氷帝ディヴェルティメント(Chapter Y)

「宍戸さん、最近顔が疲れてますよ」
「あーちょっとな」
「椎名さんのせいですよね」
「正確には椎名と跡部のせいな」


アイツはほんっとに少しもじっとしてることがねえ。
おかげで俺がどんなに大変か。
こないだもジローが勝手に椎名を立海なんかに連れてくから跡部の機嫌がすげえ悪かったんだ。


『宍戸先輩!宍戸先輩!』
「どうした?」
『甘いもの好きですか?』
「や、あんま得意じゃねえな」
『じゃあ大丈夫ですね!』
「ちょっと待て大丈夫って何がだ!」
『え?』


部活の休憩中に椎名に聞かれたことを思ったまま答えたけどその返事に違和感があって思わず呼び止めた。


「好きとは一言も言ってねえぞ」
『嫌いとも言ってませんよ?』


きょとんとした顔でこっちを見てっけど「得意じゃねえな」は「苦手」って言ってるようなもんだぞ。
あーこの天然バカにんなこと言ってもわかんねえよな。


「じゃあ苦手だ。あんまり食べたくはねえ」
『えぇ!』
「お前がそんなにびっくりすることじゃねえだろ」
『ケーキバイキング行きたかったのに!』
「はぁ?」
『宍戸先輩が行けないと困るんですよ!』


椎名が俺の胸元を掴んでがくがくと揺さぶる。
まぁ揺さぶってるだけでこっちは何ともないんだけどな。


「俺が居なくて困ることなんてねえだろ。跡部に頼んで行ってこいよ」
『みーんーなーでー行きたいんでーすー』
「日吉もきっと行かねえぞ」
『日吉はいいよって言ったもん』


日吉はぜってえにいいよって言ってないと思うぜ。
何かまた勘違いしてプラスに考えたに決まってる。
大人しく俺と日吉以外のメンバーで行ってくりゃいいだろ?


「何でみんなで行きたいんだよ」
『その方が楽しいに決まってます!』
「とにかく俺は行かないぜ」
『そんなぁ』


見るからに椎名はしょんぼりとしてしまった。
最初は落ち込む椎名に焦ったりもしたけど最近は大して動じない。
俺も慣れたもんだよなぁ。


『宍戸先輩が行かないなら意味無いじゃないですかぁ』
「おい!んなことくらいで泣くなよ!」


いきなりの涙声には流石に焦った。
ちょっと待て!それは想定外だ!
しゃがみこんでシクシクと泣き続けている。
おいこんなとこ跡部に見られたら怒られるに決まってんぞ。


「おい樺地!ちょっと待て」
「うす」


丁度良い所に樺地が通りかかったので呼び止める。
これは俺もどう対処していいのかわかんねえし。


「コイツ泣き止ますにはどうしたらいいんだ?」
「何があったんですか?」
『樺ちゃん聞いてよー!宍戸先輩が酷いんだよー』
「俺はただ甘いもん食いたくねえって言っただけだぞ!」
「椎名さん、スイーツと軽食の食べ放題にしたらいいんじゃないですか?」
『ケーキバイキング行きたかったの』
「跡部さんがそこのケーキも絶品だと言ってましたよ」
『じゃあそこでもいい』
「そこなら行ってやるから泣き止めよ」
『それとこれとは違うもん』


何だよ!行くっつっても泣き止まないとかどうすりゃいいんだよ。


「宍戸さん、甘いもの持ってますか?」
「持ってるわけねえだろ」
「泣き止ますには一番効果的ですよ」
「樺地は持ってねえのかよ」
「今日の分は椎名さんにあげてしまいました」


俺達の足元で椎名はシクシクと泣き続けている。
それとこれとは違うとか女って何でこうも面倒臭えんだよ。
大きく溜め息を吐いて椎名の傍らへと同じ様にしゃがみこむ。


「椎名、俺が悪かったから。いい加減泣き止めよ。軽食あるとこならいつでも付き合ってやるから」
『嫌だ』
「何でだよ」
『しゃがんでたら足が痺れたんだもん。宍戸先輩のせいですよ』
「はぁ?」
『責任取ってください』
「責任ってどうすりゃいいんだよ」
『部室まで運んでくれたら許します』


なんだよその無茶苦茶なお願い事は。
こないだだって日吉と樺地に運ばれてただろ。
俺はあんな照れ臭いこと正直やりたくねえ。


「樺地」
「跡部さんに呼ばれてるんで」
「お前が運んでやれよ」
『樺ちゃんにはこないだ運んでもらったもん!』
「はぁ?」
「全員に一度は運んで貰いたいってこないだ言ってましたね」
『うん』


コイツ天然バカだけど周りに対しての配慮は出来ると思ってたのに…たまにこうやってガキみたいなワガママ言うんだよな。


「誰だよこんなに甘やかしたの」
「全員だと思います」
「これ無視したら?」
「少なくとも跡部さんには怒られますね」
「跡部に怒られたくはねえけど」
『宍戸先輩一回でいいから!』


椎名は泣き止んでるみたいだった。
計画的は犯行にしか思えない。
これ断ったらまた泣くだろうしなぁ。
ほんっとコイツのやりたいように振り回されてるよな俺達って。


「おんぶならいいぞ」
『ほんとですか!やったー!』
「俺はもう行きますね」
「樺地ありがとな」
『樺ちゃんまた後でねー!』
「うす」


俺の言葉にパッと嬉しそうに顔を上げた。
涙の跡が残ってるから嘘泣きではなかったみたいだ。
しゃがんだまま背中を向けたら遠慮なく飛び乗ってきた。
そんな勢いつけて乗ってこなくてもいいだろうが。
凛をおぶって部室まで歩く。


「お前ちゃんとメシ食ってんのか?」
『食べてますよー』
「軽すぎだろ」
『あ、先輩それってセクハラ発言ですよ!』
「自分から懇願しておいてよくそんなこと言えるな」
『先輩達だけだもん』
「こないだ青学のやつにもしてもらったんだろ」
『河村先輩?』
「そうそう河村な」
『知らない人じゃないもん。あ、またお寿司食べに跡部先輩に連れてってもらお!』
「お前なぁ」
『何ですか?』
「俺達のこと困らして楽しいのか?」
『困らしたこと無いですよ?』


自覚が無いのか。
まぁあったらこんなことしねえもんなぁ。
普通はさ『困らせたりしてました?』って多少は気にするとこなんだけど。


「俺達今年で卒業すんだからもう少ししっかりしろよな」
『卒業しても先輩は先輩ですよ?』
「はぁ?」
『遊びに来てくれるでしょ?』
「まぁたまにはな」


椎名の言葉には不安ってものが全く感じられねえ。
その自信ほんとどこから来るんだよ。
まぁ間違ってはねえけどよ。


『先輩、私ひとりっ子なのでお兄ちゃんが沢山出来たみたいで嬉しいんですよ!』
「手のかかりすぎる妹だよお前は」
『えへへ』
「褒めてねえぞ」


妹ってこんな手のかかるもんなのか?
うちに居なくて良かったかもしんねえ。
コイツの甘ったれたとこはひとりっ子からきてるのかもなぁ。
つーことは誰一人として恋愛対象になってねえってことか。


「お前さ、もし皆と飛行機に乗って旅行に行ったとしてその飛行機が落ちたとするぞ」
『跡部先輩のうちの飛行機は落ちないですよ』
「例えばの話だって。ちゃんと聞けよ」
『はぁい』
「救命胴衣が2つしかなかったとする。1つはお前な。もう1つは誰に渡す?」
『2つしかないの?』
「おお、2つだけな」
『欠陥だらけの飛行機ですね』
「だから例えばの話だっつーの」
『2つとも子供に着せてあげるかな』
「はぁ?」
『先輩達と同じがいいもん』
「そうか」
『だから死ぬ時は一緒ですよ!』
「バーカ。跡部んちの飛行機は落ちねえよ」
『先輩が落ちたときの話をしたんですよ!』
「冗談だ冗談」


背中でぶつくさ文句を言ってたけど部室に着いたのでそこでさっさと椎名を降ろして部活へと戻った。
我ながらバカな質問をしたと思う。
椎名の返事に口元が弛んでしまったのだ。
おんぶにしといて良かったよな。


天然バカだしワガママだし手がかかってしょうがないけど俺もアイツに毒されてるよなほんとに。
誰も選ぶ素振りがなくて俺はホッと安心してしまった。
当分はこのままでもいいのかもな。

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