あいつがお前を幸せにする魔法が大嫌いだった(切原)

『きーりはら』
「んだよ」
『なんだよなんだよ機嫌悪いなぁ』
「んなことねぇよ」
『何かあったのかい?』
「何もねぇ、月曜が嫌いなだけ」
『月曜が嫌いとか学校嫌いじゃん』
「学校とかじゃねーし」
『そうなの?変なのー』


月曜の放課後は嫌いだ。
隣の席の椎名の彼氏が彼女を迎えに来るから。
帰りのHRで小声で隣からちょっかいをかけてくる。
やっぱり他の曜日よりどこかそわそわと落ち着かず嬉しそうなその表情を見ていたくはなくて担任の話を聞くふりをして視線を教卓へと戻した。
担任の話なんて普段全く聞くことなんてないのにだ。


「凛ー!帰るぞー」
『はーい!今行くー!』


椎名の彼氏のクラスはHRが終わるのが早くて月曜の放課後、俺達のクラスのHRが終わると最初に聞こえてくるのが椎名の名を呼ぶそいつの声だった。
名前を呼ばれただけなのに椎名はそれはそれは嬉しそうな表情をする。
他の男に呼ばれて嬉しそうな顔をする椎名なんて正直見たくなかった。


『切原また明日ね!部活頑張れ!』
「おーまたな」


隣から俺に声をかけてくる椎名に素っ気ない返事しか出来ない。
俺が月曜が嫌いな理由を椎名はいつ気付いてくれるのだろうか?
俺がこんなに機嫌悪いのは月曜の椎名に対してだけだ。


でもきっと椎名の頭の中にはあいつのことしかなくて俺のことなんて少しも残らないんだろう。
知らず知らず唇をぎゅっと噛み締めていた。
せめてあいつのクラスのHRがうちのクラスより遅く終わってくれたら良かったのに。
そしたら幸せそうに頬笑む椎名を見なくて済むのに。


それから時が過ぎて秋になった。
席替えがあって椎名と話すことも前よりは少なくなった気がする。
ある月曜、いつものように椎名を呼ぶあいつの声が聞こえなかった。


ちらりと椎名を見ると席から動く様子が無い。
きっと喧嘩でもしたんだろうなと予測して部活へと向かうことにする。
大嫌いなあの言葉を聞かずに済んでホッとしていた。


部活が終わって国語の課題のプリントが出ていたことを思い出して教室へと戻る。
得意な科目くらいは課題もちゃんとやらねぇとな。
ガラッと教室の扉を開け電気を点けたらそこに人影があって俺は心底驚いた。
電気を点けるまで教室は真っ暗だったからだ。


「うお!」
『切原?』
「椎名?こんな時間まで何やってんだ?」
『あ、そうか』
「真っ暗だったし。もうすぐ下校時間だぞ」
『うん』


元気がねぇ。俺の方を見ている様で見ていない。
ぼんやりと眺めてるだけだ。
課題のプリントを回収してから椎名の席へと向かう。


「お前彼氏と喧嘩でもしたの?」
『分かんない』
「なんだよ、分かんないって」


立ったまま椎名へと訊ねる。
俺何やってんだろ。
でもこんなに覇気のない椎名は初めてで放って帰るなんて俺には出来なかった。
椎名は俺を座ったまま見上げる。
でも視線は合うことはなくてどこか虚ろな目をしていた。
俺の問いに表情を歪める。


『昨日、好きな人が出来たって急にLINEがきて』
「あーわりぃ」
『もう付き合えないって。私ちゃんと話をしたくて教室で待ってるって言ったんだけど』
「椎名、もういいって」
『待ってたんだけど』
「もう話すな、分かったから」


ボロボロと大粒の涙を溢しながら椎名が話す。
俺、そんな顔させたくて話しかけたんじゃねぇのに。
幸せそうに頬笑む椎名はどこにも居なくて辛そうに表情を歪めばままだ。


『もう駄目みたい』
「聞いてごめんな」
『切原が悪いんじゃないよ』


しばらく椎名のすすり泣く声だけが聞こえる。
俺は何も言えなくて何も出来なくてただ隣にいるだけだった。


どのくらいそうしてたんだろう?
次第にすすり泣く声が落ち着いて、椎名は涙をハンカチで拭う。


『切原ごめんね』
「謝るようなことしてねぇだろ」
『困らせちゃったよね』
「別に」
『優しいよね切原ってさ』
「んなことねーし」
『最初冷たい人だって思ったもん』
「ひでーなそれ!」
『今は違うよ。少し不器用なとこあるけど優しい人だよ』
「おう」


気持ちが落ち着いたのだろうか?
椎名はそう言って口元を緩ませる。


「俺が月曜を嫌いな理由教えてやろうか?」
『突然どうしたの?』
「知りたくねぇ?」
『ちょっとだけ』
「じゃあ教えてやんねぇ」
『凄い知りたいから教えてー』


突然何を言い出したんだと椎名は言いたげな表情をしている。
でも俺の話に乗っかってくれた。


「月曜の放課後にだけ来る男が嫌いだったんだよ」
『えー何それー』
「そいつの声聞くとさ、俺の好きなこがすんげぇ幸せそうな顔するわけ。名前呼ばれただけなのに」
『切原?それ』
「すげーイライラするの分かる?俺だって名前呼びたいしあんな風に笑って欲しいのにさ」
『……』


椎名は俺の方を話をちゃんと理解してるみたいだった。
さっきまで笑っていたのに今は少し戸惑ってるみたいだ。


「で、そいつは結局俺の好きな女の子を泣かしたわけね」
『あの、切原』
「泣いてる顔を見るくらいなら幸せそうにしてて欲しかったのに」
『聞いてる?』
「聞いてる。俺、椎名のこと好きなんだよ」


椎名の言葉を途中無視して先に俺の言いたいことを全部ぶちまけた。
彼氏と別れたのなら別に気を遣う必要はない。


『えぇと』
「彼氏と別れたばっかで頭回んないかもしんねぇけど俺と付き合うことちゃんと考えてくんねぇ?」
『今はちょっと』
「直ぐじゃなくていいから」
『それなら』
「後、俺も凛って呼んでもいい?」
『えっ』
「いいだろ。椎名も名前で呼べばいいし」
『無理だよ!』
「俺のこと赤也って呼ぶ女子他にもいるだろ」
『えぇ』
「呼んでくれねぇとここでキスするよ」
『わ、わかった!呼ぶから!』
「約束な!」


俺の告白を聞いても戸惑ってるみたいだった。
まぁ別れたその日に他の男と付き合うなんて椎名は出来ねぇと思う。
でも今までは彼氏が居たから遠慮してただけだしもうその必要もない。


俺が椎名を幸せにしてやりたいから。
少し時間はかかるかもしんねぇけどあいつより幸せにしてやる自信はある。
早くあの幸せそうな笑顔を俺に向けて欲しいなって思った。


3秒後に死ぬ様より

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -