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━━それでも先輩達のおかげで前を向けそうな気がしてたんです。色々あったけれどバレー経験者なことがバレたりとか赤葦さんに言われたこととか私なりに色々考えてこのまま手記を読まずにお母さん達みたいに前を向いていけるかなって思ってたんです。
お姉ちゃんならそれでもいいよって言ってくれるかなって━━


「華ちゃんもういいよ」
「充分だよ」


華さんの涙は止まらない。華さんを労る雀田さん達の頬にも涙が伝っている。木兎さんは涙を隠そうともせずただ華さんの言葉に集中していた。
他の先輩達の目にも涙が滲んでいるようだ。それ以上は言わなくても分かる、けれどそれじゃきっと駄目だ。


「華さん話してください」
「赤葦!?」
「もう言わなくても充分だよ赤葦」
「それは分かってます。けどちゃんと華さんの口から聞かせてください。それがきっと一番です」
「赤葦お前」
『木兎さん、大丈夫です。私が話すって決めたから』


華さんは俯いて誰とも視線を合わさないまま小さく息を吐いた。そしてそのままぽつりぽつりと話を続けていく。


━━そうやって前を向こうとしていたのに私はあの合宿で影山に会ってしまいました。影山は中学の同級生でお姉ちゃんのことも知っています。勿論お兄ちゃんのことも。さすがに結真のことは知らないけれどお姉ちゃんのことを誰にも話してなかったから影山を見た時は心臓が止まるかと思いました。まさか東京で再会するとは思ってなくてお姉ちゃんのことを先輩達の前で聞かれたくなくて、けれど私のこんな気持ちはお構い無しに影山はお姉ちゃんのことを聞いてきて……それだけでもう私は吐きそうでした。
前を向こうとしてたのに突然こんなことを言われていっぱいいっぱいで。


そんな私に追撃ちをかけたのが黒尾さんでした。影山とお姉ちゃんのことで既に頭が真っ白になっていたのに黒尾さんがお姉ちゃんの名前を呼んで、それで全て分かった気がしたんです。どうしてお姉ちゃんが結真の父親のことを何も残さなかったのか。けどもう黒尾さんにそのことを説明する余力が私には残ってなくて結局その場から逃げました。逃げ帰って結真を見れば見るほどにそれは確信に変わって。全てが分かったと同時に何をどうしていいのか分かんなくなってバレーからも逃げることにしたんです。
みんなに何を話していいか分からなくて何かを聞かれるのも怖くて部活辞めたらそれでいいのかもしれないと思って……


こんな話人にしていいのか分からなかったんです。暗くて重くて明るい話なんて一つもなくてだから今まで誰にも話せなくてそれでそれで━━


「もういいよ華ちゃん」
「もう分かったから。大丈夫だよ大丈夫〜」


それ以上の言葉は涙声に溶けて出てこなかった。雀田さんと白福さんが華さんを両側から抱きしめている。
華さんの言うように確かに明るい話ではない、けれど高校1年生の彼女が背負うには重すぎる話だった。
俺達には聞く以外のことは出来ないけれどほんの少しでも華さんの気が楽になってくれればいいなと心から願う。


「華?大丈夫か?」
『はい。長々とごめんなさい』
「聞くって約束してたんだからそんなこと気にすんな」
「華ちゃんは?」
「大丈夫?」
『今まで誰にもお姉ちゃんのことを話したことなかったんです。あんなに大好きだったのに。だから今は話せて良かったとは思います』


話が終わって華さんが泣き止むまで俺達は黙っていた。涙を拭いて顔を上げた所で木兎さんが声をかけたのだ。


「華さん、少し嫌なことを聞きますよ」
「あかぁーしまたそれかよ」
『大丈夫です』
「黒尾さんのことはどうしますか?」
「赤葦それ今聞かなきゃいけないの?」
「そうだよ〜」
「八月に入ったらまた合宿があるんですよ先輩達。華さんがどうしたいのか確認するだけです」


酷な質問なのは分かっている。けれど華さんに部活に戻って欲しいのなら確認しとかなきゃいけない質問だ。


『……黒尾さん』
「華さんのお姉さんと黒尾さんに何があったのかは分からないです。けどそれと華さんは別です。だから話したくないのならそれでいいんです。俺達は華さんがどうしたいのか知りたいだけなので」
「合宿に参加しなきゃいいだろあかぁーし」
「結局春高の予選でも会うことになりますよ。そのたびに避けたとしても解決になりません」
「あぁ、そっか」
『結真のことは言いたくないです』
「はい」
『黒尾さんはどこまで知ってるんですか?』
「影山とは話してたので恐らくは」
『お姉ちゃんが亡くなったのは知ってるんですね』
「多分そうなりますね」


再び沈黙が続く。華さんはじっと考え込んでるようだ。華さんがどうしたいかにしろ俺達はその意見を尊重する。黒尾さんには申し訳ないけれどそう決めてあるのだから。


『お姉ちゃんの手記があるんです』
「そうやって言ってたね〜」
『あれを読む前なら黒尾さんと話せると思います……けど読んだら』
「黒尾のこと書いてあるかもしんないしな」
「そしたら話せないかもだねぇ」
『そうなります、ね』
「華さんは読みたいんですか?」
『どっちの気持ちもあります。先輩達に話せてちゃんとこうやって泣けてお姉ちゃんはもう居ないんだって実感も出来たしお姉ちゃんが何を想い何で私に手記を残したのかも知りたい』
「けれど知るのも怖いんですね?」


華さんが押し黙ったので続きを引き継いだ。俺の問いかけにゆっくりと首を縦に振る。


「そこはさ、華が読みたいって心から思った時でいいだろ!んでそん時はちゃんと俺達も集まってやるから!」
「またそんな無責任なこと言って」
「あかぁーし!無責任でこんなこと俺は言わないぞ!」
「それが五年後とかだったらどうするんですか」
「そん時はそん時で集まってやるに決まってんだろ!な!お前らもそうだろ?」


木兎さんの突拍子も無い発言に呆れて突っ込むも先輩達は違ったらしい。呆れたような表情がみんな徐々に崩れていく。


「木兎がこう言い出したら止まらないの赤葦も知ってるだろ」
「ほんといきなり凄いこと言うなぁ木兎〜」
「でもまぁ俺達がやるって言うまでしつこいからな」
「華のためにもなるしそれくらいいいだろ赤葦ー」
「ほら赤葦、アンタも諦めちゃいなさい。華ちゃんのためにもなるんだから」
「ま、木兎が言い出したことだし大丈夫だろ」
「俺も大丈夫ッス」
「先輩達もそうやって言うのなら大丈夫なんでしょうね」
「当たり前だろ!何言ってんだ!あ、ちゃんと赤葦も参加しろよ!」


みんなが木兎さんの提案に表情を和らげるから俺まで釣られて笑ってしまった。本当にこの人達には一生頭が上がらないかもしれない。
華さんからの返事が無いなと確認してみれば鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしている。


「華さん驚いてますね」
「あかぁーし!笑ってやるなって!」
「すみません、でもこんな表情を見たこと無かったんで」
『だってそんなこと木兎さんが急に言うから』


そのきょとんとした表情が高校1年生らしくてつい声を出して笑ってしまった。俺に言われたことに照れたのか今度はみるみると顔を赤くする。あぁ、これが本来の華さんなんですね。


『まさか一緒に読んでくれるとは思って無かったです』
「一人で読みたいのなら無理強いはしませんよ」
「けど一人で読んで落ち込むくらいなら呼べよ華ー!」
「木兎もこう言ってるしね」
「どこにいても駆けつけてあげるよ華ちゃん〜」
『そんなこと言われたらまた泣きそうだから嫌だ』
「今更何言ってんだ。さっき散々泣いたろ」
「鷲尾の言う通りだな」
「嫌だって言ったわりに泣いてやんの」
『木葉さんの意地悪』
「俺だけなのかよ!?」


感極まったのかまたもや華さんはボロボロと涙を溢す。先程までの辛い涙とは違ったから周りの雰囲気も穏やかなままだ。
きっともう彼女は大丈夫だろう。先輩達のことを信頼しつつあるから。


『赤葦さん』
「何ですか」
『鈴蘭の花言葉って何ですか?』
「知らないですよ」
『え、でもお土産の意味って』
「あぁ、店員さんが鈴蘭は人を幸せにするって言ってただけです」
『そうなんですか』
「その人が幸せそうに笑ってたんでお土産にしただけですよ」


華さんも落ち着いたので時間も時間だったし今日はここまでとなった。木兎さんがごねるので一曲だけ最初に聞いた中島みゆきの糸をみんなで歌わされたけど。歌いながら何故か木兎さんが泣くからみんなで笑ってしまったんだった。「いい歌だよなぁ」ってしみじみ言うから余計にだ。これには華さんも堪らず吹き出したから雰囲気はかなり良くなったと思う。
カラオケ店から出て嵐士さんが迎えに来るまで待ってる時にふいに華さんに聞かれたのだった。


本当に鈴蘭の花言葉は知らない。けれど空港のお土産屋さんの店員さんがハーモニーボールを鳴らしながらとても良い笑顔でそう言ったからこれなら華さんも笑ってくれるかと思って買っただけだった。


「鈴蘭の花言葉は再び幸せが訪れますようにだって〜」
『白福先輩?』
「あぁ、だから店員さんもそうやって言ったんですね」
「華ちゃんにぴったりのお土産だったね〜」
『そう、ですかね』
「現にちゃんと笑えてるじゃないですか」
『それはそうなんですけど…全部話しすぎた気がして』
「今更そんなこと言っても遅いから駄目だよ〜」
「そうですよ、それにほらみんな大丈夫ですから」


コンビニのアイスを食べながらワイワイとはしゃぐ木兎さん達を三人で眺める。誰一人として華さんの話を引きずってる様子は無い。


『赤葦さんも色々ありがとうございました』
「俺は別に何もしてないですよ」
「華ちゃんにあれこれ言ったの赤葦でしょ〜かおりから聞いたんだぞ〜」
「あの時は俺も言い過ぎたと思ってます」
『あの、でも今は言ってくれて良かったです』
「それなら良かった」


それから木兎さんと雀田さんに呼ばれて二人も輪に参加しに行った。入部当時の影が嘘のように晴れたから良かった。まだ俺達に少しの遠慮はあるもののそれもこの調子なら直ぐになくなるだろうな。
お姉さんが亡くなった事実は消えない。結真のことも黒尾さんのこともまだ残っている。
けれど前を見れたのならもう彼女は大丈夫のような気がした。あの先輩達もついてることだし。


「あかぁーし!一人で何ぼやっとしてんだ!アイス溶けちまうぞ!」
「何買ったんですか木兎さん」
「赤葦にはガリガリ君コーンスープ味復刻版な!」
「何でこれ買わせたんですか先輩達」
「一口味見させて赤葦〜」
「お前がどんな反応するか見たくてな」
「ナポリタンよりはマシだろ?」
「ほら早く食べないと冷製コーンスープになっちゃうよ!」
『あの、赤葦さん私も一口食べてみたいです』
「「「「「「「!?」」」」」」」


一口食べたいだなんて言うのは白福さんだけかと思ってたから華さんそうやって言うから俺達はかなり驚いた。そしてまたみんなで笑いあうのだった。
俺も先輩達にだいぶ感化されてるような気がする。きっとこんなの柄じゃないと思う。
けれどそんな自分が満更でも無いんだった。


2018/11/24

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