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「華ーちょっといいか?」
『何?』
「たまには兄貴とデートでもしませんか?」
『急にどうしたの』
「や、ほら今度の日曜日花火大会あるんだろ?一緒に行かないか?」
『うーん』
「あ、部活あったら駄目だよな」
『その日は休みだよ』
「んじゃ約束な」
『え』


部活に行かなくなって一週間が経過した。毎日家の近くの図書館に寄って時間を潰してから帰ることにしている。部活を辞めたなんて言ったら親にもお兄ちゃんにも何て言われるか分かんないし。
そんな日の夜のことだった。日課の勉強をしていたらお兄ちゃんがやってきたんだ。
あの日以来何も言ってこない、きっと何かに気付いてはいるんだろうけどお兄ちゃんは何も言わなかった。そしてこの突然のお誘いだ。まだ行くって言ってないのにお兄ちゃんはさっさと部屋から出ていってしまった。
部活を辞める気でいるのに未だにグループラインから抜けれていない。そのおかげで次の日曜日は部活が休みなことを知ったけど複雑な気分だ。時折先輩達からもメッセージが届いてるし。けれど既読を付ける気にはなれなかった。


「華ー浴衣出しておいたわよ」
『浴衣なんて着ないよ』
「あら!せっかくお母さんが作った浴衣を着てくれないの?」
「そうだぞ華ー。たまには可愛い格好しろって」
『…分かった』


花火大会当日、浴衣を着ると言ったことを激しく後悔した。お母さんが持ってきたのはお姉ちゃんの浴衣だったのだ。「華ももう大人っぽい柄の方がいいでしょ?」そうやって微笑むお母さんに嫌だとは言えなかった。
黒地に淡い水色牡丹がいくつも咲いている。まさかこれを自分が着る日が来るとは思ってなかった。まだ高校生のお姉ちゃんがよく着ていた浴衣だ。


「元気無いな?」
『いつも通りだよ』
「ごめんな」
『何が?』


まだ15時だって言うのにお兄ちゃんに半ば無理矢理家から出された。花火が上がるのは18時からだからまだ三時間もあるのにだ。この暑いのにほんと止めてほしい。お兄ちゃんに合わせて歩いていたら隣から謝罪の言葉が届いて顔を上げる。


「色々と」
『別に』
「お前に色々背負わせ過ぎたよな」
『何の話?』
「だから色々とだよ」
『色々じゃ分かんないよ』
「そうだよな」


お兄ちゃんは謝るようなことしてないよ。きっとお母さん達みたいに前を向けない私が悪いんだよ。そう伝えたかったのにお兄ちゃんの笑顔がどこか寂しげで何も言うことが出来なかった。もしかしたら私が勝手に家族は前を向いてると思っていただけで本当は違うのかもしれない。


『お兄ちゃ』
「華ー!嵐士さーん!」
「お、木兎達だな」
『え?』


お兄ちゃんが本当はどんな気持ちなのか久しぶりにお姉ちゃんのことについて聞いてみようと思ったのに私達を呼ぶ声に阻まれてしまった。
お兄ちゃんが言う前に声の主が誰か分かって心臓をキュッと鷲掴みにされたような気分になった。声をする方向を恐る恐る確認するとやっぱり木兎さんがいる。と言うか全員勢揃いだ。


「華も嵐士さんも花火大会来たんだなー?」
『そう、ですね』
「お前らほんと仲良いよなぁ」
「嵐士さんも華と二人ですか?」
「たまには兄貴に付き合ってもらおうと思ってな」
「嵐士さんみたいなお兄ちゃん羨ましいよね雪絵」
「ほんと華ちゃんが羨ましい〜」


お兄ちゃんの前で部活に来ないことを指摘されたらどうしようかとドキドキして上手く話せない。けれど私の心配を余所に先輩達はお兄ちゃんと和気藹々と話してるみたいだ。色んなことが頭をぐるぐると巡って話の内容が頭に入って来なかった。


「おい華?」
『え?』
「母さんから電話あって結真が熱出したんだと。ちょっと車出しに帰らなきゃいけないからお前は木兎達と花火楽しめよ。遅くなるなら迎えに行くから」
『結真大丈夫なの?』
「そこまで熱は高くないらしいからお前は心配すんな」
『それなら私も』
「じゃあ木兎宜しくな」
「嵐士さんが無理そうなら送ってきます!」
「おー頼むなー!」
『お兄ちゃん待っ』


制止も虚しく私の頭にポンと手を置くとお兄ちゃんは走っていってしまった。残されたのは私と先輩達、そして尾長君だ。一週間ぶりだと言うのにみんな前と変わらずニコニコしている。


「よし、んじゃ華行くぞ!」
『え、でも』
「お前木兎に約束しただろー?」
「華さん今から帰るって言っても無駄ですよ」
「木兎はしつこいからなぁ」
「だから今日はみんなで楽しもうね!」
「あれ〜?今日はどこからだっけ?」
「カラオケッス、白福先輩」
「木兎が絶対に行くって聞かなかったんだなよ」
「華って歌えんの?」
『そこそこには』
「なら大丈夫だな」


誰も何も聞いてこない。それが不思議でしょうがなかった。まるで一週間前のことが無かったかのようにいつも通りだ。木兎さんを先頭にみんなが歩き出す。鷲尾さんが促すように背中をトンと叩くのでそれを機に私も歩き出した。


「何してたんだ」
『何がですか』
「部活来てないの兄貴には言ってないんだろ」
『…図書館で勉強してました』
「お前の爪の垢木兎に飲ませてやりたいよ。アイツ期末もズタボロだったんだぞ」
『木兎さんらしいですね』


隣を歩く鷲尾さんの一言にやっぱりお姉ちゃんの話を聞かれるのかなと不安になったけれどそれも一瞬だった。私が来てない時の部活の様子や木兎さんの赤点の補習の勉強会の話だとかそういうことを色々話してくれている。あぁ、もしかしたらみんな分かっててあえて聞かないようにしてくれてるのかもしれない。この人達はそういう人達だ。


「華ちゃん浴衣大人っぽいねぇ」
「今日は雪絵のが年下みたいに見えるもんね」
「それはさすがに言い過ぎだよかおり〜」
『お姉ちゃんの浴衣なんです』
「華ちゃんのお姉ちゃんはこういう生地が好きなんだね〜」
「華ちゃんは?どんな浴衣を前は着てたのかな?」
『白地に向日葵が咲いてました』
「それも似合いそうだね〜」


鷲尾さんがふらっと移動してその隙に白福先輩と雀田先輩が隣へとやってきた。お姉ちゃんのことを言うつもりは無かったのにさっきからお姉ちゃんのことばかり考えてたせいでつい答えてしまった。気まずくなったらどうしようかと思ったのに先輩達は会話を続けてくれる。


そうやって代わる代わるみんなが私の隣へ来てあれこれ話していく。そのどれもが普通の会話で私は苦しくなることなく話すことが出来た。
二度と会わないと思っていたのにありがとうございます。お姉ちゃんのこと聞かないでくれてありがとうございます。


「華さん」
『…赤葦さん』
「だいぶ表情が和らぎましたね」
『……』
「さっき俺達と出会った時は死にそうな顔してましたよ」
『そんなにですか』
「死にそうってのは言い過ぎたかもしれないですけど」
『……赤葦さん今笑いました?』
「あからさまに嫌そうな顔をしたんですみません」


そんなに表情に出してるつもりは無かったから心配になっただけなのにまさか赤葦さんがここで冗談を言うとは思わなかった。おかげで今度こそ本当に感情を表に出してしまった気がするし。


「その方がいいですよ」
『何がですか』
「部活に入った当初みたいな能面張り付けた表情よりもそうやって嫌なら嫌でいいんです」
『嫌なことは嫌って今までも言ってきましたよ』
「そうですけど嫌だけじゃなくて喜怒哀楽全部今みたいに出せばいいんです」
『それは…』
「いきなりは難しいでしょうけどね」
『そうですね』
「じゃないとお土産の意味無くなっちゃいますよ」
『え?』
「あかぁーし!次俺が華と話す番ー!」
「分かりました」


お土産の意味ってどういうことだろう?それを聞きたかったのに木兎さんに呼ばれて赤葦さんは行ってしまった。
喜怒哀楽そう簡単に出せたらこんなに苦しんでない気がする。けれど赤葦さんの言ってる意味もなんとなく理解出来た。
お土産の意味って何だろう?そんなこと考えながら歩いていたので木兎さんの話は全然頭に入って来なかった。辛うじて相槌は打てたから良かったものの木兎さんじゃなかったら心配させた気がする。


あのストラップに何か特別な意味合いがあったんだろうか?シャランと鳴るハーモニーボールを思い出してもピンとこなかった。


2018/11/15

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