おー」


口数が少ない。
何でだろうか何がいけなかったのだろうか。
幼なじみが遠くにいってしまった気がして悲しくなった。
柳に言われたことがじわじわ頭の中をしめる。


でもなんとなく分かってた。
あの卒業式の時からろくに話してない。
連絡をしてもそっけなく会話は続かなくてそのうち自ら避けるようになった。
ただの反抗期ただの思春期だと思って距離を取った。関係を悪化させたのは自分だ。


久々に会えばどうにかなると思ってたのは甘過ぎたらしい。
自分のやったことに後悔して涙が出そうだ。


「凛っ!危ない!」
『えっ?』


気付いたら赤信号だったらしい。
咄嗟にブンちゃんが腕をひいてくれた。
瞬間にトラックが目の前を通っていく。
水溜まりの上を通過してくれたおかげでびしょ濡れだ。私の傘を引き殺してトラックは消えた。
危なかった。死ぬとこだったよこれ。


「お前こんな雨の視界が悪い中何ぼーっとして歩いてんだ!死ぬとこだったろぃ!」
『ご、ごめん』


謝りの言葉を吐き出すと途端に涙まで溢れてきた。


「お前ちゃんと前見て歩けよ。あーあ、びしょ濡れじゃねーか」


ちょっと待てよと言いながらタオルを出してくれて顔をふいてくれた。
あぁ、いつものブンちゃんな気がする。


「お前泣いてんの?俺そんな強く言ったか?」
『違っ違うの』
「じゃー腕が痛いとかか?」


頭を横に振る。
言葉が出てこない。


「雨の中こうしてんのもさみーしとりあえず帰るぞ」


タオルを手渡すと私の手をひいて歩きだした。
嬉しいような悲しいようなよくわからない涙が止まらない。


「シャワー浴びたら後でお前んち行くから。お前も風邪ひかねーようにちゃんとシャワー浴びろよ」


顔をあげれないのでタオルに埋めたまま頷いた。
よしと私の頭をくしゃりと撫でてブンちゃんは家の中に消えた。
私も自分も家に入る。びしょ濡れだ。
このままでは本当に風邪をひいてしまう。


お風呂に入って髪の毛を乾かしているとチャイムが鳴った。
迎えに出れば同じくお風呂上りであろうブンちゃんの姿。


「入るぞ」
『うん』


昔のように当然の様にリビングに入りソファに座ってテレビをつけるブンちゃんがいる。
ちょっとまた泣きそう。


『ブンちゃんも髪の毛乾かさないと風邪ひくよ』
「めんどー。タオルでそのうち乾くだろぃ?」
『私が乾かそうか?』
「じゃあよろしく」


さっき自分が使ってたドライヤーでブンちゃんの髪の毛を乾かしていく。
お互い何も喋らなかったけど。
どこか居心地の良い時間。


「ゴメンな」


髪の毛を乾かして暑いから麦茶でも出そうかなとキッチンに向かおうとしたら後ろから声が聞こえた。


『何でブンちゃんが謝るの?』


二つのグラスに氷と麦茶をいれてリビングへと戻る。
ブンちゃんはソファに体育座りだ。
自分もその隣に座る。


「今日幸村に言われたんだよ。お前が調子が悪いのはお前のせいだよってな。つまらない意地を張るなってよ」


口を挟んでいいのか分からなくてそのままブンちゃんを見守る。
頭は下がったままで表情は見えない。


「俺、お前が外部の大学行くの知らなかったろぃ?それすげーショックだった。てっきりこのまま立海の大学に行くと思ってた。で、それと同時にすげー腹立った。悔しかった。なんだか俺がどうでもいい存在みたいで。かっこわりーよな」

「だから連絡もいつもみたいに返せなかった。ほんとはたまには顔を見たかったし話もしたかったけどやめといた」


『なんで?』


「相手にされてねーのにそんなことしてもむなしいだけだろ。外部の大学行ったらあんまり会えねーし仁王にも脈無しなら諦めろって言われてたとこだったし」


『諦めろって何を』


「だーかーらー!お前いい加減鈍感すぎるだろ!」


ブンちゃんが顔を上げる。
笑ってるんだか泣きそうなんだかよくわからない表情をしてる。


「俺はずーっとお前が好きなの。いい加減分かれってんだ」

『え、だって彼女居たことあったよね?』


はぁと大きく息を吐く。
え、なんで呆れてるの?
わけがわからないのは私だと思うのに。


「仁王が他のこと付き合ってみろって。それで何人か付き合ってみた」


あ、ちょっと申し訳なさそうな顔をしてる。
しょんぼり顔って言うのかなこれ?
可愛いなぁ。


「でも無理だったからやめた。無駄だったし。キスしてーだのやりたいだのうざかったし。そしたらお前外部の大学行くっていきなり言うからワケわからんくなったんだよ。いきなり遠くに行くからさ。もう無理だなって距離置いた」


ぽつりぽつりと話すブンちゃん。
この可愛らしい彼はどうしたんだろうか。
昨日までとは全く違う。
心がほんわりと暖かくなった気がしてブンちゃんの頭をそっと撫でてみた。


「子供扱いすんなよ」
『私はブンちゃんのこと好きだよ』


手を払いのけられそうになるのをよけて再び撫でてみる。サラサラしてる。
そしたら顔がこっちに向いた。
驚いてる。口がぽかんとあいたままだ。
どうやら言葉が出てこないらしい。


『私は距離があくと思ってなかったんだよ。立海には顔を出せなくなるけどブンちゃんとはうちが隣同士だしいつだって会えると思ってたよ。だから気にしてなかったの。外部に行くって言ってなくてごめんね?』


許してくれるかな?
再びそっと髪の毛に手を伸ばそうとしたらその手を捕まえられた。
気付いた時にはブンちゃんの腕の中。


「凛」
『うん』
「凛」
『なーに?』
「もうぜってー離さないからな」
『うん』




幸村「あの二人まだ付き合ってなかったとか。面白すぎる」
真田「む?そうなのか?」
幸村「あ、弦一郎はわかんなくてもしょうがないよ」
切原「仲直りしてるといいっすねー」
柳生「元はと言えば仁王くん君が丸井くんに色々余計なことを言ったせいですよ。あれで拗れたんです」
仁王「プリッ」
柳「だがもう大丈夫だろう」
幸村「さて、みんなでジャッカルのお見舞いに行くよ。この時期にインフルエンザになるなんてね」

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