7・君が優しくしてくれるから好きなんじゃなくて、君が君だから好きなんだ。
「みょうじさん、ちょっといいかな?」
『いいよー』
「あのね、部活の後輩からどうしても及川に手紙を渡したいって頼まれてさ」
『渡すだけでいいのなら渡しておこうか?』
「彼女に頼むのも悪いと思ったんだけど」
『全然平気。返事は保証出来ないけど』
「本人が読んでくれればそれでいいって言ってたから」
『なら任せて』
「じゃあお願いします」


休み時間、クラスメイトの女子に手紙を渡された。徹は相変わらずモテるなぁ。預かった手紙を大事に鞄へとしまいこむ。こういう頼み事は一回引き受けてしまうとキリが無い。分かっていても今更断ることは出来なかった。


「嫌なら嫌って言えばいいと思うけど」
『そんなこと、言えないよ』


ふと視線に気付いて隣を見やれば花巻君が頬杖をついてこちらを見ている。私の心を見透かしたようにぽつりと呟いた花巻君にただ苦笑することしか出来なかった。


「みょうじは及川のこと甘やかしすぎな」
『そうかな?』
「そうだろ。あいつお前が優しいから付けあがってんぞ」
『付けあがるって大袈裟な』
「彼女いるのにモテ自慢される俺達の身にもなれって」
『まぁそこは、ねぇ。彼氏がモテるのは彼女としても嬉しいものだよ』
「お前ほんと優しすぎな」


頬杖をついたまま花巻君は呆れたように笑った。そこは仕方無いと思うの。徹は"優しくて寛大"な私が好きなのだから。


徹との出逢いは高校一年生の春のことだった。
入学式が終わって、帰ろうとしている時に見つけたのだ。校門の脇で舞い散る桜をただ眺めている徹に一目で恋に落ちた。
あの日、私と同じように徹に恋した女子は少なくなかったと思う。


高校一年の時はただ見ているだけの密やかな恋だった。クラスは違ったし接点も何もなかった。バレー部に所属していることは直ぐに噂で広まったけど、マネージャーになろうだなんて勇気は全くなかった。
それが好転したのは二年に進級して、同じクラスになってからだ。
それでも最初の一ヶ月は話すこともなかったような気がする。けれど私は毎日徹の顔が見れたし、それで満足だった。


「みょうじさん?あ、なまえちゃんのがいいかな?いいよね?」
『えっ』
「君の友達そうやって呼んでるの聞いたことあるし俺もいいでしょ?一緒に修学旅行の委員やるんだし。これから宜しくね」
『う、うん。じゃあ宜しくね及川君』


急接近することになったのは誰もやりたがらなかった修学旅行の委員になってからだ。
先生から直々に頼まれて、断れなかった。まさか男子が徹だとは思ってなくてとびきり驚いたことを覚えている。それから少しずつ仲良くなって、告白されたのは修学旅行が終わって直ぐのことだった。


「せっかく仲良くなれたしこれで接点なくなっちゃうのは寂しいからさ。俺と付き合ってよなまえちゃん」
『私でいいの?』
「なまえちゃんだからいいんだって。優しいし怒らないし穏やかさんだしね」
『じゃあ宜しくお願いします』


今思い返してもどうして徹が私を好きになってくれたのか分からない。それでも徹が私を好きだと言ってくれるからこのお付き合いは続いているんだった。


「なまえーただいまー」
『あ、おかえり』
「監督なんだって?」
「明日の練習試合のことちょろっとね」
『練習試合?』
「こいつ性格悪いことすんだぜ、中学時代の後輩を名指しでセッターに指名してよ」
「昔強かったからって今は弱いとこだし、飛雄くらいしか気になる選手居なかったんだって!だから飛雄がセッターなのは譲れないの!」
『徹って試合に出れるの?足痛めてたでしょ?』
「んーどうだろ?」
「指名しといて足痛めるとかバカ過ぎ」
「それはさ、もう仕方無いんだって」


監督に呼び出されていた徹が戻ってきた。明日練習試合かぁ。徹と花巻君がわいわい話しているのを眺めながらどうしようかと思案する。見に行きたいような行きたくないような複雑な気持ちが渦巻いていた。


「だからちゃんと応援に来てよなまえ」
『あ、そうだね。わかった』
「これで試合出れなかったらみょうじさん来る意味なくね?」
「いいの!どっちにしろ格好いい俺は見られるんだから!」
「あっそ」


どちらにしろ徹に誘われたら行かないとは言えない。だから直ぐに快諾した。またもや何か言いたげに此方に視線を送る花巻君に気付かない振りをして。


『徹、これ』
「何ー?」


帰り道、頼まれていた手紙を徹に手渡す。今日は練習試合も無かったから私は教室で部活が終わるのを待っていた。足もだいぶ良くなってはいるらしく少しは試合に出れそうだと報告してもらった後に手紙のことを切り出す。


「へぇ、ラブレターみたいだね」
『読んでくれたらそれでいいって』
「んじゃちゃんと読ませてもらおっと」
『徹って意外とちゃんとしてるよね』
「意外ってとこ余計じゃない?俺はこういうことはちゃんとしたいの」


渡した手紙を徹も丁寧にしまっている。青城イチモテるから告白だって手紙だって沢山だ。その一つ一つに丁寧に対応する徹を見ていたら嫌だなんて言えなかった。呼び出されたら応じるし手紙もしっかり全部読む。その細やかな対応が意外で、嫌だなと思いつつも好きだったりする。


『だって最初はそんな風に見えなかったし』
「俺のこと好きって言ってくれる女の子をぞんざいには出来ないよ」
『知ってる。徹のそういうとこ好きだよ私』
「俺もそうやって言ってくれるなまえが好きだよ。それになまえがいるから他の女の子達とは付き合ってあげれないからね」
『ありがとね』
「いやいや、普通でしょ?彼女居たら彼女一番なの普通だからね!」


私がお礼を言うたびに徹はこうやって否定してくれる。それでも何度だって言いたくなるんだからお礼を言わずにはいられない。


『私ね、徹が徹だから優しく出来るのかも』
「は?急にどうしたのさ」
『好きになってくれてありがとう徹』


嫌だなとか本当はやりたくないなって思うことも沢山ある。それでもこの繋がった手を離したくなくて、徹の一番で居たくて、優しい自分で在りたかった。そう思えばするりと言葉が出てきたのだけど徹はそれに驚いたみたいだ。


「ちょっと、今までありがとうみたいな言い方しないでよ」
『え、違うよ。そう言うんじゃなくて』
「俺は別れるつもりなんてないんだから止めてよね」
『別れないよ?』
「勝手に俺に対して不満募らせて別れるとか言ったら許さないんだから」
『そんなこと』
「あるでしょなまえ」


いつの間にかさっきまでの穏やかな空気がピリピリとしたものに変わっている。徹の声色もいくらか低くなったようで、今度は私が驚くことになった。


『怒らせるつもりは無かったんだけどごめんね』
「俺は怒ってないよ」
『ならどうして』


徹の言ってることが無茶苦茶で驚きと困惑が混じる。不満を募らせて別れるだなんてそんなことしないよ。それなのに徹はそれをあることだと思ってる。どうしてそんなことを言うのかと隣を見れば不満そうな表情をしていた。それのどこが怒ってないって言うの?


「俺ずっと不思議だったんだよね」
「何が?」
「なまえって嫌だって言わないでしょ?誰に対してもそうだから性格だと思ってた」
『性格だよ、多分』
「でも最近は違うのかもって思ってるの俺は」
『考えすぎだって』


確信しているかのように徹は言葉を続ける。だってそんなこと言われても、そうだよだなんて言えない。ついさっき徹が徹だから優しく出来るって伝えたばかりなのに。
誤魔化すことしか出来なくて、繋がった手を握る力が緩んだ。その手を逃すことなく徹が強く握りしめる。


「俺はね、優しくなくてもなまえのこと好きだよ」


ゆっくりと先程とは違う穏やかな声色で徹が言った。それはまるで幼子に言い聞かせるかのような優しい声で、私の気持ちを見透かされてる気がして言葉に詰まる。


「なまえのことだから俺の言ったこと律儀に守ってるんだろうけどさ、もう少し肩の荷下ろしてもいいんじゃない?」
『でも徹は』
「優しくて怒らなくて穏やかさんななまえを好きになったのはほんと。告白した時にそうやって言ったしね」
『やっぱり』
「あのさ、あれからもう一年以上経つんだから俺の気持ちだって変わるよ。だから別に無理しなくてもいいんだって」
『無理してないよ』
「なまえが俺のこと理解してるように俺だってなまえのこと多少は分かるようになってきたんだからね。ほらほんとのこと言ってよ」


さっきまでピリピリしてたのに、今や徹は優しく優しく言葉を紡ぐ。耳をくすぐるこの大好きな声に抗える気は全くしない。こんな風に徹に優しく言われたら誰だって話してしまうと思う。


『徹の一番で居たい』
「一番も何も二番なんて居ないよ」
『そのために優しい自分で居たかったから』
「勘違いさせたのは俺だしなぁ。そこはごめんね。けどさ、俺がなまえに甘えてるようになまえだって俺に甘えていいと思うんだよね。じゃないと寂しいし」
『あま、える?』
「ワガママとか嫌なことを嫌だって言うのも相手に甘えてるってことだし」


「だからほら、たまには甘えていいしワガママだって言ってみなよ。俺が好きなのは優しくしてくれるなまえなんじゃなくてなまえ自身なんだから」


促すように囁かれて小さく息を吐いた。あれだけ優しい自分で在りたいと思ってたのに、徹がいとも簡単にそれを解してしまう。私のことを多少分かってるって言ったけど全部理解してるじゃないか。その事実に思わず笑みが溢れた。


『徹には敵わないなぁ』
「俺はねなまえの自慢の彼氏だから」
『徹が周りからモテるのも、告白やラブレターに対してちゃんと向き合うとこも好きだよ。でもね、好きだけど嫌だなぁって思っちゃうの』
「あれ?なまえのためにやってるってのもあるんだけど」
『え?』
「俺のこと好きな女の子達をぞんざいに扱っちゃったらさ、もしかしたらなまえが嫌な思いするかもしれないでしょ?」
『そう、なのかな』
「分かんないけどねー。それならちゃんと向き合った方がいいかなって思ってさ」
『そっか』
「とりあえず嫌なことは嫌って言えるようにしてよ。俺だけワガママ言うとマッキー達うるさいんだから」
『えぇ、なにそれ』
「なまえのこと大事にしろってうるさいんだよ。こんなに大事にしてるのに失礼しちゃうよね」
『優しいよね花巻君達って』
「岩ちゃんだって色々言ってくるんだからね」


徹がこうやって言ってくれるのだからもう無理するのは止めよう。いきなり性格は変えれないけど徹には嫌なことを嫌だと伝えることにしよう。優しくない私でも好きだと言ってくれたのだから。繋がった手に力を込めると徹が微笑んでくれた。それは出逢った時と変わらない優しい優しい笑顔だった。


相良様リクエスト。
短編の及川さんと似たような話になってしまいました(´・ω・`)次のリクエストもお待ちしてますね( ・∀・)ノ遅くなってすみませんでした!
2019/05/31
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