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『お兄ちゃん』
「おお、どうした?」
『ちょっといいかな?』
「いいぞ」


木葉さんと話していて思い付いたことがあったから部活が終わってさっさと帰宅した。
勉強で忙しいとは言ってたけど最近バイトを辞めたらしいからお兄ちゃんは家にいると思ったんだ。
案の定自分の部屋で勉強していてくれたから良かった。


『お兄ちゃんって東京の高校に詳しい?』
「んーバレー関係なら」
『井闥山って知ってる?』
「あっこは有名だからな」
『試合のビデオ手に入る?』
「お、珍しいこともあるもんだな」
『今度練習試合あるって聞いたから』
「そういや梟谷もここ数年バレー強いらしいな」
『そうみたい』
「ま、お前が珍しくヤル気出してるからなんとかしてやるよ」
『別にそんなんじゃ』
「その代わり練習試合いつやるか教えろよ」
『え』
「梟谷がどんだけ強いか興味あるし井闥山も来るんだろ?ちゃんと教えろよ。約束な」


お兄ちゃんの言葉には返事をせずに黙って部屋を出てきたけどこの流れは確実に練習試合を観に来る気がする。
隅でこっそり見学してくれるならいいけどお兄ちゃんだから少しだけ心配だ。
でも井闥山の試合のビデオはどうしても観たかったから我慢するしかないな。


中学時代に私がやっていたのはセッターと対戦校の分析だった。
主に対戦校のセッターの分析だけれど。
チームの司令塔としてやれることは全部やるべきだって男子バレーの先輩がよく言ってたのだ。
チャラくて正直性格は苦手だったけれど彼からセッターとしてどうあるべきかは沢山学んだ気がする。
サーブの練習も沢山するようになったのは彼の影響が大きい。
少しでも木兎さん達の勝つ勝率をあげたくなった。
何で急にこんな風に思い付いたのか不思議だったけれど私なり彼らのためになることをやってみたくなったんだ。


「華ー最近元気無いぞー!」
『そんなことないですよ』
「華ちゃん今日も欠伸沢山だったでしょ」
「寝不足で倒れんなよ」
『それくらいじゃ倒れないですって』
「寝不足なのは事実なんですね」
『………』
「赤葦〜意地悪なこと言わないの〜」
「何か悩んでんのか?」
『悩んでないです』


あれからお兄ちゃんは直ぐに井闥山の試合のビデオを入手してきてくれた。
しかも結構沢山。去年のインターハイの梟谷との試合もあって今より少しだけ幼さが残る先輩達の姿があってそれが面白くもあった。
それで連日連夜ビデオに夢中になって少しだけ寝不足なだけだ。
それを何を思ったか木兎さんが面倒な勘違いをしてくれちゃって最近ずっと心配されている。
悩み事は無いって言ってるのに納得してくれない。


「悩み事が無いなら何で寝不足なんだ?」
『尾長君までそんなこと言うの』
「先輩達が同じクラスの俺なら分かるだろって無茶ぶりしてきたから」
『尾長君も大変だね』
「否定は出来ないかも」


ついに教室にいる時にまで尾長君に聞かれてしまった。
けれど井闥山のビデオを観てることは言いたくなかった。
まだ観てるだけの段階だし何も進言出来ることは無いのだ。


「寝不足の原因は言いたくなさそうだね」
『うん』
「本当に悩んでるわけじゃないんだよね?」
『それは絶対に違う。強いて言うなら先輩達が悩んでないのに悩んでるって心配するのが悩み』
「じゃあそうやって伝えとく」
『うん、宜しく』


少しずつだけど尾長君や先輩達と普通に話せるようになってる気がする。
お姉ちゃんのことを想って胸が痛くなる回数も減ってると思う。
それに少しだけ罪悪感を感じながらもしかしたらこれが正解なのかもしれないとプラスに考えつつもある。
お父さんやお母さんお兄ちゃんみたいに前を向くことが悪いことでは無いと思ったんだ。
かと言って昔みたいに無邪気にあれこれ楽しむ気にはまだなれなかったけど。


「華、まだビデオ観てるのか?」
『んー井闥山強いね』
「まぁ日本一だからな」
『佐久早って人がやっぱり凄い』
「これ春高バレーの映像だから実際はもっと育ってんだろ」
『だよね』
「牛若といい勝負だよなー」
『牛若?』
「そ、俺の後輩。被っては無いけどな」
『あー白鳥沢?』
「そ、牛若とこの佐久早と九州の桐生が今の高校男子バレー界で三本の指に入るエーススパイカーだな」
『そっか』
「お前のとこの、何だっけ」
『木兎さん』
「あ、そうそう木兎な。木兎が三本の指に入るにはコイツらを倒さなきゃなんねぇな」
『そうだね』
「ま、頑張れよ」
『ん、分かった』
「勉強もサボるなよ」
『大丈夫。ちゃんと毎日先に勉強してる』
「ならよし。んじゃ俺寝るわ」
『おやすみ』


眠そうに欠伸をしてお兄ちゃんが部屋から出ていった。
宮城の牛若と井闥山の佐久早と九州の桐生を倒さないといけないのか。
木兎さんのテンション次第ってことになりそうだよね。
井闥山の試合を観ていても木兎さんだって決して負けてないとは思う。
ただちょっとだけムラッ気があるだけだし。
あぁ、そういうことか。赤葦さんが言ってたのはこういうことなんだろうな。
かと言って木兎さんに嫌なことをお願いされたら断るし我慢はしたくないけど。
けれど少しだけ、ほんの少しだけ木兎さんに優しくしてもいいかなとは思った。


「華ちゃん目に隈が出来てるよ」
『大丈夫ですよ』
「女の子なんだから隈なんて作ったら駄目だよ〜」
『心配させてごめんなさい』
「!?」
『でも本当に悩んでるとかじゃないので』
「それならいいんだけど無理しちゃ駄目だからね?」
「そうだよ〜。木兎なんて未だに華は絶対に何か悩んでる!って煩いんだから」
『むしろそれが悩みになりつつあります』
「尾長から聞いた聞いた!」
「それ聞いて心配しない!って言ったのに裏で結局心配してて木兎はほんとお馬鹿さんだよね〜」
『木兎さんらしいですね』
「あ、華ちゃん今笑った!」
「ほんとだ〜」
「その顔のがいいよ!」
「そうそう可愛かったねかおり〜」
『笑ってないです。タオル回収してきます』
「逃げられちゃった」
「少しずつ成長してるね〜」


木兎さんのことをお馬鹿さんと言った先輩達の表情が全然馬鹿にしてなくて微笑ましくなってしまったのだ。
それが顔に出てしまっていたなんて気恥ずかしい。


「何をして寝不足なのか知らないですけどあまり先輩達に心配させないでくださいよ」
『はい』
「理由を言いたく無いのなら心配させるようなことをしないでください」
『……すみません』
「華さん、言わなきゃ伝わらないことは沢山ありますよ」
『…』
「言い方がキツいですけど華さんはもっと先輩達と話すといいですよ」
『それは』
「話せないのならしっかりしてください」


前言撤回だ。
尾長君と3年の先輩達とは比較的話せるようになってきている。
けれど赤葦さんとの関係は変わらない。
心配させるつもりなんて無かったのだ。
ただ木兎さん達のためになればと思ってやり始めたことだったのに。
赤葦さんの言葉に急速に私のヤル気は萎んでいった。
赤葦さんの言うことも分かるけれどお姉ちゃんのことを話したらそれこそ先輩達は心配すると思う。
井闥山のビデオの話もまだ絶対に話したくなかったんだ。
あぁ、やっぱり赤葦さんは苦手だ。
その日から井闥山のビデオを観ることを私は止めた。


お互いがお互いのことを想ってスレ違うことってあるよね。
2018/07/19

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