09.血塗られた倉庫



10月5日 6時00分

夏妃は目を覚ました。
雨は昨日と変わらず、激しく降り続いている。

髪を結い、服を着替えて鏡の前に立つ。

…今日もまだ、あの陰湿な親族会議は続くのかしら…。

眉間にしわを寄せ、はぁと溜め息をついた。
部屋から出るため、扉へと向かう。
ドアノブには、昨夜朱志香がくれたペンダントが。


「朱志香のおかげで、安眠できたということかしらね…」


箱から、一つの袋を取り出す。
中には鏡が入ってあり、夏妃は大切そうに両手でそれを持った。


「お祖父様の片見の魔除けの霊鏡…これを代わりに朱志香にあげましょう…。亜弥にも何かあげなくては…拗ねてしまうかもしれないわ」


頬を膨らませる亜弥が頭の中に浮かび、口元が緩んだ。

袋に鏡をなおす。

丁度そのとき、コンコンっと戸を叩く音がした。
扉を開くと、源次が頭を下げて立っていた。


「…おはようございます、早朝から申し訳ございません」

「…源次?何事ですか?」

「昨夜の落雷で、電話機器に故障が出たようです。内線電話が不通になっておりまして…あとで業者に修理を依頼致します」

「…では台風が過ぎるまでは、内線電話は使えないのですね」

夏妃は片手を額に当てた。
朝からこのような話を聞かされるとは、思ってもみなかったのだろう。


「…それから奥様。…実は郷田の姿が見えません…」

「郷田?では朝食の準備は…」

「手付かずのようです…」

「何ですって?」


夏妃の頭に、陰湿な笑みを浮かべた絵羽の顔が浮かんだ。
一体どんな嫌味を言われるか。
そう思うと、ついつい大声を出してしまう。


「なぜ今日に限って…大方、朝寝坊でもしているのでしょう。誰でもいいから、急いで朝食の準備を…」


ドアを閉めたとき、ふと扉に目がいった。
ドアノブを中心に、無数の真っ赤な手形。
夏妃は驚いて、後ずさりをした。


「…な…ッこ…これは何の悪戯ですか…!おぞましい…!
血で汚れた手で、ドアをかきむしったような…」


想像をしただけで、寒気がする。


「…私も今ここにお伺いして、初めて気付きました」

「悪趣味な…。不愉快です…実に不愉快です…!」


夏妃の頭に、またしても絵羽の顔が浮かぶ。
そして身震いをした。


「お…大方趣味の悪い客人の誰かの悪戯でしょう…。後で綺麗に汚れを落としておくように」

「…かしこまりました」


ちらりと扉を見ると、夏妃は早足でその場を去る。
ドアが閉まる前に、ペンダントが揺れた。



【第9話:血塗られた倉庫】


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