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どうしよう、赤葦さんにはきっとバレー経験者なことバレてしまった気がする。
あの質問を聞かれても咄嗟に返事が出来なかった。
バレーをやったことないだなんて嘘でも言いたくなかった。
やっぱり木兎さんの自主練に付き合わなきゃ良かったと思う。


家に逃げ帰って結真の面倒を見ながらぼんやりこの一週間のことを考える。
まだバレーボールの感触が手に残ってるみたいだ。
嫌々木兎さんの自主練に付き合いながらも身体はバレーボールに触れたことを喜んでるみたいだった。


夕食を終えてお風呂に入って自室へと戻る。
今日の復習と明日の予習、それと課題をこなすためだ。
これがお父さんから課せられた私達兄妹の日課だった。
黙々と勉強をしながらふと赤葦さんから貰ったお土産のことを思い出した。
貰ったまま鞄の中に入れっぱなしになっている。
赤葦さんから貰ったものだけどせっかく買ってきてくれたものだ。
中を確認してみることにした。


『スズラン?』


お土産の紙袋をペリペリと開けて中身を取り出すとそこにはスズランのストラップが入っていた。
何で北海道のお土産にスズランなんだろう?
スズランと一緒に銀色の球体が並んでいる。
この銀色の球体は何だろうと何となく振ってみたらシャラシャラと綺麗な音色が耳元で響いた。


『綺麗』


その音があまりに心地好く響くので気付いた時には自然と微笑んでいた。
あまりに自然だったから気付いた時に少し驚いた。私まだ笑えるんだな。
そう自覚して少し悲しくもなった。


「華ー入るぞ」
『はーい』


この声はお兄ちゃんだ。
最近帰ってくるの遅いもんなぁ。
毎日頑張って勉強してるんだろう。


「おー勉強頑張ってんだな。ん?何持ってんだ?」
『部活の先輩から修学旅行のお土産で貰った』
「へぇ。洒落たもん買ってきたんだな」


私の勉強机までやってきてひょいと私の手からスズランのストラップを拐っていく。


「ハーモニーボールかぁ。綺麗な音するんだよな」
『お兄ちゃん知ってるの?』
「ちょっとな」


口元に笑みを浮かべてお兄ちゃんはハーモニーボールをシャラシャラと鳴らしている。


「ま、せっかく貰ったんだし大切にしろよ」
『分かった』
「良い先輩いるじゃん」
『そうだね』
「お前さ、ちゃんと前を向くことも考えろよ」
『何言って』
「葉月のことばっか引きずるなよってこと」


そんなこと言われなくても分かってるよ。
でもまだ全く考えれそうになかった。


「ゆっくりでいいからさ。こんなもんくれる先輩がいるんだから」
『どういうこと?』
「殻にこもってばっかりいるなよってこと。んじゃ俺風呂入ってくるから」


私の手にスズランを握らせてお兄ちゃんは部屋を出ていった。
シャランとハーモニーボールが音をたてる。
お姉ちゃん、私どうやって前に向けるのかな?
鍵付きの引き出しに手を伸ばそうとするもそれ以上は動かせなかった。
まだ無理だ。私にはまだそんな勇気は無かった。


「華ー!おはよう!」
『木兎さんおはようございます』
「何か今日元気なくね?」
『そんなこと無いですよ』
「そーか?体調悪いなら無理すんなよ」
『はい』


隣で木兎さんが楽しそうに喋っている。
それに適当に相槌を打ちながら学校へと向かう。
昨日お兄ちゃんに言われたことを引きずってるのかもしれない。


「もうすぐインターハイ予選だぞ!」
『はい』
「その後、梟谷学園グループで合宿な!」
『え?』
「今年はいつもより一校増えるらしいから楽しみだよな!」
『そうなんですか』
「7月はうちでやるかんな!」


そうか、もうすぐ夏がやってくる。
お姉ちゃんが大好きだった夏がやってくるのだ。
あぁもう。木兎さんのせいで余計に憂鬱になってしまった。


「華?」
『何ですか?』
「お前もちゃんと夏を楽しめよ!」
『分かりません』
「そんなこと言うなよー!夏祭りも花火大会も一週間の合宿もあるんだぞ!」
『木兎さんは夏が好きなんですね』
「俺は春も夏も秋も冬も好きだけどそうだな、夏が一番好きかもな!」
『そうですか』


お姉ちゃんも似たようなことを言ってた気がする。
夏が苦手だと嘆く私を見て「こんなに素敵な季節なのに」っていつも笑ってた。


「だから華も夏だけはちゃんと色々参加しろよ!」
『気が向いたら』
「いいのか!?」
『気が向いたらですよ』


お姉ちゃんを思い出しても今は何故か悲しくならなかった。
だから木兎さんに誘われてもつい肯定的なことを言ってしまった。
さっきまではどんよりと憂鬱だったのに不思議だ。
木兎さんがお姉ちゃんと似たようなことを言ったからかもしれない。


「お前そんな顔も出来るんだな!」
『え』
「今笑ってただろ?」
『そんなことないです』
「えー絶対に笑ってたぞ!雀田達に言ってやろ!」
『止めてください』
「あ!木葉!なぁなぁ!今華がなー!」
『木兎さん!?』


校門の近くで木兎さんは木葉さんを見付けて走り出した。
あぁもう止めてもきっと無駄だ。
と言うか追い付く気が無いんだけど。
木兎さんの話を聞いて木葉さんは驚いたような表情をしてこっちを見ている。


それでも今日は何故か嫌な気分にならなかった。
校門で木葉さんと木兎さんが私を待ってくれてるみたいだ。
きっかけなんて簡単なのかもしれない。
今日は昨日より少しだけ前を向けた気がする。
シャランと胸ポケットの中のハーモニーボールが鳴った気がした。


ほんの少しだけの変化。
木兎の無邪気さに救われる人間ってきっと沢山いるんだろなぁ。
2018/06/11

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