愛しの猫被り(幸村)

『幸村君なんでここにいるの?』
「俺もゴミ捨てにきたんだよ」
『今の』
「聞こえたよ。委員長って」
『あーマジか』
「もう隠したりしないんだ」
『さっきの聞いたんでしょ?もう幸村に隠す必要ないよね』
「こんなにサバサバしてるとは思ってなかったよ」


クラスの委員長がゴミを捨てに行ったから俺はこっそりそれについて行った。
あくまでも自分もゴミ捨てに来たという体で。


いつもの様にゴミを乱暴に焼却炉へと捨てて委員長は「あいつら皆死んじゃえばいいのに」と呟いた。
俺はそれにわざとクスクスと笑い声を上げたのだ。


『悪いんだけど』
「誰にも言わないよ」
『ほんとに?』
「その代わり俺と付き合ってくれないかな?」
『嫌だ』
「即答するの?酷いなぁ」
『彼女のふりして近付いてくる女の子避けにする気でしょ』
「そんなことないよ。俺、委員長のこと好きだから」
『そんな風に言って。幸村はモテるじゃん』
「でも彼女にしたいのは委員長だけだよ」
『何で私なのよ』
「ここさ、屋上の真下なの」
『それで?』
「委員長が毎日焼却炉に悪態ついてるの俺聞いてたんだ」
『あー…てことは』
「拒否権はないよ」
『分かりました』


俺を憎々しげに睨む彼女の顔すら愛しいと思う。
仕方無く彼女は俺の提案に頷いた。
彼女のふりとかじゃなくて何処と無く俺に似てる彼女を俺はいつの間にか好きになってたと思う。
教室とは違う顔をして焼却炉にだけ本音を言う彼女が気になって放っておけなくなったのだ。


『精市って呼べばいいの?』
「そうだね」
『もう!こんなはずじゃなかったのに!』
「俺は今の方が人間味があって好きだよ」
『私の今までの努力が水の泡に』
「心配しないでも凛が俺に付き合ってくれたらバラさないよ」
『いつまで』
「うーん、凛が俺を好きになるまでとか?」
『はぁ?』
「とりあえず卒業までだね」
『まだ半年以上もあるのに?』
「もう半年しかないよ」


彼女は大袈裟に溜め息を付くと嫌そうに分かったと呟いた。
これが2ヶ月前の話。
全国優勝して引退して直ぐ後の話だ。


「凛」
『何?』
「機嫌悪いの?」
『何で幸村のうちで勉強しなきゃいけないのかと思って』
「つれないなぁ」
『ふりなんだから別に学校以外は一緒じゃなくてもいいでしょ?』
「ねぇ、クリスマスは何処に行きたい?」
『はぁ?』
「俺も凛も推薦組だから別にそんなに頑張って勉強しなくてもいいでしょ?成績も普段から悪くないし」


授業が半日で終わった午後、俺は彼女を自宅へと誘った。
勿論断られないように教室で皆が聞こえる場所でだ。
彼女はそれににこやかに了承した。


『クリスマスも強制なの?』
「俺が凛と一緒に居たいんだよ」
『幸村、からかうのは止めてよ』
「からかってなんかないよ」
『ちゃんと学校では付き合うからさ』
「ねぇ、俺は最初から彼女のふりをしてだなんて言ったことないよ」
『でも』
「凛が勝手に勘違いしたんだよね」
『なんで』


あぁ分かった。最近機嫌が悪いことが多いなとは思っていたけど。
この変化はきっと、彼女は俺と一緒にいるのがしんどくなってきたんだ。
最初は余裕そうだったもんね。
猫被ることを考えたら俺の彼女のふりをするのも大して難しくないだろう。
それに対してこうやって言い出すってことはきっと。


「俺はね、最初焼却炉から聞こえる悪態にびっくりしたんだ」


「それが委員長の凛だったから余計にびっくりした。あの真面目な椎名さんがって」


「その後にね俺と似てるなぁって思ったんだ。なんとなくだよ」


「最後はね心配になった。いつも毎日そうやって焼却炉だけに本音を話してさ」


「しんどくないのかなって。それからいつも凛を見てたんだよ」


「そしたら何となく分かってきた。教室にいる時でもさ。あ、今の絶対に言われたくなかった言葉なんだろうなとか今イライラしてるなとか」


「凛の本音を聞ける人間になりたいって思ったんだ」


凛は俯いたまま返事をしない。
だから俺が思ってたことを淡々と話していく。


「俺はちゃんと最初から凛のこと好きなんだよ」

『幸村はズルいよ』


ぽつりと彼女が漏らした言葉。
うん、そうだね俺は多分ずるかったと思う。
でも作り物でもいいから君の本音が欲しかったんだよ。


『私、幸村といると凄い楽で本音を隠さなくていいから自然体で』

『でも彼女のふりだから甘えちゃいけないって好きになっちゃいけないって思ってたのに』

『ズルいよ』


やっぱりそうだったんだね。
俺の中の最後の満たされなかった所がゆっくりと満たされていくのが分かる。


「猫被りじゃない凛が欲しかったんだ。俺だけには本心を言って欲しくて。委員長の凛に告白したって猫被りのままだろ?だからこうするしかなかったんだよ」


ごめんねと呟いて俯く凛の髪の毛を鋤く。さらりさらりと俺の指から溢れる毛先が綺麗だ。


『好きになるよ』
「俺はもう好きだから」
『今更冗談でしたとか言わないでよ』
「俺はそんなに酷い男じゃないよ」
『精市って呼んでいい?』
「彼女にはちゃんと名前で呼んで欲しいかな」
『大好き』


顔を上げてそう笑顔で言うと彼女は俺の胸へと飛び込んできた。
それをしっかりと受け止める。


「猫被り止めたらいいのに」
『それは絶対に無理』
「こっちのが可愛いよ」
『精市だけが知ってればいいよ』
「無理しすぎないでよ」
『精市がいるから大丈夫』


なんて愛しいことを言うんだろうか。
彼女はきっと俺がこんなにも彼女のことを好きだなんてまだ知らないだろう。
でも知らなくてもいい。
こうやって心ごと俺のものになってくれたから。
それだけで充分だ。


3秒後に死ぬ様より

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