1・君との出会いが僕の幸運の始まりだったのかもしれない。
「お前なんか今日ムカつく顔してるよな」
「は?岩ちゃん!?久々に会っておいてそんなこと言うのは酷いよ!」
「や、何かムカつくんだよ」
「他に言うこと無いの!?」
「顔がだらしないんだなきっと」
「ちょ!今のとこ悪口しか聞いてないよ俺!」


大学3年の春。
久々に岩ちゃんと飲むことになって待ち合わせたのに会って早々にこれだ。
もっとお互いの近況とかを話すんじゃないの普通はさ。
適当な居酒屋へと入って生ビールを2つ頼む。
未だにビールが美味しいとは思えなかったけど『こういうのは雰囲気が大事ですよ』って彼女が笑うから居酒屋に行ったらとりあえずビールって図式が俺の中に出来上がっていた。


「岩ちゃんは最近どうなのさ」
「まぁぼちぼちだな」
「彼女とは?仲良くしてる?」
「当たり前だろ。お前と一緒にすんなよ」
「俺だって最近は彼女と仲良くしてるもんね!」
「みたいだな」


ホタルイカの沖漬けをつつきながら岩ちゃんが穏やかに言った一言にちょっと驚いた。
岩ちゃんに彼女の話はまだしてないはずなんだけど。


「松川から聞いたんだよ」
「あぁ、そういうこと」
「やっと及川が落ち着きそうだって喜んでたぞ」
「何それ。今まで落ち着いてなかったみたいじゃん!」
「そうだったろ。来る女来る女食いまくってその癖全然幸せそうじゃなかったじゃねーか」
「…そんな風に見えてたの?」
「口出しはしなかったけどな。お前、周りの男からの評判最悪だったぞ」
「そっか」
「前の話だからな」


岩ちゃんの言ってることは間違ってない。
高校の時からずっとそんな感じだった。
今の彼女に出逢うまで俺の周りの女の子達って俺のことアクセサリーみたいなものとしか見てなかったから。
俺だって女の子のことをそういう風に見ちゃうよね。


「それで」
「今の彼女と付き合って落ち着いたんだろ?浮気もしてねえって聞いたしな」
「浮気する気も起きないからね」
「良かったな」
「うん、ありがとう」


岩ちゃんが生ビールのジョッキを軽くこちらに向けるから俺もそれに倣ってカチンとジョッキを鳴らした。
どうやら親友はずっと俺のことを心配してくれてたらしい。
それならそれでもっと早く言ってくれたらいいのにね。
何も言わずに見守るだけとか岩ちゃんらしい。
なりふり構わず怒られたのは中学の時のあの一件くらいだろう。


「今度会わせろよ。お前の自慢の彼女」
「岩ちゃんにー?惚れないようにしてよ?」
「バーカ。彼女いるっての」
「冗談だって!ちょ!蹴らないで!」
「彼女居なくてもお前の彼女に手なんか出すかよ」
「うん、知ってる」


お互いの近況報告をして後はいつものくだらない馬鹿話をして岩ちゃんとの飲み会は終わった。
最後は今度青城バレー部集めて飲み会しようって話に落ち着いたんだ。


「なまえさん、たーだーいーまー」
『徹君、おかえりなさい』
「岩ちゃんがねー今度なまえさんに会いたいってさ」
『岩ちゃんさん?あ、幼馴染みの方ですね』
「岩ちゃんさんっていつも思うけどちょっと変じゃない?」
『えぇと、そしたら岩泉さん?』
「普通に岩ちゃんでいいよ!」
『会ったこともないのに駄目ですよ』


なまえさんは俺より2つ年上だ。
なのに出逢った頃からずっとこの話し方でそれは付き合ってる今も変わらない。
何回もラフに話してほしいってお願いをしたのにこの話し方が染み付いてるみたいだった。
ソファに座って寛ぐなまえさんの隣に座ってその膝へと頭を乗せる。
膝枕なんてなまえさんと付き合う前はしてもらったことがなかった。
それまで付き合ってた女の子達は自分達ばかり甘えて俺が甘えることを許さなかったから。
なまえさんはそういう俺の気持ちによく気付いてくれる。


『飲み過ぎました?』
「んーん。こうしたかっただけー」
『耳掻きしましょうか?』
「今日はいいや」
『そういえばこないだしたばっかりですね』
「なまえさんはさ、俺のどこが好きなの?」
『突然ですね』
「知りたいから」


クスクスと頭上から笑い声が聞こえる。
俺の髪の毛を優しく梳きながらなまえさんは少し考えてるみたいだった。


『放っておけない所?』
「俺やっぱり頼りない?」
『そんなこと無いですよ。でも徹君に必要とされると嬉しいです』
「なまえさんが居ないとさ、困っちゃうよ俺」
『徹君にそう言ってもらえて光栄ですよ』
「なまえさんが見付けてくれて良かった」
『懐かしいですねえ』


なまえさんと出逢ったのはしとしと雨の夜だった。
珍しく一人で雨に降られてたんだ。
傘を買えば良かったのに何となく雨に濡れたくてフラフラ歩いていた。


『あの、風邪をひきますよ』
「え?」
『突然すみません。その寒いんじゃないかと思って』
「雨に濡れたい気分なんだ。だから気にしないで」
『駄目ですよ!風邪を引いて肺炎になって死んじゃうかもしれないですから』
「うーん。じゃあさ、俺のこと拾ってよ」
『いいですよ。うちが近いから行きましょう』
「へ?」


最初は冗談のつもりだった。
いつも逆ナンしてくる女の子達とは真逆でおとなしそうな彼女を少しだけからかってみたくなったんだ。
あっさりと俺の提案に了承して歩き始める彼女に拍子抜けしたのを覚えている。


(結局この人も他の女の子と一緒かぁ)


がっかりしながらも暇だったから俺は彼女に付いていった。
家に帰るのが面倒だったし『風邪を引いて肺炎になって死んじゃうかもしれないですから!』と真剣な眼差しで俺に訴えた彼女の表情が頭から離れなかったんだ。


『はい、着替えとタオルです。お風呂にどうぞ入ってくださいね。布団も敷いておくので』
「一緒に寝てくれないの?」
『寝ないですよ』
「え?」
『一人で寝れないですか?それならいいですけど』
「いや、大丈夫」


家に着いててきぱきと俺に指示を出していく。
一緒に寝ないとあっさり言われてまたもや俺は拍子抜けしたんだった。
促されるままにお風呂に入ってホットミルクを飲まされる。
仄かに甘くてそれはとてもホッとする味がした。
その夜はなかなか寝付けなかった。
彼女のことが気になって仕方無かったんだ。
名前は?年齢は?おとなしそうなのにこうやって男を連れ込んでるの?なのに何故何も求めてこないの?
聞きたいことが沢山あった。


『寝れませんか?』


何度目の寝返りを打った時だっただろうか?
彼女から俺に声をかけてきた。
てっきり寝たと思ってたから凄く驚いた様な気がする。
結局彼女も俺のことを意識して寝れないのかな?とか自惚れたことを考えた。


「枕が変わっちゃうとなかなかねー」
『寝かしつけてあげましょうか?』
「え?」
『大丈夫ですよ。眠るまで隣にいますから』


寝かしつけてあげましょうか?の言葉に再度びっくりした。
何をするつもりなんだこの人はって思ってたのに彼女は俺の隣に横になるとポンポンと優しく俺の腰辺りをゆっくりと叩きはじめた。
期待外れのその行動に三度目の拍子抜けをしたんだった。


がっかりしたはずなのにその規則正しく叩かれる感触がだんだん心地好くなっていつの間にか俺は寝てしまっていた。


『おはようございます』
「おはよう」
『朝御飯いかがですか?』
「食べる」
『先に顔を洗ってきてくださいね。歯ブラシも用意してありますから』


朝、味噌汁の食欲をそそられる香りで目が覚めるとちょうど彼女が朝御飯を用意してる所だった。
言われた通りに顔を洗って歯みがきをして戻ると俺の分までちゃんと料理が並んでいた。
これぞ日本の朝御飯の見本!みたいな感じだった気がする。
二人で並んで朝御飯を食べ終わった所で俺は昨日疑問に思ったことを彼女へと聞いてみた。
彼女はその質問にどれも丁寧に答えてくれた。


名前はみょうじなまえ。
年齢は俺の二歳年上。
男を家に連れ込んだりは普段しない。
着替えや食器や歯ブラシはたまに泊まりにくる兄のもの。
何故俺を拾ってくれたのか。


『拾ってほしそうな顔をしてたので』


そうやって言って彼女が優しく微笑んだ瞬間に俺は恋に堕ちたのかもしれない。
俺のことを何でも分かってくれそうなあの微笑みは正直ズルいと思う。
それからは彼女の家に入り浸った。
女の子達と遊ぶのも止めた。
それよりも彼女と一緒に居たい。
なまえさんのことが知りたかったから。


勇気を出して告白した時には出逢ってから半年以上が経過していた。


「なまえさん」
『何ですか?』
「俺と付き合って。なまえさんのこと好きだから」
『え?』
「え?」
『あ、すみません。そうですね私達まだ付き合ってなかったんですね』
「それって」
『私、徹君を拾った時からそのつもりだったんですみません』


なまえさんには驚かされてばかりだ。
俺を拾った時からそのつもりだったとか俺が半年以上我慢してモヤモヤしていたのは何だったのか。


『私、徹君の切なそうな横顔に一目惚れしたんですよ』


落ち込む俺の頭を撫でてなまえさんがそう優しく告げた。
そうか、あの出逢いから俺達は始まったんだね。
なまえさんに見付けてもらったあの日から俺は変わったんだと思う。
女の子に甘えてもいいって教えてくれたのはなまえさんだしカッコ悪くてもいいよって言ってくれたのもなまえさんだ。
今俺が幸せなのもなまえさんのおかげなんだろな。


ひかり様リクエスト。
及川徹。
及川さんってだけで他に何も無かったんだけど成人年上彼女設定で良かったかな?次回はもっと細かくリクエストくださってもOKですからね!リクエストありがとうございました!
2018/04/11


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