壁にもたれ、ずるずると座り込んで泣き崩れる譲治。 その姿はあまりにも悲しげで。 亜弥は更に涙がますのを感じた。
「譲治…紗音ちゃんはきっとありがとう言うてるぞ…。お前に恥ずかしいところを見られとうなかったんや。…きっとお前が耐えてくれたこと、感謝しとるで…」
「分かってるよ、父さん…分かってるよ…」
紗音の最期を見ることを耐える譲治は、誰よりも強い。 亜弥は心からそう思った。 自分なら、耐えることができるだろうか。 もし嘉音がこんな風に死んでしまったら…。 考えただけでも、辛すぎる。
亜弥は夏妃の服を強く握りしめた。
「…父さん、聞いていいかな…?」
手を額にあてたまま、静かに譲治は口を開いた。
「紗音は指に…指輪をつけてるかな…?」
「指輪…?」
身を屈めて、紗音を見る。 嘉音はそっと、左手を指差した。 そこには、キラキラと存在を主張するかのように指輪が輝いていた。
「…あるで。ダイヤの指輪が…左手の薬指にある…。紗音ちゃん、婚約しとったんか…」
その言葉を聞き、譲治は手を下にやり、そっと瞳を閉じた。 そんな譲治に、絵羽は焦ったように顔を向ける。
「…譲治…あなたまさか…」
「絵羽ッ!今はそんなん関係ないで!!」
秀吉は絵羽の言葉を遮って止める。 そして真剣な瞳で言葉を続けた。
「紗音ちゃんは男に将来を約束されとったんや…!女の本懐やないか…! 指輪をいつもらったかも、誰が渡したかも知らんが…紗音ちゃんは指輪をもらえたんや!そしてそれを受け入れ、左の薬指に通したんや…! 指輪を贈った男も、きっと喜んだんとちゃうか…」
涙が溢れそうになるのを、譲治は唇を固く閉ざして耐えた。 そして、嬉しそうに少しだけ口元を和らげた。
「…そっか…ありがとう…父さん…。 …行こう、戦人くん、亜弥ちゃん、朱志香ちゃん。これ以上僕らがここにいると、大人の邪魔になる」
亜弥と朱志香は無言で頷いた。 戦人は、ゆっくりと立ち上がる。
「…すまねぇな、大泣きしちまって…クソ親父に…笑われちまうぜ…。 仕方ねえだろ…親が死んだら、泣くように遺伝子にすり込まれてんだからよぅ…!」
ぐっと手で目を擦って涙を拭く。 そして譲治たちと屋敷へと戻っていく。
亜弥はというと、足が動かなくなってしまっていた。 夏妃はそんな亜弥を見つめ、
「嘉音も…子供たちとお屋敷に戻ってなさい…。
亜弥のことを頼みますよ」
──亜弥 その名を聞いて、虚ろな目をしていた嘉音ははっとしたように亜弥へと視線をやった。 俯き、静かに涙を流している。 嘉音は駆け寄って、そっと亜弥の肩に触れた。 すると途端に、はじけたように亜弥は嘉音に抱きついた。 夏妃はそれを黙って見ている。 嘉音は優しく背中を撫でた。
「亜弥様、一緒にお屋敷へ戻りましょう?」
「…う、ん」
嘉音はふらふらの亜弥の肩に手を添えて支え、傘を差して屋敷へと戻っていく。
悲しみの雨の中を、寄り添いながら──
to be continue..
第一の晩の惨劇、無事書き終わりました。 どこで切ろうか迷って、結局倉庫のシーンまで。 長々となりました…ああ、つらい´` 最初にギャグちっくにしたせいで、悲しみが倍増です。 次から気をつけよう。。
20090724
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