orange(手塚)

『な、……何で?』
「俺ではお前を幸せにはしてやれやない」
『やだよ、国光と別れるのやだよ』
「すまない」


最後に俺はお前を泣かせることしか出来なかったな。


orange


全国制覇を成し遂げた中学三年の春。
高校生に混じってテニスの合宿に参加することが決まった。
それを伝えると凛は自分のことの様に喜んでくれた。
その笑顔が愛しくて知らず知らず自分も微笑んでいたことを後から不二に指摘され気恥ずかしくもなった。


「手塚もそんな表情をするんだね」
「何がだ」
「そんな怖い顔しないでよ。椎名と付き合うようになって手塚は変わったよ」
「……何か問題になっているのか?」
「違うよ違う。良い方に変わったって意味だよ」
「そうか」
「勿論、今までが悪かったわけではないよ。そんなに気にしなくていいから」
「気にはしていないぞ」
「俺は今の手塚の方が好きかな。人間味が出たよね」
「ふっ、俺もただの人間だぞ」
「そこだよ、俺達の前でもよく笑うようになった」


椎名凛と言う女性と付き合うようになって俺はよく周りから「変わったな」と言われるようになった。
全く自覚はない。
だが、こないだの練習試合で跡部にも言われてしまった。


「まぁいいんじゃねーの」とあいつは笑ったけれど、そんなに変わったのだろうか?俺には全くわからない。


『国光』
「どうした?」
『明日から合宿でしょ?越前君も来るといいね』
「そうだな。いや、あいつは必ず来るだろう。そういう性分だ」
『会えたら宜しくって言っておいてね』
「必ず伝えよう」
『しばらく会えないの寂しいねぇ』
「大丈夫だ、凛が寂しくないように必ず毎日連絡しよう」
『ありがとう。合宿頑張ってきてね』
「あぁ、成果を出してくるゆ『油断せずにいこう、でしょ?』


最後に見たのは帰り際の俺の口癖を真似て頬笑んだ彼女だった。
すまない、こうするしかなかったんだ。
夕焼けが川沿いを歩く俺達を揺らす。
やけに綺麗なオレンジ色をしていた。
今でも鮮明に思い出す。


合宿の途中で、ずっとここ半年間ずっと悩んでたことを跡部から後押しされた。
プロになること、ドイツに行くこと。
それは自分の夢でもあった。
しかし、凛のこともあった。
それらは天秤にかけられ俺の中でずっと揺れていた。


待っていろだなんて無責任なことは言えない。
行くからには成果を出したいし、いつ帰ってこれるかわからない。
テニスを選んだ瞬間に俺は凛を手放すことにした。
それが凛のためになる。
いつ戻れるかも分からない男を待たせてはいけない。


『待ってるから』
「無理だ」
『私、国光が帰ってくるの待ってるから』
「いつ帰れるかも分からない」
『やだよ、また会いたいよ』
「俺はテニスに専念したい」
『国光、そんなこと言わないで』
「すまない」
『どうしても?』
「そうだ、どうしても駄目だ」


長い沈黙の後小さく分かったと呟いて電話が切れた。
後ろで不二が「手塚は馬鹿真面目すぎるよ」と苦々しく呟く。
仕方ない、これが手塚国光なのだ。
きっと凛はしばらくは泣くだろう。
が、いつかはその傷も癒える。
そうしたらまた笑って誰かと幸せになってくれればいい。


さよならと直接言うことはどうしても出来なかった。
言うのは容易く、でもそれで凛との思い出まで無くしてしまいそうで。
そんなことはしたくなかった。
いや、出来なかった。
ずっと、中学三年間支えてくれたのは凛で。それを忘れたくはなかった。
本当に本当に助けられた。
幸せになってほしい。


そしてまたいつか偶然出会えることがあったらお互い笑いあえたらと願う。


ドイツ行きの飛行機の中、小さくなっていく日本に向けて呟いた。


「さよなら、ありがとう」


人波の中でいつの日か
偶然に出会えることがあるのならその日まで・・・
「さよなら。」僕を今日まで支え続けてくれたひと
「さよなら。」今でも誰より大切だと
想えるひと
そして何より二人がここで共に過ごしたこの日々を
となりに居てくれたことを
僕は忘れはしないだろう
「さよなら。」消えないように・・・
ずっと色褪せぬように・・・
「ありがとう。」

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