「お前、いつの間にここに…」

「きひひひひひひひ、亜弥も戦人も、ベアトリーチェが見えないんだ?」


思わず口をつぐむ。
亜弥はこの真里亞の笑い方が苦手らしく、つらそうに顔を歪ませた。

そんな亜弥に気づかず、真里亞は笑う。
一歩一歩、ゆっくりと亜弥と戦人に近づきながら。


「きひひひひひ。亜弥も戦人も、生まれつき波長が合わないタイプなんだよ。
だから見えない、会えない、話せない…ベアトリーチェの一番嫌いなタイプだよ」


そう言ってまた、きひひひひひと笑う。


「ベアトリーチェのことが知りたいなら、私が教えてあげてもいいよ?」


楽しそうに笑うと、誰も頼んでいないにも関わらず、真里亞はベアトリーチェについて語りだした。


「ベアトリーチェはね、千年の魔女なんだよ。あらゆる悪魔を使役し、錬金術を究め、賢者の石を生み出し、莫大な黄金を生み出すことができる。
お祖父様は彼女との契約で、右代宮家に莫大な富を築いた。昨日私が読んだベアトリーチェの手紙だって、ホントウなんだよ。

…まあ、生まれつき第六感がサッパリの戦人に信じろって言っても、無理な話だろうけど…きひひひひひ」


戦人は顔を歪ませた。
それは決して、自分だけがけなされたからではなくて。
亜弥のしんどそうな表情を見て、自分もつらくなったからだ。

がしっと真里亞の肩を掴むと、戦人は強い瞳で見つめた。


「魔女だの悪魔だの、そんなの誰に聞いた?
真里亞、昨日お前に手紙を渡したのは誰だ?」

「ベアトリーチェ」


当然のように、真里亞はそう返事をした。
そして薄く笑みを浮かべながら、戦人の手首を掴む。


「何度言えば分かるの?分かんないよね?見えないんだもんね?信じられないもんね?だから分からないよね、戦人には。

ベアトリーチェが今ここに"い"るのが」


びくりと、亜弥は肩を震わせて嘉音へ視線を向ける。
すると、じぃ…っと戦人の後ろを見つめていた。
亜弥も嘉音たちと同じように視線を走らせるが、そこには何もなくて。
振り返った戦人にも何も見えないらしく、


「何もいないじゃねえか」


と、安堵したように呟いた。


けれど──
今度は嘉音たちは、一カ所を向いてお辞儀をしだした。


「ねぇ…嘉音、何…してる…の?」


震える声で、亜弥は尋ねる。


「そこに、いるってのかよ……」


戦人は困惑した表情で、その一点を指差す。
すると、今度は別の場所へ嘉音たちは視線を移し。
また、別の場所へと移していく。

誰かが合図をしているわけでもないのに、全員が同じ場所を見つめていて。
そこには確かに何かがいる、ということを実感させられた。


「きひひひひひ。ベアトリーチェは偉大な黄金の魔女。でも波長の合う人間にしか見えないし、話しかけられない。それがとても悲しいんだよ。
だから戦人みたいな生まれつき魔法のセンスのカケラもない人に、存在を否定されるのがものすごく嫌いなんだよ…!」


またもや亜弥の名前は口にしなかった。
どうやら真里亞は亜弥に対してはそうは思っていないようだ。


「戦人は幸運だよ?昨日私があげたサソリのお守り。
あれを身につけてなかったら、今頃ベアトリーチェのどんな呪いが見に及んでいたか、分かったものじゃない」


その言葉に、戦人はポケットに手をやる。
亜弥はじっとその手を見つめていた。


「ホントウに幸運だよ。お守りがなかったら、今頃は戦人が倉庫の中で顔面を砕かれて、生贄にされたんだよ。代わりに誰か一人が助かっていたかもしれないね?
真里亞にお守りをもらったことを感謝しなよ。きひひひひひひひ」


脳裏に顔面を砕かれた戦人のイメージが浮かび、思わず亜弥は目をつぶって顔を逸らす。


「あのお守りがなかったら、俺は今頃殺されてたってのか…」

「そうだよ。ね?信じる気になったでしょ、ベアトリーチェのこと」


きひひひひひと笑い出す真里亞。


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