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華さんが突然泣き出して先輩達はかなり慌てていたと思う。俺は遅かれ早かれこうなるかなとは予測してた。先輩達のおかげで華さんの頑なな態度もだいぶ軟化してきていると思っていたし。けれど即座に泣き出す華さんに対応出来る先輩達はやっぱり凄い。きっとこの人達には一生敵わないんだろう。


『どうして何も聞いてこないんですか』


はらはらと涙を溢しながら夜空を見上げたまま華さんはぽつりと呟いた。
木兎さんはきょとんとしていて他の先輩達は俺に視線を集める。こうなったら説明するのは俺と元々決まっていたのだから話すことにした。


「何をですか?」
『あの日どうしてあぁなったのかとか』
「黒尾さんのことですか?」


名前を出すか迷ったけれど黒尾さんのことをダイレクトに聞いてみることにした。今更前みたいにはならないだろう。俺達の前で泣けたのだからもう大丈夫のような気がしたのだ。
周囲はまだ花火の騒音に包まれている。けれど俺達の周りだけ何故かとても静かに感じられた。みんなが華さんの言葉に集中しているからだ。夜空から視線を俺に移して華さんがゆっくりと頷いた。


「俺達は何にも知らないんですよ華さん」
『でも』
「黒尾さんと華さんのお姉さんとの間に何かあったってのは分かりました。けれどそれだけです」
『…うそ』
「俺達は華さんから聞きたかったんです。だから黒尾さんからも影山からも嵐士さんからも何も聞いてないんですよ」
『そう、だったんですか』


俺の言葉に華さんは少なからず驚いたようだった。うさぎのエコバッグを強く握り締めている。それから少し沈黙が続く。


嵐士さんは荒療治を提案したけれど先輩達はそれを許否した。華さんを傷付けるようなことは極力したくないと言ったのだ。だから俺はその意見を尊重することにした。そして話し合った結果華さんに任せることにしたんだ。俺達からは何も言わない聞かない、華さんが話したくなったタイミングで聞く。それまでは普段通りでいようってのが俺達の出した結論だった。正直少しだけ大変だったとは思う。俺だって聞いてしまった方が早いのかもしれないと思ったくらいだから。木兎さんもかなりそこは我慢してくれたと思う。そういう今日の全員の努力があって今があるわけだった。


『私、聞いてほしいことがあるんです』
「俺達も華さんから聞きたかったんでそう言ってくれて良かったです」
『迷惑になっちゃうかもしれないけど』
「今更そんなこと言うなよ華ー!」
「一人で考えるよりみんなと分け合う方がいいんだよ華ちゃん」
「俺達はお前のこと迷惑だと思ったこと無いからな」
「そうッスよ」
「まだ涙止まんねぇな」
「ちゃんと全員で聞いてやるから」
『ありがとうございます』


鷲尾さんが華さんの頭に手を乗せると華さんは泣き顔のまま不器用に微笑んだ。


「移動しましょうか」
「何処に行く〜?」
「静かな所のがいいよね赤葦」
「じゃあカラオケにしよーぜ!」
「木兎、歌はもう駄目だからな」
「分かってるって!」
「木兎さんの言うようにカラオケが最善かもしれないですね」


花火大会はまだ続いているけど全員の意見がまとまったのでカラオケ店へと戻ることになった。移動中に華さんが『花火の途中なのにごめんなさい』と呟くから白福さんと雀田さんにお叱りを受けている。「花火はまた今度みんなで来ればいいの」と雀田さんの言葉に彼女はまたぎこちなく笑うのだった。


個室へと通されて全員のドリンクが揃ったところで沈黙が続いている。どうやら華さんはまだ迷ってるようだった。けれどここで促すのも違う気がして誰もが華さんの言葉を待っている。


「あ、俺この歌知ってる!」
「木兎さん緊張感無さすぎですよ」
「や、良い曲だろー?な?華もそう思うだろ?」


隣の部屋から流れてきた曲に木兎さんが反応した。これは中島みゆきの糸だったと思う。けれど木兎さんのこの一言で場の張り詰めた空気が柔らかくなったのも事実だった。


『そうですね。お姉ちゃんが好きな曲でした』
「それはすまん華!」
『大丈夫です』


そう思ったのも一瞬で俺達にはまたピリッとした空気が流れた。けれど心配を余所に華さんは大丈夫そうだった。曲に耳を傾けたまま口元に小さく笑みを浮かべたのだ。それは些細な変化だったけれど涙も既に止まっていて穏やかそうに見えた。


『お姉ちゃんのお話聞いてくれますか?私が誰にも言えなかった話』
「いくらでも聞いてやるぞ!」
「華ちゃんが話してくれるのなら」
「ゆっくりでいいからね〜」
「無理して喋るなよ」
「言いたくないことは言わなくていいからな」
「華の話したいことだけ話せ」
「俺達はそれで充分だから」
「華さんのペース大事ッス」
「俺もみんなの意見に賛成ですね」


俺達の顔を見渡してゆっくり深呼吸すると華さんは意を決したように話し始めた。


━━お姉ちゃんが亡くなったのは中学3年の秋のことでした。
その知らせは突然で私はその頃の記憶が曖昧です。
私が母に聞いていたのはお姉ちゃんが海外に留学しているということだけだったから。
なのにお姉ちゃんは東京の病院で亡くなりました。


母に連れられて東京へと向かいお兄ちゃんと合流してもお姉ちゃんが亡くなったことが現実だとは思えなくて私はまだ半信半疑でした。
病院の霊安室でお姉ちゃんと対面した所でやっとそれが現実なんだって理解出来ました━━


ここまで辿々しく話すと華さんは再び口を閉じた。話そうか話さないか悩んでるように口を開けては閉じる。雀田さんと白福さんが華さんの両脇へと移動して膝の上でぎゅっと握りしめられている拳へとそっと手を置いた。


「華ちゃん大丈夫だよ」
「悩んだら言わなくてもいいんだよ〜」
『私はいいんです。そうじゃなくて』
「大丈夫、迷惑なんかじゃないから」
「木兎のがよっぽど私達に迷惑かけてるからね〜」
「俺!?」
「まぁ木兎さんが誰かに迷惑をかけてるのはいつものことですからね」
「ノート返したんスか?」
「あ!?」
「ほら、こんな感じなのが普通だからそこは気にすんな華」
『ありがとうございます』


先輩達のフォローで華さんはゆっくりと深呼吸を繰り返す。お姉さんが亡くなった以上に言いづらいことがあるんだろう。


━━続きですよね。お姉ちゃんが私達に残したものがありました。お父さんお母さんへの手紙、お兄ちゃんへの手紙、それに私には一冊の手記みたいなものが残されてました。


………それと結真。結真は私の弟じゃなくてお姉ちゃんの子供。私の甥っ子です━━


誰かが息を飲んだ音が聞こえた。俺のかもしれない、もしくは全員同じ反応をしたのかもしれない。けれどそれを確認する術はない。まだ華さんの話は続いているのだから。結真?嵐士さんが井闥山との合宿の時に連れていた赤ん坊だ。あの子が華さんの弟じゃなくてお姉さんの子供…それは、何を意味するのだろう。考えなくても分かったような気がした。華さんが合宿の日にあんなにも取り乱した理由はこれだったのか。


━━結真は今は両親の戸籍に入ってます。だからみんなには弟と紹介しました。私もそれでいいと思ってました。
お姉ちゃんは誰が父親なのかお兄ちゃんにも言わなかったので。手紙にもそれについては書かれて無かったって言ってました。両親も多分知りません。
それから慌ただしく宮城に戻ってお姉ちゃんの葬儀をしてあっという間に中学3年の後半は過ぎていきました。
お姉ちゃんの早すぎる死に何とか向き合おうとする両親と私の間には溝のようなものが出来た気がします。結真のこともあったからそれは正しいことなんです。けれど私だけが前を向けないままでした。
お姉ちゃんが残してくれた手記を読むのも怖くてけれど何も分からないままどうしていいのか分からないままに父の転職を機に東京へと引っ越したんです。


姉の死と向き合うのが怖かったんです。大好きなお姉ちゃんで自慢のお姉ちゃんが居なくなったなんて信じれなくて、私に何も言わないまま居なくなってしまったことが悲しくて、あれだけ大好きだったバレーも辞めてしまいました。
お兄ちゃんとお姉ちゃんが居たからバレーを続けていたのにまさか居なくなっちゃうなんて…━━


いつの間にか華さんは涙声だった。それを労るように雀田さんが背中を撫でてあげている。白福さんは華さんの手を両手で包み込んでいる。二人とも目に涙が浮かんでいるのが見てとれた。


━━梟谷への進学はお兄ちゃんと相談して決めました。新しく買ったマンションに近かったってだけですけど。
梟谷に入学しても私だけが置いてきぼりのままでした。どれだけお兄ちゃんに促されても手記は読めないままバレーはもうやりたくなくてただ勉強をこなすだけの毎日。そんな時に担任に部活は必須だって言われたんでした。
たまたま尾長君がそれを聞いていて部活に誘ってくれてバレーを辞めたのにマネージャーをやるだなんて矛盾しているとは思ったんですけどそれくらいなら許されるのかなと思って入部したんです。
お姉ちゃんが許さないだなんて言うはずないんですけどね。


けれど最初は物凄く入部したことを後悔しました。あ、今は違うので気にしないでください。尾長君も。…今は感謝してます。
最初は木兎さんをはじめ先輩達はみんなお節介だなと思ったんです。人の気持ちも知らないでずかずかと踏み込んでくる感じが苦手で、居心地がとても悪かったんです。
今思うと知らなくて当たり前ですよね。私は何一つ自分のことを話さなかったから。
それなのに周りのせいにしててごめんなさい。今まで話せなくてごめんなさい━━


「気にすんなって華ー」
「ちょ!木兎!?いきなり!?」
「木兎〜涙がこっちに落ちてくるよ〜」
「俺何も知らずにごめんな華ー」


木兎さんが堪えきれなかったみたいだ。華さんを正面から雀田さんと白福さんごと抱きしめている。両側にいるのは雀田さん達なので華さんに害は無いだろう。木兎さん完全に泣いちゃってるな。


「木兎、分かった!分かったから」
「泣かないの木兎〜」
「お前らが言っても説得力無いだろ」
「そういう木葉だって涙声だし〜」
「そーだそーだ!」
「みなさんまだ華さんの話は終わってないですよ」
「そうだよな!ごめん華!」
『大丈夫です、泣かせてしまってごめんなさい』
「そんなこと気にしないで華ちゃん」
「そうだよ〜大丈夫だから」


木兎さんが三人から離れて元の位置に座る。二人は華さんの涙を拭いてあげている。
話の核はここからのような気がする。
もう何となく全員察しはついてるだろうけど。
決めたからには最後まで華さんの話を聞いてあげないとな。


2018/11/22

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