6・『幸せ』という言葉だけでは足りないくらい、君は僕に幸福をくれた。
「もしもし?どうしたのなまえ」
『あ、研磨?あのね陣痛来たから今から病院行くの』
「え」
『研磨のお母さん来てくれるみたいだから心配しないでね。じゃ、頑張ってくる!』
「ちょ、なまえ?なまえっ…」


仕事中になまえからの電話なんて珍しいなとは思ったけどそれはまさかの陣痛が来たって報告の電話だった。
俺、言いたいこと何にも言えなかったんだけど。
「頑張れ」くらい伝えたかったのに電話は早々に切れてしまったのだ。
相変わらずなまえは俺の話を最後まで聞かないよね。


「孤爪どーしたー?カミさんからかー?」
「陣痛来たって報告でした」


俺が淡々と告げたせいか職場は何故か大盛り上がりだった。
俺の奥さんの出産ってだけなのにお祭り騒ぎにまで発展している。
上司が差し迫った仕事は無いからとニコニコ顔で早退の許可までくれた。
俺が行っても出来ることは少ないから別に帰してくれなくても良かったのに。
これもなまえから言われたことだった。
無事に産まれて来てから病院に来てくれればいいって。研磨は仕事を頑張ってくれたらそれでいいって。
うちの母親が居てくれるからってのもあるんだろうけどなまえは俺に極力負担をかけないようにする。それは昔から変わらない。
そう考えるとなまえと出会った頃が懐かしいなぁ。


なまえとの出逢いは高校2年の春。
翔陽と出会った時になまえもそこに居た。
翔陽が一人暴走して走ってたその後ろになまえも自転車に乗って居たんだ。
翔陽に負けじ劣らずなまえも人見知りをしない似たような性格をしていてそれで仲良くなったんだった。
まぁなまえとは同い年だったしゲームの話で盛り上がったってのもあるけど。


「日常生活でもRPGみたいなこと考えてる」
『ほんとに!私もだよ!今日はねラスボスから逃げた』
「ラスボス?」
『教頭!』
「何したのなまえ」
『べ、別に何にもしてないよ!』
「それラスボスから逃げる理由無いでしょ?」
『体育館のドアを開けっぱなしにしてたら通りすがりの教頭に流れ球が当たりまして』
「それよく逃げれたね」
『逃げきる寸前で捕まりました』
「逃げきれてないよねそれ」
『ぐ。でも召喚したし!』
「誰を?」
『え、武ちゃん』
「あーそれで勝てたの?」
『ギリギリの攻防の末に何とか!カツラも無事だったし』
「それなら良かったね」


オンラインで一緒にゲームしながらSkypeで会話をするのもいつの間にか日常になっていた。
なまえとならいつでも楽しく会話出来てたなぁ。


『研磨』
「何」
『大学そっちに行こうかと思って』
「東京?」
『うん』
「何で?」
『何でって研磨が好きだから』
「は」
『え』
「それどういう意味で言ってるのなまえ」
『そんなの1つしか無いよね』
「あそ」
『えっ』
「来たいならくればいいよ。その方が沢山遊べるし」
『じゃあそうする!』


捻くれた返事だったとは今でも思ってる。
そんな俺に臆することなくなまえはいつだって隣に居てくれた。
いつだったかクロに言われた言葉を思い出すなぁ。


「研磨、お前さなまえちゃん居て良かったよな」
「何でさ」
「なまえちゃんだからグイグイ来られても嫌じゃ無かっただろ?他は大体嫌そうな顔してたし」
「単に人見知りなだけだし」
「だからそのお前の人見知りの壁突破出来たの女の子じゃなまえちゃんだけだろって話」
「別に。そんなの分かんないし」
「いーや、なまえちゃん居なかったらお前絶対に結婚出来てないからな」


クロに言われたことが悔しくてその時は素知らぬフリをしたけれど間違ってないと思う。
なまえだからこんな人見知りな俺でも一緒に居てくれたし仲良く出来たしこうやって今があるんだと思う。


「あら研磨早かったのね」
「上司が帰っていいって」
「初産だから時間かかるわよ」
「明日も有休使っていいって」
「ほんと良い会社に入れて良かったわねぇ」
「ちょっと煩いけどまぁ良い会社かも」
「やりたいことやれてるものね」


なまえはまだ陣痛室にいるらしい。
顔を出そうとしたのに母親に止められた。
どうやら俺は入れるなとなまえに強く言われたみたいだ。
そう言えば立ち会い出産もなまえは断ってた気がする。
俺そんなに頼りないかな?そんなことないと思うんだけど。


「立ち会い出産でドン引きしちゃう旦那さんも多いんですって」
「は?」
「そこから奥さんを女として見れなくなったりするみたいよ」
「別にそんなこと」
「研磨には可愛い奥さんで居たいからって言ってたわよ。ほんっと良いお嫁さん貰ったわねぇ」


うちの母親は隣でニコニコしてたけど勝手過ぎるでしょそれ。
陣痛室に入ってって一言言ってやろうかと思ったけど止めておいた。
なまえが一人で頑張るって言うのならそれを尊重してあげた方がいいと思ったんだ。
出来ないことを出来るってなまえは言わない。
ならここで待ってる方がいいんだと思う。


『研磨!?な、どうしてここに』
「あら、ついに分娩室に移動なのね」
「旦那さんですか?立ち会い出産は」
『ぜぇったいに嫌!』
「らしいので俺はここで待ってます」
「そうですか。じゃあ行きましょうね」
「なまえ、頑張れ。俺ここで待ってるから」
『任せといて!』


陣痛室から出てきたなまえは俺を見て驚いたようだった。
いつもならまだ仕事の時間だもんね。
看護師さんに手を引かれてゆっくり歩いている。立ち会い出産のことを聞かれても即拒否だったから俺は大人しくしてることにした。
そんなに立ち会い出産って良くないのかな?
翔陽は感動したって言ってた気がするのにな。


それからどれだけ時間がかかったのだろうか?
凄く長かったようであっという間だったような気がする。
分娩室から赤ちゃんの泣き声が聞こえて母親と二人立ち上がった。


「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」


そう言われて何故か頭が真っ白になった。
母親が隣で喜んで居たのは分かる。
その内容も分からないくらいに俺の頭は真っ白になった。


『あ、研磨!見て可愛いよ!私と研磨の赤ちゃんだよ!』


母親と看護師さんに連れられて分娩室に入ると汗だくななまえが赤ん坊を抱いていた。
俺となまえの赤ちゃんだ。
促されるままにそのちっちゃな赤ん坊を自分の手に抱く。
元気な泣き声が聞こえて俺の世界に色が戻ってきた。


「なまえ、ありがと」
『研磨?どうして泣いてるの?』
「あら、男の子なのに情けないわねぇ。お父さんそっくりよ研磨」
「分かんないけど、でも俺凄い幸せだって思って」


何故か自然と涙が溢れてきた。
過去になまえの前で泣いたことなんて一度も無かったのに。
けれどなまえと腕の中の小さな赤ん坊を見てたら何かが込み上げてきてそれが溢れ出したんだと思う。


クロの言う通りなまえが居なかったらきっと人見知りな俺は結婚出来てなかったと思う。
そしたらこの今の幸せも無かったんだろう。
俺はなまえからどれだけの幸福を貰ったんだろう。
それはきっと「幸せ」の二文字では到底現すことは出来ないような気がするのだった。


ベル様リクエスト。
孤爪研磨で、関係は夫婦、第一子が誕生するお話とのリクエストでした。
ねこねこ以外では初めての研磨のお話で書いててドッキドキでしたが楽しかったー!
素敵なリクエストありがとうございました!
2018/08/21
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