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影山を見た時に私の胸騒ぎの正体が分かった気がした。直ぐに影山へとお姉ちゃんのことを黙っててと頼めば良かったのかもしれない。けど影山がそんなこと聞いてくれるとは思えなかったんだ。「何でそんなこと言うんだ」だなんて言われてゴタゴタしたらそれこそ先輩達知られてしまう気がして私は何も行動が出来なかった。影山が私に気付きませんように、そう祈ることしか出来なかった。


私の願いも虚しく午後の烏野との練習試合が終わって直ぐに影山は此方へとやってきた。お願いだからお姉ちゃんのことは言わないで口に出さないでそう願ってたのに影山はいとも簡単にお姉ちゃんのことを口にした。影山は結真のことを知らないから仕方無い。お姉ちゃんが亡くなって何も言わずに東京に引っ越したことを心配して言ってくれたのだろうし。それでも人の気遣いがこんなに心苦しくなるなんて初めての経験だった。


「影山!今お前何て言った!」
「黒尾さん?」


何も言えなくてどうしたらいいか分からなくてただ呆然としていたら思わぬ所から声が飛んできた。どうしてこの人は私達の会話に入ってきたんだろう?影山に詰め寄っているのは音駒の主将だ。確か黒尾さん?だったような気がする。黒尾さんの顔を視界に捉えた瞬間私はハッと息を飲んだ。あの瞳を私は知っている。
あぁ、そういうことだったんだね。だから黒尾さんはあんなこと影山に聞いたのか。
けれどお姉ちゃんのことを私に聞かれても困る。何も言えない、言いたくない。
昼過ぎから悪化した体調は今や最悪のコンディションだった。


「赤葦どいて」
「どけません」
「俺はその子にちょっと聞きたいことがあるだけ」
「いくら黒尾さんでも無理です」


私の様子がおかしいのを察してくれたのか黒尾さんが私に詰め寄る前に赤葦さんが前に出てくれた。あんなに赤葦さんには迷惑をかけたのに。けれどもう周りを気遣う余裕が私には無い。心臓がバクバクと早鐘を打って今にも倒れてしまいそうだ。お姉ちゃんのことはもう触れないでおこうと思っていたのに。それでいいと決めていたのに。その矢先にこんなことになるなんて。


「んじゃそのままでいいや」
「音駒の方に戻ってもらえませんか」
「いいや、聞きたいことがあるからそれだけは聞いてもらう。なぁ、葉月さんは?どうしたんだよ」
『………』
「華さん、答えなくてもいいですよ」
「いや、これだけは絶対に聞かせてもらう」
『…ごめんなさい』
「や、別に謝ってほしいわけじゃなくて葉月さんのことだけ教えてよ。妹でしょ?」
『ごめんなさい!』


もう耐えれなかった。これ以上ここにいることもお姉ちゃんの名前を聞くことも黒尾さんと向き合うことも結局先輩達に心配かけてしまったことも全部私には耐えれなかった。
堪らずにそこから逃げ出した。後ろから雀田先輩達の声が聞こえる。それでも私は止まらなかった。私は誰にごめんなさいって言いたかったんだろうか?何に謝りたかったんだろうか?


マネージャー部屋へと一目散に向かい自分の荷物を回収する。あぁ、まだ私冷静だ。真っ直ぐ家に帰ったら駄目ってことちゃんと理解してる。廊下に出た所に雀田先輩と白福先輩が居た。


「華ちゃん」
「大丈夫?」
『……ごめんなさい』
「華ちゃんが悪いんじゃないでしょ?」
「そうだよ、みんな待ってるよ?戻ろう」
『帰ります、本当にごめんなさい』


心配そうな二人に頭を下げて横をすり抜ける。引き止めないでくれてありがとうございます。何も言えなくてごめんなさい。唇を噛み締めて涙を堪えながら真っ直ぐに家に逃げ帰った。


『ただいま』
「あら華?今日は泊まりじゃなかったの?」
『色々あって合宿無くなったの』
「そうなの。じゃあ結真の相手お願いしていいかしら?」
『分かった』


家に帰ってもザワザワとした感覚は落ち着かない。結真の瞳が見れば見るほど黒尾さんに似ているからだ。だからお姉ちゃんは全てを処分したんだろう。あの手記を残して全て。
だからって私はあれを読む気にはなれなかった。正直もういっぱいいっぱいだったんだ。


「華ー?」
『お兄ちゃん?』
「合宿無くなったって聞いたけどほんとか?」
『うん、ほんと』
「じゃあ明日俺行かなくていいんだな?」
『そうだね』
「梟谷だけの部活でも顔出しくらいしようか?木兎にトス上げるの楽しいしな」
『明日は部活が休みになったよ』
「ふーん、ならいいけどな」
『うん』
「華」
『何』
「何があったか知らないけど逃げても何にもならないからな」
『そんなんじゃ、ないよ』
「それならいいわ」


夜にお兄ちゃんが帰ってきた。勉強をする気にもなれなくてベッドへと丸まっていたら声を掛けられる。お兄ちゃんの口からお姉ちゃんのことを語られたく無くてつい嘘をついてしまった。きっとお兄ちゃんはそれも全部気付いている。それでももう誰にも自分の気持ちを言えそうに無かった。上手く説明出来る気がしなかったんだ。


それから私は部活に行くことを止めた。駄目なことだとは分かってる。けれどどうしても体育館へと行くことが出来なかった。
何をどうしていいか分からなかった。毎日尾長君は私を部活へと誘ってくれたけど私はそれに答えることが出来なかった。
何も聞かないでくれてありがとう。けれどやっぱり部活には行けない。ごめんなさい。


2018/11/09

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