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カラオケなんて久しぶりに来たかもしれない。それこそ中学の時に行ったきりだ。
宮城のカラオケ店とは雰囲気が違ったけれどどことなく懐かしさを感じた。


「華ちゃん何飲むー?」
『じゃあアイスのミルクティーで』
「ミルクティーね。あ、こら木兎!先に飲み物決めなさい!」
「俺コーラね雀田!」
「小見は〜?」
「俺はジンジャーエール!」


個室に入って早々に木兎さんと小見さんが何を歌うかで盛り上がっている。さくさくと歌う曲が決まったのだろうピピピピピと電子音が聞こえて前奏が始まる前に雀田先輩と白福先輩が二人へとドリンクを聞いている。相変わらずテキパキしてる二人だなぁ。


「華ー俺と歌おうぜ!」
『木葉さんとですか?いいですけど』
「お前どんな曲歌うんだよ」
『最近のは分かんないです』
「んじゃこれでいいだろ」
『あー流行りましたね』


木葉さんが選んだのは数年前に流行った映画の主題歌だった。確かにこの歌なら歌える。
みんなでカラオケに行ってよく歌った曲だ。
私と木葉さんで歌い始めた"前前前世"は木兎さんの乱入により気付けばみんなでマイクを回して歌うことになった。


『はぁ』
「華さん大丈夫ですか?」


どの曲を誰が入れてもみんなでマイクを回して歌うことになったので休む暇がない。馴れてるのかそれなりにみんな歌えちゃうから凄いと思う。けれどそれに少しだけ疲れたので休憩がてらトイレに行くことにした。
戻ってきたら部屋の前に赤葦さんが居て少しだけ身構えてしまう。みんなでいる時は大丈夫のような気がしたけれど二人きりはまだ不安だった。


「疲れました?」
『先輩達いつもこんな感じなんですか?』
「そうですね、大体はこんな感じです」
『赤葦さん凄いと思います』
「慣れですよ慣れ」
『あの』
「どうしました?」


聞いてみたいことは沢山あった。何故誰も何も言わないのか、あの合宿の日に私が帰った後何があったのか、さっき言ってたお土産の意味、けれど聞かれたくないことも沢山で口を開いたもののどう伝えていいのか分からない。聞きたいけど聞かれたくないだなんてワガママのような気もしたし。


「華さん?」
『何でもないです』
「じゃあまた言いたくなったら言ってください」
『え』
「俺じゃなくても木兎さんでも先輩達誰でもいいですから」
『でも』
「華さんが決めたらいいんですよ」


そう言うと赤葦さんはふと表情を和らげた。一瞬だったけれど初めてこんな表情を見たような気がする。冷たい人だと思っていたけれど赤葦さんも結局先輩達と変わらないのかもなと思いながら既に個室へと戻りつつある背中に続いた。


「歌い足りない!」
「今日は花火がメインなんだってば!」
「また行けばいいだろ?我慢しろよ木兎」
「赤葦と最後にあの曲歌いたかったのに!」
「また今度にしましょう木兎さん」
「だからラストにあの曲にしろって言ったろ?」
「俺ももうすぐ終わる時間って言ったッス」
「木兎〜華ちゃんに東京の花火見せてあげなきゃだよ〜」
「華とももっと歌いたかった!」
『じゃあまた一緒に来ましょうね』


カラオケ店から出る時に木兎さんが渋ったので他の先輩達同様にフォローしようと思って出た言葉だった。無理やりとかじゃなくてこのメンバーだったらまた一緒に来てもいいかなって素直に思えたのだ。単にそれだけだったのに私の言葉に返答は無くて全員が目を丸くしている。
それがおかしくて思わず笑ってしまった。


問題は山積みで何一つ解決してはいない。
けれどみんなと居て居心地の良さを感じつつある自分もいる。きっとこれも赤葦さんの「華さんが決めたらいいんですよ」って言葉のおかげのような気がした。
あぁ、この人達になら聞いてもらってもいいのかもしれない。私のことお姉ちゃんのこと手記のこと。


「華!絶対だからな!」
『はい』
「おい!お前もっとそうやって笑えよ!」
「華ちゃんやっぱり笑った顔のが可愛いね〜」
「はいはい、小見もそうやっていきなり詰め寄らない」
「何か吹っ切った感じ?」
『尾長君ってたまに鋭いこと言うよね』
「まぁ女子は笑った顔のが良いに決まってるからな」
「俺も木葉に賛成かな」
「ほらお前らそろそろ行くぞ」
「人が増えてきましたから迷子にならないでくださいよ」


鷲尾さんと赤葦さんの言葉を合図に花火の上がる会場へと向かう。


「あ、焼きそば食べたい〜」
「さっきタコ焼き食ったばっかだよな」
「華、ヨーヨー釣りしようぜ!」
「木兎さん、先に行きすぎです」
「あの俺射的やってみたいッス」
「あ、金魚すくいやりたい!」
「お前ら自由過ぎな」
「順番だぞ順番ー」
「俺はじゃがバター食いてぇ!」


それぞれが言いたい放題やりたい放題だ。それを上手いこと赤葦さん鷲尾さん木葉さんがコントロールしている。人も多かったけれどおかげで誰かが迷子になることもなく屋台を回れている。


「華ちゃん、かき氷ひと口食べる〜?」
『いただきます』
「はい、あーん」
『これ何味ですか?』
「マンゴーだって〜珍しいよね」
『美味しい』
「ね〜美味しいよね〜」


射的の屋台の前で白福先輩からかき氷を貰った。ふわふわしてて美味しい。台湾風ってこんなにも違うんだなぁ。赤葦さんと鷲尾さんも巻き込まれ先輩達が射的で勝負している。
あ、尾長君も雀田先輩も楽しそうだ。


『白福先輩』
「どうしたの?」
『一つ聞いてもいいですか?』
「一つじゃなくても何でも聞いてくれて大丈夫だよ〜」
『このストラップ赤葦さんから修学旅行のお土産に貰ったんですけど赤葦さんがお土産の意味があるって言うんです。でも私分からなくて』


待ってる間に白福先輩にお土産の意味を聞いてみることにした。先輩は去年修学旅行で北海道に行ってるから何か知ってるかもしれないし。スマホに付いているストラップを白福先輩へと見てもらう。シャランとハーモニーボールが小さく鳴った。


「綺麗な音だね〜」
『私もそう思います』
「あ、これスズランなんだね」
『そうみたいです』
「意味かぁ。花言葉でも調べてみたらいいんじゃないかな〜?赤葦が意味の無いこと言うとは思えないし」
『花言葉ですか』
「多分それで合ってる気がするよ」


スズランの花言葉か。今までそんなこと考えもしなかった。


「華ちゃんはいこれ!」
『え?』
「うさぎのぬいぐるみだね〜」
「雀田に負けたー!ちっくしょー!」
「木兎さん最下位でしたね。あ、俺はこれです」
『うさぎのキーホルダー?』
「俺はこれな」
「みんなしてうさぎ縛りなの〜?」


スズランの花言葉を検索しようとしたら視界に突然うさぎのぬいぐるみが現れた。顔を上げると雀田さんから手渡される。その流れで射的の景品なのかそれぞれがうさぎグッズを私に渡してきた。


『え、え?』
「あ、俺の景品うさぎのエコバッグだからこれに入れたらいいッスね」
「尾長偉いね〜」
「ほら木兎、お前のは?」
「うさぎのシールかよ」
「張り切り過ぎて外すとか木兎らしいよね」
『あの、でも』


何故私なのか。隣に白福先輩もいるのにだ。尾長君のくれたエコバッグに白福先輩がうさぎグッズを入れていく。


「はいこれで完成〜」
『白福先輩は』
「これは華ちゃんのだよ〜」
「白福にはこれな」
「キャラメルだ〜!」
「雪絵はうさぎより食い気だねやっぱり」
「それ最下位木兎さんが参加賞で貰ったやつですね」
「最下位最下位って言うなよお前ら!俺だって頑張ったんだからな!」


白福先輩にうさぎが詰まったエコバッグを渡される。さぞそれが当たり前かのようにニコニコとしているので思わず受け取ってしまった。
いつものようにしょぼくれ始める木兎さんをみんなが楽しそうに弄っている。
どうして今までこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。あぁ、きっと私自分のことしか考えて無かったのかもしれない。
少しずつ少しずつ先輩達の暖かさが伝わってきて私に染み入ってくのが分かる。


『ありがとうございます。嬉しいです』


楽しそうに木兎さんと話してる所へと声をかけるとギョっとしたようにみんなの動きが止まった。何でだろう?


「華さんどっか痛い?」
『え?何もないよ』
「華何で泣いてんだよ!何かあったか?俺の射的のシールやっぱ気に入らなかった!?」
『え?え…?』


尾長君がいきなり変なことを言うから困惑してしまった。直ぐに木兎さんが心配そうに寄ってきてみんなが驚いた顔をした意味を知る。頬を触ってやっと自分が泣いてることに気付いたんだ。私どうして今泣いてるんだろう。お姉ちゃんが亡くなった時だって泣けなかったし今までだって泣きそうなことはあったけど全部堪えてきた。一度溢れた涙は堰を切ったように止まりそうにもない。


「華さん?大丈夫ですか?」
『あの、ごめんなさい。痛いとか悲しいとかそういうんじゃなくて』


それぞれが心配そうに声をかけてくれるもののどう説明していいか分からなかった。これじゃまた迷惑をかけてしまう。泣き止まなきゃと思えば思うほどボロボロと涙は溢れてますます止まりそうにもない。


「華ちゃん、大丈夫だよ」
「泣きたい時は泣いていいんだよ〜」
「本当に痛くないんだな?大丈夫なんだな!?」
「木兎はもう少し華の言うこと信じろよ」
「華、これで涙拭いとけ。浴衣が涙で濡れるぞ」
「木葉何でハンカチなんて持ってるんだよ」
「いや、普通だろ」
「華さん、泣き止まなくてもいいですから」
「あ、花火が上がる」


両脇に雀田先輩と白福先輩が居てくれて私達を取り囲むように木兎さん達が居る。尾長君の言葉に全員が空を見上げると夜空に大輪が咲いた。迷惑だと思うのに泣いてもいいだなんて泣き止まなくてもいいだなんてどうしてそんなこと言えるんだろう。そうやって言ってくれたことにホッとする。そうなるとますます涙は止まらなくて夜空を見上げたまま私は一頻り泣き続けた。


2018/11/21

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