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結真は父の養子に入った。
戸籍上は父と母の子供だ。
二十歳でお兄ちゃん達を産んだお母さんはまだ若い。
環境も変わったしそれが結真にも一番良いってことになった。
そんなことは分かってる。
それでも周りの家族達がお姉ちゃんを忘れていく様な気がして私は怖かった。


『お兄ちゃん帰ってくるの?』
「部屋が余ってるからね。お父さんも仕事が忙しくてうちには居てくれないし。男手は必要でしょ?」
『結真のためだね』
「お母さんももう若くないからねえ」
「母さんはまだまだ若いよ。それにここのが大学に近いんだよ」
『そっか』
「華は?学校どう?」
『ぼちぼちかな』
「部活は決めたの?」
『結真もいるし帰宅部でいいかなぁって』
「バレーボールは?中学で頑張ってたじゃない」
『バレーはもうしない』
「あんなに頑張ってたのに?」
「そうだぞ勿体無い」


結真の泣き声で母が席を離れた。
今はお兄ちゃんと二人だ。
この時間だときっとお腹が減ったんだろうな。


『お姉ちゃんのこと思い出すから』
「そうか。俺も帰ってくるし結真のことは気にせずに何か部活に入れよ」
『考えとく』
「華」
『何?』
「お前さ、色々溜め込むなよ」
『大丈夫だよ』
「ちゃんと話せよ」
『分かってるよ。課題やってくる』


お兄ちゃんと話してるのが少しだけ辛くて自室へと逃げた。
前向きに歩き出そうとしている家族にこの私の後向きな気持ちは言えない。


「篠宮、部活の入部届け出して無いのお前だけだぞ」
『帰宅部で』
「お前何言ってるんだ。うちの高校は1年は強制だぞ。入学式の時に説明しただろ」


帰り際、担任に呼び止められた。
部活が強制だったなんて聞いていない。
や、説明したのなら私が聞いてなかったのか。


「何でもいいから適当にどっかの部活入部しちまえ。今日中に俺に持ってこいよ」
『え』
「今月いっぱいまでだけど明日からGWだろ?頼むな」


それならもっと早く教えて欲しかった。
ご丁寧に担任は入部届けの紙を私に手渡して教室を出ていった。


『どうしよう』


部活に入るつもりは全く無かったからこの高校にどんな部活があるのか全く知らない。
部活紹介もあったはずだけど全然覚えて無いし。
適当に入部して失敗したくないし。


「あの篠宮さん」
『はい?』


教卓の前で立ち尽くしていたら目の前の席の男子生徒が私の名前を呼んだ。
えぇと名前なんだっけ?
教卓より一段下にいるのに彼の身長は私より随分高い様に見えた。
これでも165センチあるのにだ。
何か用だろうか?


「部活悩んでるならうちの部活のマネージャーにならないかな?」


彼は酷く言いづらそうにそう言った。
マネージャーと言うことは運動部なんだろうな。


「あの、今のマネージャー二人とも3年だから1年から勧誘してこいって言われてて。急にごめん」
『えぇとおもなが君だっけ?』
「尾長」
『ごめん。尾長君ね。背が高いからバスケ部かな?』
「バレーだよ」


バレーなのか。
もうバレーはしないって決めてたのに。
縁があるのかなんなのか。
今日中にあちこち見て回るのも嫌だしマネージャーならいいかな。
お姉ちゃんもきっと許してくれるはずだ。


「とりあえず見学でもいいから」
『分かった』
「へ?」
『マネージャーやるよ』
「いいの?」
『尾長君が誘ったんだよ』
「そうだけど、見学してからでも遅くないよ」
『大丈夫。これも縁だから。入部届け職員室に出してからでもいいかな?』
「うん、まだ時間はあるから」
『ありがとう』


尾長君と職員室に入部届けを提出しに行ってから男子バレー部の部室へと案内してもらう。
運動部に力を入れてる学校なだけあるなぁ。
体育館いくつあるんだろ?
グラウンドも第3まであるって聞いた気がする。
先に尾長君が部室へと入っていった。
中から騒がしい声が聞こえる。


「新しいマネちゃん!?」


部室のドアがけたたましい音を立てて開いたと思ったらこれまた賑やかしい人が勢いよく出てきた。


『どうも』


尾長君しか知らないのにどうしたらいいんだろうかこの状況は。
とりあえず挨拶をして頭を軽く下げる。


「俺!主将の木兎な!」
「おい木兎!勢いよく出ていきすぎだろ」
「尾長が新しいマネちゃん連れて来たとか想定外だったよなー」
「誰か赤葦かマネージャー呼んで来いよ」
「俺行ってきます」
「お、尾長宜しくな」


ぞろぞろとその後ろから顔を覗かせる。
最後に尾長君の顔が見えて少しだけホッとした。


「マネちゃん名前はー?」
『尾長君と同じクラスの篠宮華です』
「んじゃ華!これから宜しくな!」
『はい、こちらこそ』


木兎さんと言う人は初対面から遠慮ってものが無いらしい。
ずいずいとこちら側への距離を縮めてくる。
前はこういう人も好きだった。
けれど今の私には苦手な部類の人間だ。


「あれ?ねえ俺とどっかで会ったことない?」
「木兎、初対面でそれはどうかと思うぞ」
「や、ちげーって!どっかで見たことある気がするんだよなー!」
『中学まで宮城だったので人違いだと思います』
「宮城!?んじゃ俺の人違いかぁ」
「ナンパかよ」
「ほんとにどっかで会ったことある気がしたんだって!」
「こーらー!新しいマネちゃんに絡むんじゃないの!」
「説明しとくからさっさと練習に行く」
「へーい」
「ちゃんと後から皆にマネちゃんの紹介させろよ」
「分かったから。赤葦がもう待ってるよ」


新手のナンパかと思ったからびっくりした。
宮城と東京じゃ離れてるし人違いだと思う。
マネージャーらしき二人が来てくれたおかげで助かった。


「私は3年の雀田かおりね」
「同じく3年の白福雪絵〜」
『1年の篠宮華です』
「これから宜しくね」
「今日は説明しながら見学ってことでもいいかな?」
『はい』


二人に付いてマネージャーの仕事を説明してもらいながら部活を見学する。
初日だったけど言われなくても分かった。
ここ全国クラスのレベルだ。
うちの中学も男女共にバレーボールが強かったから分かる。
勢いで入ったことを少しだけ後悔した。


「GWの予定は?」
『特に無いです』
「じゃあ明日から大丈夫かな?」
『はい』
「赤葦ー新しいマネちゃん入って良かったなー!これで来年も安心だぞ!」
「来年のことより今年のこと考えてください木兎さん」
「気が早すぎるだろ木兎」
「まだまだ私達もいるんだからねー」
「そうだぞ木兎〜」
「来年マネージャーが居なかったら困るのはお前らだぞ!」
「その時はその時ですから」
「華ちゃんが入ってくれたんだからその話はもういいでしょ!」
『明日から宜しくお願いします。お疲れ様でした』
「あ!」


去年だったら居心地の良かった喧騒も今じゃ楽しめない自分がいる。
空気を壊したく無かったからさっさと帰ることにした。
結局は空気をぶち壊してしまったのかもしれないけれど。


『ただいま結真ー』
「珍しく遅かったのね」
『部活が強制だったの』
「あらそうなの?で、結局どこに入ったの?またバレーするのかしら?」
『男子バレー』
「え?」
『マネージャーやるの』
「女子バレーにすれば良かったのに」
『いいの』
「華は頑固ねえ。お父さんに似たのかしら?」


二人に似たんだと思うよ。
私からしたらうちの家族は皆頑固だ。
結真の頬をふにふにと人差指で触る。
何も考えることの無いこの無垢な赤ん坊が少しだけ羨ましい。


「華ー入るぞ」
『どーぞ』


夕食を終えて自室でGWに出された大量の課題を消化してるとお兄ちゃんの声がした。
今日の昼に引っ越しって言ってたもんな。


「お前また勉強してんの」
『課題が沢山あるんだよ』
「部活に入ったんだろ。母さんが言ってたぞ」
『男バレのマネージャーだけどね』
「いいじゃん。彼氏でも作っちまえよ」
『無理』
「そんな決め付けるなよ葉月だって」


お姉ちゃんの名前が出てベッドに座っているお兄ちゃんを咄嗟に見てしまった。
お兄ちゃんはお兄ちゃんでしまったと言うような顔をしている。


『お兄ちゃんは知ってるの?』
「何をだよ」
『結真の父親のこと』
「詳しくは知らない」
『嘘だ』
「ほんとだよ。アイツ何にも残していかなかったんだよ。写真も連絡先も」
『うそ、だ』
「葉月が入院した時に部屋に行ったんだよ。そしたら綺麗さっぱりだった。余分なもの一切無かったよ」
『…』
「葉月からのやつ頼むから読めよ」
『嫌だ』
「俺も何があったか知りたいんだよ」
『お兄ちゃんが読めばいいよ』
「華に最初に読ませろって葉月が言ったんだよ。だから俺が先に読むわけにはいかないだろ」


そんなこと言われたって無理なものは無理だよ。
私はまだ皆みたいにお姉ちゃんの死と向き合えていないんだから。
お姉ちゃんはどうして私にあんなもの残したんだろう。


『お兄ちゃんには無かったの?』
「手紙はあったよ」
『なんて?』
「家族のこと頼むとしか書いてなかったよ。後はひたすら謝ってたな」
『そう』
「とにかくちゃんと考えてくれよ」
『分かった』


分かったって返事はしたけれど私はまだそれを読む気にはなれなかった。
机の鍵付きの引き出しに大事に大事にしまってあるけれど。


最後にもう一度話したかったよお姉ちゃん。

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