18.抑えきれない衝動



部屋に入ると嘉音は亜弥をベッドへと座らせ、そして視線を落とす。
虚ろな目をしていて、視線をただただ下へと向けている亜弥に、嘉音は不安げに声を掛けた。


「亜弥様、大丈夫ですか?」


返事の代わり、というように顔を上げて嘉音を見つめる。
そして服の裾を掴むと軽く引っ張った。


「隣、座って」


いつもは聴くことのない静かではっきりとした声に、嘉音は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を戻して言われた通りに隣に腰をおろした。


「亜弥様…」

「嘉音くんは、さ…」


どうされましたか?と尋ねようとすると、腕の部分の服をぎゅっと掴まれて悲しげな視線を向けられた。
何かしてしまっただろうかという不安がぐるぐると頭の中を回る。
けれど何も浮かばず、ただ亜弥と視線を交わらずだけの時間が数秒続く。

亜弥は一度俯くとゆっくりと顔を上げ、決意したように唇を動かした。


「嘉音くんは、瑠珠のことが好きなの…?」


予想外の、それもとてもたちの悪い勘違い。

多分様子を見ていてそう感じたのだろう、それならば自分にも非はある。
今泣きそうなくらい悲しい気持ちになるのだって自分勝手だと分かっている。
今自分の中で一番許せないこと、それは亜弥に誤解させ、不安な気持ちにさせてしまったことだ。

そんな思いからどうしようもなく胸が苦しくなって、今にも泣きそうな顔をしている亜弥の手を優しく握りしめた。


「瑠珠様は亜弥様の大切なお友達、それ以上でも以下でもありません」

「…本当、に?」

「はい。誤解させてしまって申し訳ありません」


もう片方の手で帽子を外して頭を下げる。
そしてゆっくりと上げると、握りしめていた手を逆に亜弥が両手で包むように持っていて、それを自分の胸元へとやっていた。


「よかっ…た」


うるりと瞳を滲ませて自分を見つめる亜弥に、想いの全てを伝えたくなった。
抱き締めて、ふわふわと揺れる綺麗な金色の髪に触れて、そしてその今にも吸い込まれてしまいそうな桃色の唇に自分の気持ちを落としたい。
ここまで、こんなにも激しい衝動に駆られたのは初めてだった。


「私ね、瑠珠に嘉音くんとのこと応援してって言われて…。最初は頷いちゃったんだけど、さっき二人が一緒にこっちに来るのを見たとき、すごく胸が苦しかったの」


そんなことを言われると、嫌でも期待してしまう。
分かっていてそれを口にしているのだろうか、という疑問が嘉音の心の中で渦巻いていた。


「こんなこと言っちゃ駄目かもしれないけど……私、嘉音くんが他の子と一緒にいるなんて嫌なの」


そんなの、見たくないの──
心の内を全て言葉にしてさらけ出す。
嘉音は我慢できず、亜弥を抱き締めた。
それはとても強く、けれどそれ以上に優しいもので。
抵抗する、なんて考えは一切浮かばず、亜弥は寄り添うように体を預けて顔を上にあげた。
ぴたりと密着しているため、思った以上に顔が近くにあって、思わず頬をほんのり赤くさせた。


「か、のんく…」

「お願いです、今は何も言わないでください。じゃないと…」


歯止めがきかなくなってしまうから、とゆっくりとそして何よりも真剣な表情で言われて、亜弥は軽く首を横に振るとぎゅっと嘉音の服を握り締めた。


「嘉音くん、私ね、今すごく胸が苦しいの。さっきよりももっと。でも…それ以上に幸せな気持ちなの」


その言葉と、ふわりと頬を緩ませて微笑む亜弥を見て、何かが弾けた。

片手を背中から外し、そっと頬に重ねて。
次の瞬間には唇を塞いだ。


「ん…」


いきなりのことに驚き目を見開くと、目の前には瞳を閉じた嘉音の顔があった。
手に力を込めて離れようとすると、優しく、でも少し強引な口付けを角度を変えて何度も何度も繰り返し行われて。
気がつけばその甘い感触に酔いしれて、瞳を閉じていた。
次第に苦しくなってきて、眩暈を感じてふらりと体が揺れて。
ドサっと二人はベッドに倒れ込んだ。
その光景はまるで嘉音が亜弥を押し倒しているよう。
嘉音はそっと唇を離すと、自分の真下にいる亜弥を見下ろし、優しく頬を撫でる。
そして、再び口を塞いだ。

どうして、こんなことをするのだろうか。
キスとは、好き同士がするものだと朱志香に教えられていた亜弥にとって、この状態は不思議そのもので。
けれどそれ以上にファーストキスとセカンドキスを奪われたにも関わらず、嫌な気一つ起こらない自分が不思議でたまらなかった。

徐々に深く深くなっていく口付けにそんな考えも薄れていく。
息が上手く出来なくなってきたため、思わず少し身を引いて口を開いて息を吸うと、何かが口の中に侵入してきた。
それが舌だと分かったのは、自分の舌が絡め取られたからだ。
あまりの濃厚さに、頭がくらくらする。
お互いの唇の隙間から熱い吐息が漏れ、意識が朦朧としていく。
どうにかなってしまいそうな感覚の中で、きぃっと扉の開く音が嫌にはっきりと聞こえてきた。


「か、嘉音くん…まって、」


何とか嘉音を止めると、ドアの方へ視線を向ける。
そこに立っていたのは──


「…瑠珠」


目を丸くさせて茫然とこちらを見つめる瑠珠だった。
嘉音も亜弥の言葉で瑠珠がいることに気がつき、慌てて亜弥から離れた。


「何、してたの?」

「えっ、と…」


嘉音がどいたことで身動きがとれるようになり、ゆっくりと体を起こす。
心臓がこれ以上ないくらいに高鳴っているのが自分でも分かった。


「約束、したのに。私、亜弥のこと信じてたのに…!」


声を上げて、瑠珠は部屋から走り去っていく。
そのときいくつもの涙の滴が頬を濡らしているのが見え、亜弥は心がずきんと軋むのを感じた。
そしてようやく自分が取り返しのつかないことをしてしまったことに気がついた。

唇を噛み締め、今にも泣いてしまいそうな亜弥を心配して、嘉音はそっと手をのばす。


「…亜弥様」

「触らないで!」


嘉音の手を払いのけ、ベッドから飛び降りる。
当然嘉音は驚いた表情をした。


「さっきあったことは、忘れて」

「え?」

「私たちは、何もしていない」


瞳に宿る力強い輝きに、嘉音は本気であることを痛感した。
部屋から出て行こうとする亜弥を前に、何も言葉がでてこなくて。
一人部屋に取り残される形となった。
唇に先ほどの余韻が残っているのをうっすらと感じながら。



to be continue..


とことんこういう悲しい終わり方をさせるのが好きな自分(笑)
簡単にはくっつかないのが恋だと思う←
にしても嘉音積極的だなぁ^^

20091231



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