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結真とのんびりと練習を眺めていたら何やら体育館の外が騒がしい。
どうやら井闥山学院が到着したらしい。
木兎さんがいの一番に外へと飛び出していった。昨日言われた通りテンション高そうだなぁ。お兄ちゃんが来たからってのもあるんだろうけど。みんなお兄ちゃんとの練習楽しそうだったもんなぁ。


そうこうしてると木兎さんが井闥山御一行を体育館へと連れてくる。あれ何か様子がおかしい。と思ったら何故かお兄ちゃんが井闥山の面々に囲まれていた。あれ?どういうことだろ?
もしかしてお兄ちゃん井闥山に行ったことがあったのかな?だから試合のDVDもあんなに簡単に入手できたのかもしれない。


「疲れたー完全に運動不足だったわ」
『あれ?もういいの?』
「今から練習試合なんだろ?それなら上から観た方が分かりやすいからなー」
『まぁ確かに』


一通り挨拶が終わったからかお兄ちゃんは私と結真のいるギャラリーまで上がってきた。
私の腕からひょいと結真を拐っていく。


『お兄ちゃん井闥山の人達と顔見知り?』
「ユースの時の先輩が井闥山出身で何回か教えに行ったことあるんだよなー。まぁそん時はアイツら中坊だったけどな」
『何それ知らない』
「まぁ話して無かったし」
『そっか』
「家では話せないだろ?」
『別にコーチくらいならいいと思うけど』
「母さん経由で親父の耳に入っても面倒だし」
『あぁ確かに』


井闥山のアップが終わって練習試合が始まるらしい。散々画面越しには観たけれど生で観るとどう違うかな?


「華、お前手伝わなくていいのか?」
『ん?』
「俺がここにいるんだから結真のこと見る必要無いんだぞ」
『あ!そうだ!行ってくる』
「おーサボらず部活頑張ってこいな!」


そんなことすっかり忘れてた。何ならここで井闥山のバレー堪能する気でいたし。
急いでギャラリーの下へと降りることにする。


「華ちゃんどうしたの〜?」
『お兄ちゃんと交代したので仕事しに来ました』
「あ、そっか。でもね今から練習試合だからそんなにやること無いんだよね」
『お任せしちゃってすみません』
「いいんだよ気にしなくて」
「じゃあスコアだけお願いしようかな〜」
『はい、分かりました』


結局今日はまだ結真の世話しかしてないから少しでも仕事が残ってるのなら良かった。
何もしないってのは先輩マネージャー二人に申し訳無いような気がするし。


木兎さんのテンションが高いおかげか思ってたよりも試合は拮抗している。
あれ?何でだろ?向こうのエースの調子が何だかあんまり良くなさそうだ。
気のせいかな?いやでももっと動画で観たときはスパイクに迫力があったような気がするんだけどな。
それでも充分に井闥山が強いことに変わりはないのだけれど。


「ねぇ」
『……はい』
「嵐士さんの妹ってほんと?」


お昼の休憩になりお兄ちゃんは一旦家に帰って行った。お母さんが帰ってくるから結真を預けに行ってくるらしい。
また戻ってくる気でいるとか本当にバレーが好きなんだろうな。
私はと言えば木兎さんが今日は井闥山部員を構いっぱなしだったので平穏に雀田先輩達とお昼ご飯が食べれた。
その後にスクイズボトルを洗ってる時のことだった。声を掛けられて振り向けばそこには井闥山の不調なエースがマスクをして立っている。
この時期にマスクなんかして苦しく無いんだろうか?と言うか何でお兄ちゃんのことなんか聞いてくるんだろ?


『そうですけど』
「嵐士さん何で引退したの」
『え』
「怪我とか噂されてたけど今日全然元気だったみたいだし」


不機嫌そうに眉間に皺を寄せて井闥山のエースは言葉を続ける。怪我で引退したんじゃないのは知っている。けどこれをどう説明したらこの不機嫌が直ってくれるかは分からなかった。


「聞いてるんだけど」
『あの、』
「怪我じゃないんでしょ?木兎さんにトス上げたらしいし。俺自慢されたんだけど」
『それは、すみません』
「別に謝ってほしいわけじゃないし」


それは分かっているけどどうしてこの人はこんなにもイライラしているんだろう。
そして私は何故初対面だと言うのにこんな風に絡まれているんだろう。
木兎さんだったらさらっとかわせるのにこの人はなんだか圧力が凄い。
赤葦さんとはまた違う意味での圧力だ。


『また戻ってくるんで直接聞いたらいいと想うんですけど』
「さっき聞いた。けど教えてくれなかったし」
『えぇと佐久早さんでしたっけ?』
「そうだけど、何」
『怪我でもされてるんですか?』
「別に。ちょっと風邪気味なだけ」
『そうですか』


だからマスクしてたのか。怪我じゃないのなら良かった。スポーツにおいて十代の頃の怪我は痛手になる。風邪なら治ったらそれで直ぐ復活出来るだろうし。


「俺のことより嵐士さんのこと」
『お兄ちゃんが言ってないのなら私には』
「俺は全日本で嵐士さんにトス上げて欲しかったし」
『すみません』


何故私は謝っているんだろう。
と言うか全日本にお兄ちゃんと自分が入れると思ってる自信が凄いな。
さすが高校生最強のエーススパイカーである。
私が謝ったことによって沈黙が生まれる。
気不味いけどあれこれ責め立てられるよりはいいかもしれない。
その間にスクイズボトルをさっさと洗ってしまおう。午後も練習試合続くはずだろうし。


「嵐士さんはもうバレーしないの」
『多分』
「何で」
『だからそれはお兄ちゃんに』
「聞いても教えてくれなかったからアンタに聞いてるんだけど」


人のこと言えない気がするけれどこの人かなり強情だ。
こうやって人に絡まれるの嫌なんだけどなぁ。


「と言うか何でアンタはこんなとこでマネージャー何かしてるわけ」
『何がですか』
「バレーやってたんだろ。嵐士さんが前に自慢してたし」


呑気にスクイズボトルを洗ってる場合じゃなかった。
佐久早さんの言葉に背筋が凍り付く。
もしかしたらこの人はお姉ちゃんのことを知ってるのかもしれない。
お兄ちゃんが私のことを自慢するのならきっとお姉ちゃんのことも話してる気がするし。
まさかこんな所でこんなことになるだなんて思ってもいなかった。
お姉ちゃんの話だけは困る。けれどそれを確認する術が分からない。
自分のことだけならまだいい。でもお姉ちゃんの話だけは絶対に梟谷の人達に知られたく無かった。


「何で黙ってるのさ」
『バレーはもうしないので』
「じゃあ何でマネージャーなんてやってるの」
『たまたまです』
「へぇ。アンタも嵐士さんと一緒だね。バレー止めたのに関わってるなんてさ」


どうやら彼はイライラの矛先を私に向けることにしたらしい。
お姉ちゃんの話にはならなさそうだけどこの話もしていてあまり気持ちの良いことじゃない。


「何してるんですか」


どうしようかと思案していたらふいに声を掛けられた。
佐久早さんと二人そちらを向くと体育館の入口に赤葦さんが立っている。
木兎さんだったら良かったのに。
赤葦さんは赤葦さんで空気が重たい。


「別に。赤葦には関係無いよ」
「そろそろ休憩終わるよ。華さんボトルの準備は」
『まだです』
「じゃあ俺手伝います」
『いやそれは』
「間に合わないと困るので」
『……すみません』


赤葦さんがこちらに来るのと入れ替わりで佐久早さんは体育館へと戻っていった。
佐久早さんが居なくなってくれたことにはホッとしたけれど私からしたら一難去ってまた一難だ。


「何を話してたんですか」
『兄のことを』
「あぁ、佐久早は面識あったんですよね」
『中学の時にコーチをしたことがあったみたいです』
「そうですか」


さっきの佐久早さんとの話、赤葦さんは何処から聞いていたんだろう?
察しの良さそうな赤葦さんのことだから私の様子がおかしくなった瞬間に気付いたはずだ。


「華さんのこと自慢してたってことはやっぱりバレー経験者だったんですね」
『……はい』
「俺が忙しい時は木兎さんに付き合ってくださいよ」
『え』
「何か驚くようなこと言いました?」
『いえ』
「じゃあそれ了承したってことでいいですよね」
『は』
「木兎さんには伝えておきますので」


てっきり何故バレーを止めたのか聞かれると思っていたのに赤葦さんの口から出たのは全然違う話でびっくりしてしまったのだ。
結果的に木兎さんの練習に付き合わなくちゃならなくなったけど言いたくないことを聞かれなかったことにはホッとした。
その後は会話することなくボトルの準備をして体育館へと戻った。


佐久早さんとの話は聞いて無かったのだろうか?それともさほど興味を持たれずに済んだのだろうか?
赤葦さんの考えてることはよく分からなかった。
佐久早さんがお兄ちゃんに固執せずバレー頑張れますように。お兄ちゃんはきっと戻らないから。


お兄ちゃんと佐久早と赤葦だけの話になってしまった。
佐久早の口調が分かりませぬ(´・ω・`)
2018/10/04

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