一滴の涙でその花は芽吹く

及川高校1年設定。一歳上の彼女。


あぁもう何だって俺がこんなにイライラしなきゃいけないのさ!
なまえさんは俺のそんな気持ちなんか知らずに部員へとスクイズボトルを配っている。
あ!また3年の先輩に無駄に構われてるし!


「おいクソ川」
「何」
「顔に出てんぞ」
「仕方無いじゃん!」
「お前がそれでもいいっつったんだからちゃんと約束守れよ。あと、最近トスが雑な。早く修正しろ」


確かに俺がそれでもいいから付き合ってってお願いしたけどまさかこんなに構ってくれないだなんて思ってなかったんだ。
岩ちゃんだけには言ってもいいって許可を貰ったけど最近その約束が大いに不満だったりする。
と言うか岩ちゃんが本当に俺に言いたかったのって後半の部分だよね?
今更だけどクソ川って酷くない!?


『はい、及川君もちゃんと水分補給してね?』
「…はい」


俺が機嫌悪いの分かってるのになまえさんはいつも通り朗らかにスクイズボトルを手渡してくる。
普通はさ!もっと何かゴキゲン取りしてくれたっていいんじゃないの?
こっそり何か言ってくれるとかさ!
俺のフラストレーションは溜まる一方だった。


『とーる?怒ってるの?』
「怒ってない」
『嘘、怒ってるよね』
「今日だって主将達にばっか構われてたし」
『ほらやっぱり怒ってる』
「なまえさんが悪いよ」
『そうだね私が悪いね』


なまえさんを独り占め出来る時間は月曜日と部活終わりに送っていく時だけだ。
2、3年の先輩達から可愛がられてるなまえさんと俺達1年が話せる機会は少なかったりする。
俺が怒ったって拗ねたって文句を言ったってなまえさんはいつだって余裕だ。
絶対に悪いと思ってないよね。
思ってたらそろそろみんなに報告しようかくらい言ってくれたっていいはずだ。


『とーるは本当に可愛いねぇ』
「可愛いは禁句。どうせならカッコいいって言ってよ」
『バレーしてるとーるはカッコいいよ?』
「俺、モテるんだけど」
『うん、知ってる』


岩ちゃんに今の俺を見られたら「ダセェやつ」って言うに決まってる。
けれどいつだって俺はなまえさんに翻弄されてばっかりだった。
周りは俺のこと放っておかないよ?
何でなまえさんはそんなに余裕なの?


「なまえさんは何で俺と付き合ってるの内緒にしたいの?」
『え?』
「俺はなまえさんが彼女だって周りに自慢したいのに俺そんなに頼りない?年下だから?」
『そんなことないよ』
「じゃあ何で」
『それは言えない』


またそうやって穏やかに頬笑むから俺はもう何も言えなくなってしまった。
柔らかく頬笑むなまえさんの表情が好きでそれを崩すようなことを言いたくなかったから。
イライラだってなまえさんと二人きりになれたら途端に萎んでしまうんだ。


「なぁみょうじー」
『何ですか先輩』
「お前って彼氏居たっけ?」
『秘密です』
「教えろよなー」
『企業秘密ですよ。駄目です』
「サッカー部のエースいんだろ?あのイケメン。ま、及川よりは劣るけど」
『あー何となくは分かります』
「そいつが紹介してくれってしつこいんだよ」
『先輩、私のこと売らないでくださいよ?』
「別に売るつもりはないけどさ、駄目か?」
『サッカー部に興味無いですし』
「だよなぁ」


休憩の合間、3年の先輩となまえさんの会話が偶然聞こえてしまった。
ちゃんと断ってくれたのは嬉しいけど彼氏がいるって質問ははぐらかして俺はそれがかなりショックだった。
せめて彼氏はいるってことくらい言ってほしかったのに。
あぁもう俺最近かなり不安定だ。
イライラしたり落ち込んだり。そんなの絶対に俺らしくないのに。


「おいクソ川」
「何、岩ちゃん」
「いい加減にしねぇとスタメン落ちすんぞ」
「うん、そうだね」
「あ?今なんつった?」
「スタメン落ちするかもしんない」
「お前!ふざけてんのかよ!」
「おい!岩泉止めろ!」
「誰か主将呼んでこい!」
「ふざけんなよ!こっちはお前にトス上げてもらいたいから必死に練習してレギュラー取ってんだぞ!」
「岩泉!落ち着けって!」
「ちょ!岩泉止めるの手伝えお前ら!」


なまえさんが分からなくなって部活中にもそんなことばっかり考えてたら支障が出始めた。
自分でもかなり腑抜けてるのが分かる。
そんな俺についに岩ちゃんがキレたんだった。
俺に殴りかかった岩ちゃんを先輩達数人掛りで引き離す。
岩ちゃんの気持ちは分からなくもないけど思いきり殴りすぎだと思う。
岩ちゃんの一撃は肉体的にも精神的にもキツかった。


「みょうじ!及川を保健室連れてけ」
『分かりました。及川君立てる?』


殴られた勢いで尻餅をついた俺にもなまえさんはいつも通り接してくる。
主将に言われてこちらに手を差し伸べてくれたけど俺がその手を掴むことはなかった。


「一人で行けるんで大丈夫です」
『でも主将が言ったから』
「一人で行ってきます!」


立ち上がった俺へと伸ばされた手を咄嗟に振り払った。
自分が思ってるよりも大きな声が出た気がする。
周りの部員達からの視線を集めたようで居心地が悪くていたたまれなくてなまえさんの顔を見ることも出来ずにそのまま一人体育館を後にした。


「失礼します」
「あら?どうしたの?頬が赤いけど喧嘩は駄目よ」
「喧嘩じゃなくてちょっと部活で」
「そう?ならいいけど。でも今から病院に行くのよ。サッカー部のこが脳震盪をおこしたらしくてね」
「冷やすだけなんで大丈夫です」
「ごめんなさいね」


保健室へ着くと入れ違いで先生は慌ただしく出ていった。
正直誰の顔も見たくなかったからホッとする。
岩ちゃんが怒るのも無理はないよね。
自分でも分かるくらいにバレーの調子が悪くなってたから。
もう俺限界かもしれない。
もっと俺のことを好きって言ってくれる子達を見てあげた方がいいのかもしれない。


『とーる?』


カラカラと音を立てて保健室の扉が開いた。
振り向かなくても分かる。この声はなまえさんだ。
一人で行けるって言ったはずなのに何をしてるんだろう。


『大丈夫?まだ冷やしてないの?』


返事を出来ずにいるとなまえさんが近寄ってきた。心配そうに眉を顰めている。
そっと頬に伸ばされた手を再び俺は振り払った。


『とーる?』
「触らないでください」
『何で?』
「もう俺限界です。なまえさんが何考えてるか分からないし。これ以上は無理です」


本心だった。なまえさんが好きって気持ちより今のこの状態がしんどかったんだ。
なまえさんのことでこれ以上振り回されたくない。一喜一憂したくない。
しんどくて辛くてギリギリだった。


『泣かないで。とーるごめんね』
「泣いてないです」
『嘘、泣いてるでしょ?』


触らないでと言ったはずなのになまえさんは怯むことなく俺の頬へと触れる。
そして頬を伝う涙を優しく拭った。


『泣くほど辛かったんだね』
「もういいんです」
『私ね主将にとーると付き合ってるって言ったの』
「……」
『今日じゃなくて付き合い始めた時に言ったんだよ』
「え」
『部内恋愛って良かったかなって確認のつもりだったんだけどね。駄目ではないけど出来るだけ黙っててくれって言われたの』
「じゃあ何で」
『とーるに言わなかったのはごめんね。確認してOK出たらみんなにも言うつもりだったの。けれど主将にあぁ言われちゃったのと、私だけに拗ねたりイライラするとーるが可愛くて言えなかったの』
「勝手だよなまえさん」
『そうだね。勝手だったよね』
「俺こんなにしんどかったのに」
『うん、ごめんね』


ポタリポタリと頬を伝う涙をなまえさんが拭ってくれている。
主将は知ってたとか俺そんなの全然知らなかったし。


『もう我慢しなくていいからね』
「主将が黙っててくれって言ったんじゃないの」
『岩泉君にみんなの前で怒られちゃったの。マネージャーとしては百点だけど及川の彼女としては零点だなって』
「岩ちゃんそんなこと言ったんだ」
『及川があんなんじゃ勝てる試合も勝てねぇって怒ってたかな』
「俺が岩ちゃんになまえさんとのこと話したから」
『私が岩泉君には話していいよって言ったからとーるは悪くないよ?』
「じゃあ俺もう我慢しなくていい?」
『うん、泣くほど辛いさせてごめんね』
「二度とこんな思いしたくないよなまえさん」
『大丈夫だよ。絶対にしないから』


岩ちゃんお節介過ぎるよ。
でもおかげでなまえさんが何を考えてるか分かったから俺を殴ったことはこれでチャラにしてあげよう。
ついさっきまでなまえさんとはもう無理だって思ってたのにまた何時ものように柔らかく頬笑むからそれだけで俺の荒んだ心は落ち着いてしまうのだった。


誰そ彼様より
ひかり様リクエスト第ニ弾。
周囲に内緒で付き合ってることが原因でケンカする(切甘)とのリクエストでした。
たまには及川さんが女々しくてもいいかなと逆パターンで書いちゃいました!
どうしても及川さん側が彼女と付き合うのを黙ってるパターンってのが思い付かなくて。
彼は彼女を周りにこれでもかって自慢しちゃうタイプのような気がしたし。
リクエストありがとうございました!
2018/06/25


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