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赤葦さんは私のことを苦手だと言って修学旅行に旅立ってしまった。理由すら聞けなかった。
あんな風に面と向かって誰かに苦手だと言われたのは初めてのことで少しだけ落ち込んだ。
木兎さんと赤葦さんのことを苦手だと公言しているのにいざ自分が言われたら落ち込むなんて身勝手だとは思う。
赤葦さんが居ないため木兎さんもいつもより少しだけ元気が無いようにみえる。
ほんの少しだけ。
「なー!木葉ー!後ちょっとだけ!」
「さっきもそう言ったろ。俺疲れたって」
「なーんか納得いかないんだって!」
「赤葦じゃねーんだから俺に正確なトス求めるなよー」
「俺このままじゃ帰って寝らんない!」
「あーじゃあたまには華にあげてもらえよ」
『は?』
元気が無いように見えたのももしかしたら気のせいだったのかもしれない。
全体練習後にはいつも通りだった。
赤葦さんの代わりに木葉さんに自主練を手伝わせていたけどどうやら木葉さんも限界らしい。
逃げようとしたのに木葉さんに捕まって仕方無くボール拾いを手伝っていたらとばっちりがこっちに飛んできた。
「華にー?」
「山なりにボール出しくらい出来るだろ」
『嫌です』
「そんなこと言わずに木兎に付き合ってやれよー」
「華ー5球でいいから頼むよー」
『えぇ』
「ボール投げるだけだろ?何が不満なんだよ。ボール拾いより楽だろ?」
『そうですけど。ほんとに5球で終わります?』
「満足するスパイクが打てたらな!」
『絶対に終わらないですよね』
そんなの絶対にごめんだ。
最後のボールを籠へと放り投げ帰ることにする。
バレーはもう絶対にしないって決めたんだから。
「華ー!1球でいいから頼むよー」
木兎さんの行動力ってのは本当に凄いと思う。
体育館から出る前に腕を掴まれてしまったのだ。
振り払うのはさすがに失礼だろうと思って我慢した。
「1球でいいから付き合ってやれよ」
『……本当に1球だけですからね』
「おー!ありがとな!」
『木葉さんもボール拾いしてくださいよ』
「それくらいならしてやるよ」
仕方無い。適当に山なりにボールを投げてしまえばきっと木兎さんも諦めてくれるだろう。
小さく溜め息を吐いてコート内のいつもは赤葦さんがいる場所へと立つ。
ここに立つのは久しぶりだ。
マネージャーになってからも極力コート内には入らないようにしていたから。
木葉さんからバレーボールを受け取る。
「いつでもいいかんな!」
「俺もいつでもいいぞー」
『本当に1球だけですからね』
さっきまでボール拾いで触ってたのにコート内で触れるバレーボールは何だかいつもと違ってみえた。
何だか背中がゾワゾワする。
なんだろうこれ?早く終わらせてさっさと帰ってしまおう。
『じゃ、いきますね』
「いいぞー!」
適当に放り投げようとしたのに両手でボールに触れると身体は自然に反応した。
気付いた時には木兎さんの打ちやすい高さとちょうど良いネットからの距離の場所へとトスを上げてしまったのだ。
綺麗な放物線を描いてボールが飛んでいく。
それを木兎さんがこれまた綺麗なフォームで嬉しそうに打ち抜くのが見えた。
私今、トスをあげちゃったよね?
普通に放り投げる予定だったのに。
あんなにバレーはしないって決めたのに。
絶対にしないって誓ってたのに。
「なんかすげー気持ちよく打てた!」
「赤葦みたいなトスだったなー」
『…………』
「華!また今度トス上げてくれよ!」
「本当に木兎が1球で満足したとかすげーな」
『たまたまですよ、お疲れ様でした』
「あ、おい!ちょっと待てって!」
「気を付けて帰れよー!ありがとなー!」
後悔?贖罪?悲哀?
色んな気持ちでぐちゃぐちゃして泣きそうだった。
そんな所誰にも見られたくなくて足早に体育館を後にする。
どうしてこんなことで泣きそうになったのだろう。
私はお姉ちゃんが死んだ時も泣かなかったと言うのにだ。
着替えて誰にも出会うことなく家へと帰ることが出来た。
『ただいま』
「あらおかえりなさい!ちょうど良かったわ!」
『どうしたの?』
「夕飯作ってるのだけど結真がくずるのよ。ちょっと散歩がてらお醤油買ってきてくれないかしら?」
『コンビニでもいい?』
「大丈夫よ。ベビーカー乗せたら大丈夫だと思うから」
『分かった。着替えてから行ってくる』
家に辿り着いた所でやっと落ち着けた。
ホッとしたのも束の間、お母さんにお使いを頼まれたので結真を連れてコンビニまで出掛けることにする。
結真がぐずって夕飯も作らなきゃでお醤油が切れたとかさすがの母も大変だろう。
『結真ーお散歩行くよー』
さっきまでベビーベッドの上でぐずって泣いていたのにベビーカーに乗せたらピタッと泣き止んだ。
結真は本当にベビーカー大好きなんだなぁ。
このまま寝てくれると一番良いんだけどな。
あぁでもそろそろ結真もお腹が空く時間かも。
泣き出す前に帰らないとな。
近所のコンビニへと着いた。
ここは今時入口が自動ドアじゃない。
一人の時は別に気にならないけどベビーカーだと少しだけ面倒だ。
と、ちょうど中から男子高生が出てきた。
見たことない制服だ。
「どうぞ」
『ありがとうございます』
その彼が扉が閉じないように支えてくれた。
軽く会釈をしてコンビニへと入店する。
醤油とアイスも買っちゃおうかな。
それくらいはきっと許されるはず。
さっさと会計を済ませて外へと出る。
帰りは店員さんが扉を開けてくれた。
「あの」
『はい』
「どっかで会ったことありませんか?」
『ごめんなさい。無いと思います』
「そうですよね。多分記憶違いみたいです」
さっきの扉を支えてくれた男子高生がまだ外に居た。
不思議に思ったけどどうやら数人でコンビニ前に居たみたいだ。
待ちぶせとかじゃなくて良かった。
彼のことはどう考えても見たことが無かったので丁寧に謝っておいた。
木兎さんにも似たようなこと言われたけど彼はそんな風にナンパするタイプには見えないんだけどな。
「突然ごめんなさい」と告げて彼は友達らしき人達の元へと戻っていった。
こんな短期間で二人にナンパされることなんてそうないんだけどな。不思議だよね。
まぁ、いいか。アイスが溶けてしまうし遅くなると結真がお腹を空かせてしまう。
急いで帰らないとな。
トスを上げてしまったことはまた部活の時にでも考えよう。
のらりくらりしてしばらくは誤魔化せばどうにかなるだろう。
さくさくとここから進んでいくかもしれない。
うちでは珍しいネガティブ寄りの夢主だよねぇ。
2018/05/02