紗音はくすりと苦笑する。


「嘉音くんは大事な『弟』ですけど…。私たちの育った孤児院では、院生は互いに家族だと教えられているので…本当の意味での『弟』ではないんです」

「そっか…紗音ちゃんは孤児院出身だったよな…」


こくっと紗音は頷いた。


「お館様が名誉院長を勤める孤児院『福音の家』では、右代宮家にお仕えするのが何よりの名誉なんですよ」


空いている左手をそっと胸に添えて、紗音は言葉を続ける。


「そして奉仕生活中は『音』の字を持つ使用人名を名乗るのが決まりなんです。今日はお休みですが、守音や恋音、眞音という名前の子もいますよ」

「…守音。ああっあいつか!」

「そういえば守音は紗音より勤めてる年が長いから、戦人も知ってるよね!」

「おう!懐かしいなぁー…あいつとは本当に気があってよぅ」

「今年いないのが残念だよね〜」


ちらりと朱志香に視線を向ける。
すると少し頬を赤らませた。


「…どうしたんだ、朱志香の奴」

「きっといろいろあるんだよ」



にやにやする亜弥の言葉にいまいち納得できないものの、ふーんと相づちをした。


「そういや、使用人名かぁ…」


戦人は先ほどの紗音の言葉を思い出す。
そして気づいたように、紗音の方を指差した。


「なら、紗音ちゃんにも本名があるんだよな?何ていうんだい?」

「す…すみません、お答えできません…。私たち家具に、本名は必要ありませんから…」

「いいじゃねぇかよぅ〜」

「戦人っあんまりしつこくしちゃダメだよ」


亜弥にそう言われ、戦人は口をつむぐ。
ちらりと亜弥を見ると、再び口を開いた。


「亜弥は嘉音くんの本名知ってるのかよぅ?」

「へっ!?」

「嘉音くんのだって使用人名なんだろ?どうなんだよ〜」


戦人の質問に、亜弥は困ったように少しだけ苦笑いをした。


「知らないよ」

「聞いたことないのか?」

「うん…今はまだいいかなって。それに、嘉音から聞きたいし」


嘉音も本当の嘉音も大好きだから。
名前は自分を表す大切なもの。
けれど、そんなことは関係ない。
使用人だとかお嬢様だとか。
そんなものに縛られたくないのだ。


「着いたよ。さあ入って入って」


譲治に急かされ、亜弥たちはドアの前へと足を進ませる。


「紗音ちゃんはこの後も忙しいのかな?良かったら僕たちと、トランプでもしないかい?」

「わ…私もですか?」

「じゃあ、嘉音も誘おうよ!」

「うん、そりゃあいいな!」


紗音は嬉しそうに顔を輝かせた。


「親族会議中は特別シフトなので…嘉音くんの分も、ちょっと確認してきますね」


紗音は使用人室へと駆けだす。
すると、亜弥も後に続いた。


「私も一緒に行ってくるー!」

「なっ亜弥!?」


止めようと手を伸ばす戦人。
それを朱志香が掴んだ。


「ったく、ニブいぜ戦人ぁ」

「な、何がだよぅ…」


ニヤニヤと笑う朱志香に、戦人はイヤな予感に陥った。


「亜弥と嘉音くんは、付き合ってるんだぜ?」

「…は、はぁぁぁぁああ!?」

「うるせーなぁ」


大声を上げる戦人に、朱志香は顔を歪ませた。


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