あなたが囁く冗談のスキ、わたしが呟く本気の好き(芥川)

「おい椎名!ジローを呼んでこい」
『はい、わかりました!』


季節は春、4月の下旬。
新入生を迎え落ち着きつつある氷帝テニスコート。
まぁ私も新入生だけど。
ぽかぽか陽気が気持ちいいと感じる午後練の始まりにいつものように跡部部長に用事を言い付けられる。
ジロー先輩のお迎え。
これが私の午後イチの仕事。


ジロー先輩はカッコいい。
テニスをしてる時なんてもう他のどの先輩よりカッコいいと思う。
ちなみにここは私だけの秘密。
そんなこと言ってしまえば跡部部長のファンクラブ会員の皆様に殺されてしまう。
ちなみに何故に平々凡々な私がこのきらびやかな男子テニス部のマネージャーなんかをやってられるかと言うと、ただ単に平々凡々だったからと言うのが答えであろう。


中等部一年の九月にどでかい規模の学園祭があった。
何やらとても豪華でとても大変だった。
各クラス、各部活での出し物の強制。
部活のある人は部活優先。
うちのクラスに帰宅部は私だけだったのだ。
さくさくとクラスの学園祭実行委員に選出され、色々とハードだった。
勿論クラスの皆は部活を優先しつつもちゃんと参加してくれた。
でもね、ぜーんぶ私にのしかかったのだよ!
半ばやけになりつつもクラスの出し物もちゃんと参加したい!ちゃんとやりきりたい!という皆の意見を考慮しやりとげた時は泣きそうだった。
いや、実際多分泣いた気がする。
後夜祭で皆から労いの言葉をかけられて号泣したような気がする。
あの時が確か始まり。
帰り際に学園祭実行委員長であった跡部先輩に呼び止められた。


「お前が椎名か」
『えぇと、人違いじゃないですか?』
「あぁ?一年に椎名凛は何人もいるのか?」
『私です。椎名凛は確か私しか居ません』
「だろうな。最初からちゃんと返事をしろ」


跡部先輩は最初から噂通り跡部先輩だった。
皆の言ってるまんま。
びびったよね。男子テニス部の凄いことは聞いてたけどまさか話すことになるとは思わないもんね。


『すみません』
「お前帰宅部だな」
『はい、そうですけど…何でしょうか?』
「学園祭の仕事ぶりは真面目。見た目も地味。平凡。男子テニス部の見学歴も無し。お前うちのマネージャーになれ。明日から部活に来い。詳しいことは樺地に聞け」「ウス」


そういって跡部先輩は指を鳴らすと去って行った。
樺地先輩が私に封筒を渡す。
駄目元で拒否権は?と樺地先輩に聞いたら即、ありませんと返事をされた。
ですよね、拒否権なんて使ったら跡部先輩に何を言われるか。
ついでに拒否権使った所で周りの女子達に何を言われるか分からない。
そう、男子テニス部のマネージャーはスカウト制なのだ。
跡部先輩にスカウトされるのは名誉あることなのだ。
と、後々友達に聞かされた。


その時から平々凡々な私はマネージャーをしている。
今年で三年目。
周りの目も慣れたものだ。
と言うか当初かなりびびっていたのだが私が想像してるような怖いことにはならなかった。
1つは跡部部長自らスカウトしたこと。
そして私が地味だったのと真面目にマネージャー業を頑張ったことが良かったらしい。
今では部員への差し入れを私に渡してくる方達もいる。
おかげでマネージャーに専念出来るのは良いことだ。


昔のことを思い出しながらジロー先輩のお昼寝スポットを回る。
日によって場所が変わるから大変だ。
今日はどこだろう?
いつものポカポカベンチにいるかと思いきや居ない。
木陰スポットに、居ない。
中庭の芝生にも居ない。
珍しく校内だなと当たりをつけ屋上に向かった。


ギギィと扉の音がきしむ。
そろそろ油をさした方がいいんじゃないかな?バタン!と予想より大きめの音を出して扉が閉まる。
屋上の真ん中でスヤスヤと眠るジロー先輩を発見した。
良かった、見付かった。
ここに居ないとお手上げだ。


お弁当箱を入れる羊の形のカバンを枕にしてスヤスヤと眠る先輩。
テニスをしてる先輩はカッコいいけどそれ以外だと可愛い寄りだと思う。


ジロー先輩に近寄って横にしゃがむ。
頬っぺたをツンツンと人差し指でつつく。勿論このくらいじゃ起きない。


『先輩!ジロー先輩!練習始まりますよ!』
「んーむにゃむにゃ…」


起きない。まぁ、いつものことだ。
先輩を起こすのは大変なのだ。
とりあえず鼻をつまむ。息ができなくなるから目は覚ますのだ。
目が覚めるだけだけど。
息が苦しくなってきたのかゆっくりと目を開けて私の手をどかす。


「あー凛だー。おはよー」
『おはようございます。練習始まりますよー』
「んーあとちょっと眠たいー」


眠たそうに目をこすると横を向いてもう一回寝ようとする。
ここで許すともっと起きなくなる。
慌てて先輩を揺すり起こそうとする。


「凛も一緒にお昼寝しよー気持ちいいよー」
『ひゃっ!先輩!ちょっと!』


しまった油断した!と思った時には遅く片手を掴まれて気付いたら抱き枕状態。
ジロー先輩の両手の中におさまっている。
最近は避けることが出来るようになってたのに。油断してしまった。


『先輩!起きてください先輩!』
「んー凛は良い匂いがして気持ちいいねー」
『先輩!跡部部長に怒られますよ!』
「いつも怒られてるから大丈夫だよー」
『私が怒られますよ!』
「大丈夫ー一緒に怒られてあげるからー」


駄目だ。これは今日は起きないモードだ。
こういう時は何を言っても起きないのだ。
が、起きてもらわなくては。
何としてでも起きてもらわなくては!
前に一度この状態の時に帰ってくるのが遅すぎて宍戸先輩が迎えにきたことがある。
その時に私達を見つけた時の宍戸先輩のどんびいた目を私は忘れない。
後から誤解だと謝ってくれたけどあの目は確実に私を軽蔑していた。
今日だって宍戸先輩が迎えに来るとは限らない。
鳳先輩は確実に変な誤解をするし日吉先輩には説教されそうだし。
向日先輩や忍足先輩にはからかうだけからかって放置されそうだ。


『先輩!起きてください先輩!はーなーしーてー!』
「凛は俺のこと嫌いなのー?」
『離してくれないと起きてくれないと嫌いになりそうです!』
「俺は凛のことスキなのにー」


腕の中で少し暴れたら渋々離してくれた。
嫌いになるわけがない。
少し心が痛い。


「これで俺のこと嫌いにならないー?」
『起きてくれて良かったです。大丈夫ですよ。嫌いにならないですよ』
「凛は俺のことスキー?」
『えっ!あ、そそそそうですね。私もジロー先輩は優しいしお日様の匂いして好きですよ』
「なら良かったー!部活そろそろ行こうか?跡部に怒られちゃうしねー」


心臓がドキドキしてる。
いや、そういう意味じゃないのだ。
ジロー先輩のスキとはきっとそういう好きではない。
だけどやっぱり心臓がドキドキ止まらない。


「凛ー?置いてくよー」
『あ!先輩待ってください!』
「あはは、ぼーっとしてたCー」


気付けば先輩は屋上の入口だ。
慌てて先輩を追いかけた。
先輩のスキと私の好きは違う。


いつか気付いてくれますか?


「なぁなぁ侑士ー」
「なんや岳人」
「ジローと凛って付き合ってんの?」
「アホ、そんなことあるわけないやろ」
「いや、だってジローがそんなようなこと言ってたぜ?」
「お嬢ちゃんみとってもそんな風には見えんけどな」
「だろー?ジロー何言ってんだろな?」
「岳人、この話は黙っとき」
「は?何でだよ!気になるだろ!」
「何や面白そうやろ」
「侑士わりー顔してんな」


確かに恋だった様より

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