夏妃はそんな亜弥をぎゅっと抱きしめる。


「二人ともッ入っては駄目!見ては駄目!」

「譲治ッみんなを連れて、屋敷に帰っていなさい!!早くッ!!」


絵羽がそう叫ぶが、誰一人その場から動こうとしない。
いや、動けないのだ。

亜弥は涙を流し、息も絶え絶えに夏妃にしがみついていた。


「畜生…顔がねぇ…顔がねぇよぉぉ!!うおおおおおお!!」


涙を大量に流し、戦人は叫ぶ。
雨の音でさえ、かき消すことができないくらい大声で。

そんなとき、南條が口を開いた。


「…死後硬直をほぼ全身に認められる…多分死後6時間以上は経過しとるだろう。
私は検死は専門外だが…損壊部位を見る限り、死後に破壊された可能性が高い…」

「何ちゅう惨いことをッ!!悪魔の所業や…!
犯人は殺したあと、更にこんな無体なことをしたっちゅうんか!」


南條の言葉に、秀吉は顔を歪ませてそう言う。
悔しそうに、涙を流している。
秀吉の言葉を聞き、戦人は何を思ったのかそっと留弗夫へと手を伸ばした。


「親父ぃ…」


手が微かに震えている。


「てめぇは絶対に地獄行きだとは思ってたぜ…ッ?でもよ…ここまで惨ぇ目に遭わされる程の悪徳じゃなかっただろうがよ…ッ」


そう言って、霧江、楼座、郷田、蔵臼の名前をあげていき、地面にひれ伏した。
赤ん坊のように泣き叫ぶ戦人を、譲治は止めに入った。


「よすんだ戦人くん、もうよすんだ…!」

「兄貴、兄貴ぃ…っ!!

うおおぉ…ぉぉ……!!」


雨の中で、泣き続ける。

そんなとき、譲治があることに気づいた。
不安げに、ゆっくりと口を開く。


「…お父さん、倒れているのは…5人?」

嫌な予感が、譲治を襲う。
思い出したのだ。
今朝母親から聞かされた話を。


「…いや、ここに…もう一人おる…」


地面を見つめたまま、秀吉はそう返事をした。
そばには嘉音が表情を暗くさせている。


「……じゃあ、お父さんの足元に倒れているのは…紗音…なんだね…」


その言葉に、亜弥は顔を上げた。
そして、秀吉たちの方へ視線を向ける。
ここからは、よく見えない。


「…ああ、紗音ちゃんや…」


大切な恋人の死──
譲治は言葉を失った。

ゆっくりと手を握りしめると、苦しそうに口を開いた。


「…お父さん…紗音も…他の遺体と…同じなのかな…?

紗音の最期の顔を…見てもいいかな…?」


譲治の頼みに、秀吉は紗音から視線を外して前を向く。


「…譲治、お前が一番最後に見た紗音ちゃんは…どないな顔をしとったんや……」


譲治は、昨晩のことを思い出す。
嬉しそうに頬を赤く染めて指輪を受け取る紗音の表情が浮かんだ。


「…素敵な、笑顔だったよ」

「…そうか、なら紗音ちゃんも、その笑顔をお前に残したいと願うはずや」


はっとして、言葉が出なかった。

様々な笑顔を浮かべる紗音の姿──
それが頭の中をぐるぐると回って。
耐えきれず、譲治は顔をおえた。


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