19.傷付けてから気づくこと



嘉音くんがどうしてあんなことをしたのかなんて知りたくないし、考えたくない。
知ってしまえば、悲しい選択を迫られてしまうような気がした。
それが怖い。
きっと選ぶことさえ、今の自分にはできないから。
だから、全て最初からやり直させて。
こんなにも弱い私を、どうか許してください。───





「何さ、あんた自分がどれだけ弱い人間か自覚してたんだ?」


はっと鼻で笑い飛ばしたのは炉華(ろっか)。
先程瑠珠(るーじゅ)を追って部屋を飛び出した後、偶然出くわした彼女に部屋へと引きずりこまれ、瑠珠が泣きながら走っていく姿を見た、何があったのかと聞かれたため詳しい事情を話したのだ。
そして聞いた第一声が、これである。


「大体さぁ、あんた優柔不断過ぎんのよ。瑠珠に協力するって言ったのに……嘉音くんとキスしちゃうとかさ。何、あんた嘉音くんのことが好きなわけ?」


その質問に思わず喉の奥がつっかえり、声が一瞬出なくなる。
亜弥は首を横に数回振ると、息をふぅ…と吐き出した。


「…分からないよ、そんなこと。大切な友達だけど、それ以上のことを考えたことなかったし……」

「そんな相手とキスしたの?あんた本っっ当に馬鹿だね」


はぁ、と思い切り溜め息をつくと、炉華は眉をつり上げた。


「あんたは結局、嘉音くんも瑠珠も傷付けたんだよ!独りよがりになるのもいい加減にしな!!」


目の前にあるテーブルをばんっと叩く。
びくりと亜弥は肩を揺らす。
そんな亜弥を見て、炉華はまたもや溜め息をつくと、自分の髪を軽くかきむしった。


「私はね、人の恋路にとやかく言うつもりはないんだよ。別に亜弥が嘉音くんを好きだろうが、瑠珠が嘉音くんとくっつこうが、そのときはそのときで友達なんだから喜んだりもするさ」


落ち着いた眼差しを向け、ゆっくりと語り出す炉華に、亜弥は黙って耳を傾けた。


「あんたは瑠珠を傷付けたことに気付き、嘉音くんから離れた。でもそれってさ、今度は嘉音くんを傷付けた…ってことだよね。どういう意図かまでは私にも分からないけど、嘉音くんはあんたにキスして、それをあんたは受け入れた。私が何を言いたいか、分かる?」


炉華の真剣な瞳に、背中に冷汗が流れるのを感じた。
そして、炉華に教えてもらうまで気づかなかった自分に嫌気がさした。
大切な人を、二人も傷付けてしまったなんて。
亜弥は瞳に溜まり、こぼれ落ちそうになる涙を手で拭う。
涙で濡れた手を見て、ドクンと心が揺らめいた。
そして嘉音との思い出の記憶が駆け巡る。
眠れないときは、いつも側にいてくれて。
道に迷ったとき、どうしようもなく不安になって彼の名を呼べば、追いかけてきてくれていて。
家出したときは、わざわざ迎えにきてくれて。
そして泣きそうになったときは、優しく抱き締めてくれた。

使用人としてだったのかもしれない。
けれど嘉音といたときはとても心が温かくて、幸せだった。
それなのに、いっぱいいっぱい優しさをくれた彼に自分はなんて酷いことをしてしまったのだろうか。

瑠珠だってそうだ。
お金持ちのお嬢様だからという目で見てくる人がたくさんいた中で、『右代宮亜弥』という一人の人間として扱ってくれたごくわずかな内の一人。
大切な、本当に大切な友達なのに、そんな彼女をも傷付けてしまった。

とめどなく溢れ出る涙をとめるすべは最早見つけられなかった。


「ゆ、るして、くれ…る、かな?私っ、嘉音、くんも、瑠珠も、た、いせつだ、から…」


呂律が上手く回らず途切れ途切れになってしまったが、炉華にはちゃんと伝わったようで。
ぽんっと頭に手を乗せ、優しく撫で始めた。


「大丈夫、長ーい付き合いなんだからさ。ちゃんと謝れば瑠珠は許してくれるよ。嘉音くんだって、多分私以上に亜弥のことを理解しているはずだからさ」


最後の方で、少しだけ炉華が寂しそうな顔をしたような気がした。


「ほら、思い立ったが吉日って言うだろ。早く行ってきな!」

「う、うんっ」


ガバッと立ち上がると、ごしごしと服の袖口で涙を拭い取る。
そして扉に向かって歩き出した。


「亜弥」


ドアノブに手を掛けたとき、炉華に呼ばれて振り返る。
するととても真剣な表情をしていた。


「嘉音くんのこと、好き?」


それは先程聞かれた問いだった。
亜弥は眉をひそめて彼女を見つめた。


「多分あんたは……、いや、何でもない。引き留めてごめん」

「…ううん。それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


亜弥が出て行くのを静かに見送る。
パタンと閉じられた扉を見て、炉華はぽつりと呟いた。


「自分で気づかなきゃ意味ない…よね」


これから先いつかきっと予想通りになってしまうであろう自分の考えに、ほんの少しだけ寂しい気持ちになった。



to be continue..


亜弥と炉華のやり取り、すごく好きです。
炉華と朱志香は結構似たもの同士だと思う。
口調や考え方は違うけれど、自分が亜弥のことを一番愛していると思っています。(変な意味じゃないですよ笑)
今回は亜弥中心だったので、次回は嘉音中心です。
思い悩む嘉音を上手く書けるように頑張ります!

20100101



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