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「華、急いで準備なさい」
『お母さんどうしたの?』
「落ち着いて聞きなさい。葉月が亡くなったのよ」
『え、何で?お姉ちゃんはイギリスに留学してるんじゃないの?』
「日本にいるのよ。お父さんは仕事で行けないから。さ、早くなさい」
『どうして』
「いいから早くしなさい!」


それはあまりにも唐突だった。
いつものありふれた日常が突然終わるなんてその日まで私は考えたこともなかった。
頭の中が真白だ。
母の言った言葉を何度も何度も頭の中でリピートさせる。
それでも大好きなお姉ちゃんが本当に死んじゃっただなんて私には到底信じることは出来なかった。


朝一番の新幹線でお母さんと二人東京へと向かう。
色々と聞きたいことはあったのに母の表情がそれを許さなかった。


「母さん!」
「あぁ、嵐士!良かった。病院の場所が分からなくて」
「俺が分かってるから大丈夫だよ」
「大学院は大丈夫なの?」
「俺は優秀だから少しくらい休んでも平気だよ。華?お前は大丈夫?」
『な、んでお姉ちゃんは日本にいるの?』


東京駅でお姉ちゃんと双子のお兄ちゃんが迎えに来てくれた。
二人は私程ショックを受けては無いみたいでテキパキと私の目の前で話を進めていく。
私にはそれが信じられなかった。


「母さん、まだ話してなかったの?」
「話せるわけないでしょう。華はまだ中学生なのよ」
「遅かれ早かれ知らなきゃならなかったことだって俺も葉月も言っただろ」
「私には無理って貴方達に伝えたでしょう」
『二人で話を進めないでってば!』


生まれて初めてこんなに声を荒らげたんじゃないかってくらいヒステリックな声だったと思う。
私の出した声に二人はびっくりしてたみたいだった。


「華、ごめんなさいね。ちゃんと説明するから落ち着いてちょうだい」
「俺からもちゃんと話してやるから。葉月のとこに早く行ってやろうな」


お母さんでもいいからお兄ちゃんでもいいから冗談だよって今からでも言ってくれたら良かったのに。
そうであって欲しかったのに。
お兄ちゃんに促されるままタクシーで病院へと向かう。
受付で通されたのは病室ではなくてそれは私には酷く寂しい部屋に感じられた。


霊安室で対面したのは確かにお姉ちゃんで私はそこからの記憶が酷く曖昧だ。
私に残されたのは1冊の私宛の手記。
そしてお姉ちゃんが命と引き替えに産んだ甥っ子だけだった。


あわただしくお姉ちゃんを地元へと連れ帰り通夜と葬儀を済ませる。
お兄ちゃんも一緒に居てくれたけど学校を長く休むわけにはいかない。
冬休みに帰ってくることを約束して東京へと戻って行った。


お父さんは私と一緒で何も知らないみたいだった。
てっきりイギリスにいると思ってたみたいだ。
だから両親とお兄ちゃんで少し揉めたりもした。
それもほんの少しだけで甥っ子のことを優先しようってことで話がまとまったみたいだった。
お姉ちゃんが命と引き替えに産んだ結真。
私だって結真のことはとても大切だ。
大好きなお姉ちゃんの子供だから。


でも誰も教えてくれなかった。
結真の父親の話。
お姉ちゃんが何を考えてどうしてこうなったのか。
お母さんに聞いてもお兄ちゃんに聞いても首を横に振るだけだった。
お父さんはお姉ちゃんの名前を出すだけで怒ったからそれ以上は何も言えなかった。
私宛の手記を読めば何か分かるのかもしれない。
でもまだ中学生の私はそれを開くのが怖かった。
お兄ちゃん経由で渡されたからお母さんはこれの存在を知らない。
一緒に読んでもらえば良かったのかもしれない。
でもどうしてもそれが良いことだとは思えなかった。


『引っ越し?』
「そうだ。東京にな」
「華には申し訳ないんだけど」
「この家は葉月の思い出がありすぎてな」
『仕事は?』
「元々大学病院からの誘いはあったんだ」
『そっか』
「ごめんなさいね。華ばっかり辛い思いをさせて」
『結真にも東京のが良いかもね』
「嵐士もいるからな」


まただ。また私の知らない所で話は進んでいく。
住み慣れた町を離れるのは寂しかった。
けれどここで反対するのは単なるワガママだ。
お父さんもだいぶ落ち着いたけど夜中に書斎で一人泣いてるのをこないだ見てしまったし。
お母さんも結真のお世話をしながら時々涙ぐんでいる。
家族を失った私達にはきっと環境の変化が必要なんだと思う。


東京に引っ越すことが決まってからはバタバタ慌ただしい日々が続いた。
私は受験生なのだ。
一から志望校を見つけなくてはいけない。
東京にいるお兄ちゃんに手伝ってもらいながら志望校を絞った。


私立梟谷学園高校


私が4月から入学する高校だ。


家族の変化にただ一人私だけ着いていけてない様な疎外感を感じた。

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