あれはいつかの焦れったい
少年少女のお話

『観月、助けて』
「また貴女ですか。今日は何をしたんですか?」
『花瓶を割ってしまいまして。寮母さんがかんかんです』
「そうですか。では早く謝ってきなさい」
『え!』
「花瓶を割ったのは貴女でしょう?謝るのは至極当然のことだと思いますが」


そもそもわざわざ部室まで来ることは無いと思います。
僕と彼女の関係は単なるクラスメイトに過ぎないのだから。
強いて言うならば僕が中学から聖ルドルフに編入してきてからずっとクラスが同じと言うだけだ。
当時彼女はクラス委員をしていて編入してきた僕の世話係に決められたのだった。
そうは言ってもどちらかと言えば世話をしてきたのは僕の方だ。
彼女はいつだって何かあると僕を頼ってくる。
少しは自分でどうにかしてほしいものですね。
彼女は僕の言葉にがっくりと肩を落としている。
これもいつものことでこうなった彼女を僕は結局突き放せないのであった。


「仕方ありませんね。一緒に謝ってあげましょう」
『ほんと?』
「貴女は僕がそう言うまでここを離れないでしょうしね」
『観月ありがとう!』


先程まで落ち込んでいたその表情が僕の一言でパッと花が咲いたかのように屈託の無い表情へと変わる。
最初は手の掛かる煩わしいクラスメイトだったのにいつの間にか目が離せない存在になっていた。
いつから彼女のことをこんな風に想うようになっていたのか思い出してみてもさっぱり分からなかった。


赤澤へと声を掛けて先に女子寮の寮母さんの元へと謝りに行くことにする。
彼女は僕の提案に酷く渋ったがそれを許さなかった。
謝るならば早い方がいいんですよみょうじさん。


「それで」
『何が?』
「ですから、何故花瓶を割ってしまったんですか?」
『あー…観月怒らない?』
「理由によります」
『じゃ言わない』
「と言うことは貴女は自分に非があるのを分かってるんですね」
『ぐ』


全く。いつまでたっても子供っぽさが抜けませんね。
中身も外見も彼女は出逢った時のままだ。
嘘が吐けなくて素直で分かりやすくてとてもワガママで、そんな貴女だから僕は振り回されてるんでしょう。


「早く教えなさい」
『ろ、廊下の掃除をしてまして』
「掃除当番だと言ってましたね」
『野球ごっこをしました』
「…」


今時そんなこと男子小学生でもやらないでしょうに。
女子校生の貴女が何をやってるんですか。
知らず知らず大きな溜息が漏れる。
僕の反応をチラチラと横から気にしてますけど怒る気にもなれません。


『怒らないの?』
「言葉が見つかりませんので」
『見捨てないでよ観月!』
「どう考えたらそうなるんですか」
『人間怒られなくなったら終わりだってお婆ちゃんが言ってたんだよう!捨てないで!』
「みょうじさん、それ人が聞いたら誤解を生みますから止めてください」
『観月に嫌われたら私の学校生活が終わっちゃうよう!』
「僕の話を少しは聞いてくれますか?じゃないと部活に戻りますよ」


彼女を放っておけない理由の1つに思考回路が短絡的過ぎるというのも付け加えておきましょうか。
僕が冷たく言い放つとピタリと喚くのを止めた。
喋らないように口元を手で押さえている。
その仕草がとても可愛らしくて思わず口元が弛んでしまった。


『怒ってない?』
「怒ってはいませんよ。呆れて物も言えませんけど」
『もう廊下で野球ごっこはしない』
「野球部に押し掛けるのも止めてくださいね」
『な!何でそれを!』
「貴女の思考回路は分かりやすいんですよ」
『そうか』
「前にサッカー部に押し掛けてボールを蹴って校長室の硝子を割ったの覚えて無いんですか」
『あーそんなこともあったねぇ』


懐かしそうに目を細めていますけどあの時も貴女と一緒にあちこち謝って回ったのは僕なんですよ。
帰宅部の癖にあちこち色んな部活に押し掛ける癖をいい加減に直すべきですよ。
その癖テニス部のコートには一切顔を見せないと言うのに。
あぁ、これは単に僕の醜い嫉妬なんだと気付いて恥ずかしくなった。
いつだって僕に頼るのにテニスコートには絶対に顔を出さない。
来ても部室までだ。僕が居なくても彼女は部室の前でいつだって待っているのだ。


「どうして貴女はテニスコートには来ないんですか?」
『え?』
「あちこち部活に押し掛けるのにテニスコートには来ないじゃないですか」


気になってしまったら止まらなかった。
どうして彼女は僕の所属してる部活にだけ押し掛けて来ないのか。
これじゃまるで僕が押し掛けてほしいみたいじゃないか。


『観月は真剣だから』
「他の部活の皆さんも真剣に部活をしてますよ」
『そうだけど。観月がきっと誰よりも部活を真剣に頑張ってるから。せめてその邪魔だけはしないでおこうと思って』
「僕に迷惑をかけてる自覚があったんですね。驚きました」
『一応そのくらいはあるよ!』


彼女は今とても嬉しい一言を僕にくれた。
けれどそれが照れ臭くて素直にお礼を伝えることは出来なかった。
みょうじさんはとても素直なのに僕は素直になれないことばかり増えていく。


「ですがよく分かりましたね」
『何が?』
「テニスコートに来ないのに僕が真剣に部活を頑張ってるってことをですよ。間違ってはいないですけど」
『試合してる観月を見てたら分かるよ』


その一言で彼女が僕の中で特別になった日のことを思い出した。
あれは中学3年の夏の大会のコンソレーションで氷帝に負けた時のことだ。


僕が彼らを全国に連れていかなきゃいけなかったのにそれが叶わなくてどう償っていいか分からなくてどうにかなってしまいそうだった。
そんな僕に気を遣ってか赤澤達も何も言わずに先に帰っていった。
一人試合が終わったテニスコートを見つめベンチに座っていた時に彼女が現れたのだ。


『観月、帰ろ』
「一人で帰ってください」
『門限過ぎちゃうよ』
「ですから貴女一人で」
『観月も一緒じゃなきゃ嫌だよ』
「僕は帰りたくありません」
『じゃあ私も帰らない』


そう言って僕の隣へと彼女は座ったのだった。
それ以外何を言われたわけでもない。
何をされたわけでもない。
それでもあの時のことは今でも鮮明に思い出すことが出来る。
門限を破る罰則は厳しいものだったから結局根負けして帰ることにしたのだった。


『観月?どうしたの?』
「いえ、少し昔を思い出しまして」
『東北に帰りたくなったの?』
「そんな昔のことじゃないですよ」
『それなら良かった』
「何ですかそれは」
『大学は帰っちゃうのかと心配してた』
「貴女は大学でも僕に迷惑をかける気でいるんですか?」
『そんなつもりは無いけど大学でも観月と仲良く出来たらいいなぁって。駄目かなぁ?』


どうして貴女はそんなに可愛らしいことばかり言うんですか?
想いが募れば募るほど僕の口は素直じゃなくなってしまう。


「ですが大学は今より規模も大きくなりますし会うのもなかなか難しくなりますよ」
『あーそうかぁ。それは寂しくなるなぁ』


『どうしようかなぁ?』だなんて彼女が隣で悩んでいる。
今の今まで全く考えもしなかったことをふと思い付いた。
それはまだ仮定でしか無いけれど確率的に言えば正しいような気がした。
どうして彼女が僕のことを頼るのかどうして大学でも仲良くしていたいのか。
何故今までこんな簡単なことを思い付かなかったのか。


「みょうじさん」
『何ー?今どうしたらいいか考えてるんだけど』
「僕がどうしたらいいか教えてあげますよ」
『え?ほんとに?』
「とても簡単なことでした」
『なになに?』
「どうやら僕は貴女のことが好きみたいです。ですから僕とお付き合いしてみてはいかがでしょうか?」


僕の言葉にみょうじさんは歩みを止めた。
口を大きく開いてとても驚いているようだ。
けれどどんどんその顔が赤くなるのが見てとれたので返事を聞かなくても僕は満足だった。


「さて早く謝りに行きましょうか」
『観月?今のほんと?嘘じゃない?』
「勿論ですよ。僕が貴女に嘘を言ったことありました?」
『無いです!無いです!あのね!私も観月のこと好きだったの!』
「そんなの言われなくても分かりますよ」


歩き出した僕の隣まで追い付いてくるとみょうじさんはそれはそれは可憐に微笑んだ。
その表情を見ていれば貴女が何を考えてるか分かりますよ。
僕としたことが今までどうして気付かなかったのか。
おかげで時間を無駄にしてしまいました。
あぁ、決して無駄な時間では無かったですね。
僕の高校生活にはいつだって彼女が居たのだから。


「アイツらやっとくっついたらしいぞ」
「遅すぎるだーね」
「見てて焦れったかったからな」
「それで観月さん最近機嫌がいいんですね」
「三年前の夏も赤澤さんがせっかくあれこれしたのに気付かなかったですもんね」
「それ観月に言うなよ金田」
「言わないですよ!」
「観月は唯一自分の恋愛にだけ疎かったよね」
「淳、それも言ったら駄目だーね」


誰そ彼様より
かーぼん様リクエスト。
お相手は観月でシチュエーションと言うか両片思いで相手から告白とのリクエストでした。
初ルドルフでましてや初観月だったわけですが思いの外さくさくと書けまして自分でもびっくりしました。
かーぼん様のイメージする観月と近いといいんですけれど(´・ω・`)
何はともあれ書いてて楽しかったです!
ルドルフこれからも書いてみようかな?
新境地が開けた気がするのでリクエストありがとうございました!
2018/06/26


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