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「お前目が赤くなってんぞ。うさぎみたいだな」


迎えに来てくれたお兄ちゃんが私を見て表情を和らげた。先輩達に別れを告げて助手席へと乗り込むと何も言わずに頭をくしゃりと一撫でする。泣いたことが気恥ずかしくもあったけれどそれ以上は何も聞かれなかった。もしかしたらお兄ちゃんは最初から全部知ってたのかもしれない。けれどそのことももう気にならなかった。たった一日でここまで落ち着けるだなんて自分でもびっくりだ。まだ手記のこともあるし黒尾さんのこととある。けれどあの先輩達が居てくれるのなら大丈夫なのかもしれない。


『少し恥ずかしいかもしれない』
「何か言ったか?」
『何でもないよ』


今日あったことを思い出してぽつりと呟く。人前であんなに泣いたのも自分の気持ちを誰かに聞いてもらったのも本当に久々でそれを嫌な顔見せずに全部受け入れてくれた先輩達と尾長君の顔を順番に思い出してなんだか恥ずかしくなった。こんな感情久しぶりでそれがなんだかとてもくすぐったい。


あったかい気持ちになれたような気がした。


次の日から部活にも復帰した。八月に入ったら今度は一週間の合宿がある。また影山や黒尾さんに会うことになるけれどこないだみたいな不安もそこまでは無い。全く無いと言えば嘘になるし本当は少しだけ不安だ。けれど木兎さんが「俺達がいるから華はだいじょーぶだぞ!」って言うからそれを信じることにした。


『梟谷じゃないんですか?』
「森然に行くんだよ華ちゃん」
「埼玉県だな」
「森然は名前の通り山だからこっちよりは涼しいからな」
「とは言っても日中はあまり変わりませんけどね」
「華もちゃんと参加するしお前ら今度こそ目指せノーペナルティだからな!」
「それは無理ッス」
「尾長が珍しく即答した!」
「お前!こういうのは気持ちが大事なんだぞ!」
「ちょ、木兎さん止めてくださ」
「木兎さん、気持ちは分かりますけど俺も尾長と一緒でノーペナルティは無理だと思いますよ」


明日から合宿が始まる。今日は部活が終わって全員真っ直ぐ帰ることになった。監督が個人練を禁止したのだ。明日からハードな合宿が始まるから今日くらいはゆっくり身体を休ませろってことなんだと思う。それでも木兎さんは一人渋ったけれど。そんな全員での帰り道、木兎さんの言葉に尾長君が即返事をした。それに不服だったのか尾長君の胸元に掴みかかってがくがくと揺らしている。木兎さんは続く赤葦君の言葉に動きを止めてショックを受けた顔をしていた。


『木兎さん次第なとこありますよね』
「お前もやっと分かってきたか」
『まぁ』
「俺なら絶対に大丈夫だから心配すんなって!な?」


尾長君の胸元から手を離して得意げに木兎さんが言うも誰も返事をしなかった。気持ちは分かる。そんなこと言ってきっと些細なことで木兎さんはしょぼくれたりするんだろうから。返事が無いことを大して気にもせず木兎さんは最寄りのコンビニに「アイス食って帰ろうぜ!」と走っていってしまった。それに先輩達が小さく息を吐きながらも続いていく。呆れてるようにも見えてそれ以上に和やかな雰囲気だった。


「華さん、隣いいですか?」
『はい』
「あかぁーし!華の隣ずるいぞ!」
「木兎さんは帰りに華さんの隣座ってください」
「それならいいや」
「華ちゃんの意思はそこに無いのか」
「まぁこうでも言わないと諦めないだろうしね〜」
「帰りにはこの約束忘れてんだろ」
「もう後ろの席で小見さんと盛り上がってるッス」


尾長君の言う通り最後部で小見さんと何やら盛り上がってる声が聞こえる。私としては隣が誰でも今はもう気にならない。あ、けど木兎さんが隣だと寝れそうには無いかもな。一週間のハードな合宿が終わった帰りに木兎さんが隣なのは…ちょっと嫌かもしれない。


「華さん嫌そうですね」
『木兎さんが嫌とかじゃなくて』
「大丈夫ですよ。想像通り木兎さんは帰りのバスでも元気ですから」


表情を読み取ったのか赤葦さんが隣で意地悪そうに口元に笑みを浮かべた。赤葦さんの印象も最初の頃とだいぶ変わったような気がする。こんな風に人をからかうことも出来る人なんだなと少しだけ驚いてしまった。


『赤葦さんでも意地悪なこと言うんですね』
「それくらい言いますよ」
『…もしかして人見知りですか?』
「どうですかね」


ふと思い付いたことを聞いてみたけれど涼しい顔をして躱されてしまった。けれど間違ってないような気がする。激しい人見知りでは無いだろうけど軽くはありそうだ。もしかしたらそういうのも含めて最初はあんな態度だったのかもしれない。


『それで何かありました?』
「黒尾さんと話すときどうしますか?」
『あぁ、それですか』
「俺達が居ない時に華さんに話しかけられるよりは此方から話しに行った方が良いと思うので」
『そう、ですよね』
「誰と行きます?」
『え』
「一人ではさすがに行かせないですよ」
『いいんですか?』
「そんなことさせたら俺が雀田さんと白福さんに怒られます」


まさか黒尾さんと話す時にまで一緒に居てくれるとは思ってなくてとても驚いた。それこそこれは私の問題であってみんなは関係無い。それなのにさぞそれが当たり前かのように赤葦さんが言うのでじんわりと心があたたかくなる。それと同時に不安が少しずつなくなっていくのが分かった。


『黒尾さんと一番仲が良いのは』
「木兎さんですね」
『じゃあ赤葦さんと木兎さんで』
「雀田さん達じゃなくていいんですか」
『先輩達聞いたらまた泣いちゃう気がするんで』
「それは間違いないですね」


善は急げと言うことで初日の夜に黒尾さんと話すことになった。赤葦さんがバスの中から連絡してくれたらしい。即黒尾さんから了承の返事が届いてこれでもう逃げようにも逃げれそうにもない。けれど今日は大丈夫だ。みんなが居てくれるから私はきっと大丈夫。


「髪の毛半乾きだろ」
『急いでたので。と言うかみんなそんな感じですよ鷲尾さん』


一日の練習が終わって黒尾さんが待っている空き教室へ向かう前に全員で集まった。思ったよりバタバタしていて私だけじゃなくてみんな髪の毛は半乾きに見える。木兎さんなんて半分も乾いていない。と言うかこの人は誰なんだろう?ってくらい印象が違いすぎてびっくりだ。私のが持っているタオルを取り上げて鷲尾さんがわしゃわしゃと無造作に髪の毛を拭いてくれている。


『良いお父さんになれそうですね鷲尾さん』
「いまからそんなこと言うなよな」
「鷲尾はお父さんぴったりだよね〜」
『白福先輩もそう思いますか?』
「良いお父さんてのは誉め言葉だよ鷲尾〜」
「お前らそこはお兄ちゃんくらいにしとけ」
「良いお兄ちゃん枠は嵐士さんがいるから駄目だよ鷲尾〜」
『そうですね』


鷲尾さんが小さく溜息を吐くとタオルを私に返してくれた。だいぶ乾いたような気がするけれど今度は髪形がぐしゃぐしゃな気がする。手ぐしで整えると白福先輩もそれを手伝ってくれた。


「嫌なことは話さなくていいからね〜。赤葦が気付いてくれるから大丈夫。黒尾がしつこかったら泣いちゃえば木兎が庇ってくれるし〜」
『さすがにもう泣かないですよ』
「泣いた華ちゃんも可愛かったのに」
『黒尾さんの前ではちょっと』
「黒尾の前じゃなかったら泣けるってことかな〜」
『それは』
「珍しく白福さんにからかわれてるんスね」
『尾長君って意外と言いたいこと言うよね』
「尾長はね〜最初全然何も言えなかったんだよ〜」
「そうなるとどんどん巻き込まれることが判明したから」
『納得した』
「華さんらしくな」
『うん、ありがとう』


思えば入部してまだ三ヶ月しかたってない。けれどこの三ヶ月でみんなの印象は随分変わったような気がする。私が殻に閉じ籠ってたせいもあるんだろうけど考え方が変わるとこうも見えるものが違ってくるとは思ってなかった。


「黒尾の話が聞きたくなかったらちゃんとそう言えよ」
『何がですか?』
「お前まだ手記読んでないだろ?」
「黒尾から聞く可能性もあるだろって話」
『あ』
「だから聞きたくないなら先に黒尾に伝えておけよ」
「あいつも悪いやつじゃないからきっと華の気持ち尊重してくれるからさ」
『木葉さん猿杙さんありがとうございます』
「三ヶ月前と比べたらだいぶ成長したよな」
「無理もするなよ」
『はい』


二人に言われたことを私は全く想定していなかったから助かった。確かに手記を読んでないのにお姉ちゃんの話をされたら困る。それなら言われた通り最初にお願いするのが良いんだろう。


「あんまり気負うなよ?」
『大丈夫です』
「ま、木兎と赤葦入れば大丈夫だろ!」
「赤葦はともかく木兎が少し心配だけどね」
「雀田ー少しは木兎のこと信用してやれよ」
「してるに決まってるでしょ!ただ少しだけ心配なだけ」


小見さんの言葉に雀田先輩が即答した。先輩達はやっぱり仲良しでお互いをちゃんと理解してるんだろう。三ヶ月前に見えなかったことが今はちゃんと見ることが出来る。それがなんだかとても嬉しかった。


「華さんそろそろ行きますよ」
『はい』
「俺とあかぁーしいるから大丈夫だぞ!」
『分かってます』
「俺ら戻るけどちゃんと待ってるからな」
「華ちゃん無理しちゃ駄目だからね〜」
「黒尾さん怖くないッスから」
「もう何があっても前みたいになるなよ」
『それは大丈夫です、多分』
「お前!多分とか言うなよ!?」
「木葉、焦るなって木兎がいるんだぞ」
「俺もいますしね」
「んじゃ行くか!」


それぞれに一言ずつ貰って黒尾さんのいる教室に向かう。大丈夫、今の私なら絶対に大丈夫。自分に言い聞かせるように強く念じながら廊下を三人で歩く。


「華、眉間にしーわー」
『え』
「そんなに意気込まなくても大丈夫ですよ」
「黒尾だしなー」
『そんなに怖い顔してました』
「怖い顔ではないけど頑張らなきゃって思ってねえ?」
『それは』
「頑張る必要は無いんですよ。ただ黒尾さんとお姉さんのことを話すだけです」
「黒尾も無理して話せとは言わないだろーしな」
『先輩達ってあったかいですね』
「俺、平熱高いからな!」
「木兎さんそういう意味じゃないですよ」


赤葦さんの言葉に木兎さんが「何でだよ」と首を傾げている。本当にあったかい人達だ。それは3年の先輩達だけじゃなくて赤葦さんも尾長君も一緒だと思う。
きっと3年の先輩達のあったかさが一緒に過ごすうちに伝染するんだろう。
てことはきっと私もそのうち先輩達みたいにあったかい人になれるのかな?そうなれたらいいな。


「たのもー!」
「道場破りじゃないんですよ木兎さん。華さん行きますよ」
『はい』


木兎さんが勢いよく教室の扉を開けて中に入っていく。赤葦さんが此方を振り向いて優しく声をかけてくれた。
きっと大丈夫、私はもう迷わないし悩まない。
何があっても大丈夫。
二人の背中に付いていき教室へと足を踏み入れた。


2018/12/17

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