13.家出先は



遊び疲れた子どもたちが家に帰る、そんな夕暮れ時。

亜弥はある家の前で一人たたずんでいた。
手にしていた地図をちらりと見、そして目の前の豪邸と言っても過言ではない家のチャイムに目を向け、すーはーと深呼吸。


「…よしっ」


頷き、チャイムを鳴らそうと指を近づけていく──

すると丁度そのとき。


「あら、もしかして…亜弥ちゃん?」


声に反応して、くるりと振り返る。
するとそこには、亜弥がチャイムを鳴らそうとしていた家の主である絵羽が立っていた。


「絵羽おば様っお久しぶりです」


にっこりと笑顔を向けると、絵羽は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「まぁまぁっどうしたのかしらぁ?とにかく、入ってちょうだい」

「ありがとうございます!」


ギィィ…と音を立てて、門が開く。
亜弥は絵羽に続いて中へ入って行った。





家の中へ入れてもらうと、そのままリビングに案内され、椅子に座るように言われた。


「今紅茶を持ってくるから、少しだけ待ってて?」

「あっお構いなく」


いいのよ、と楽しそうな笑みを向けて、絵羽は部屋から出て行った。

ふぅっと亜弥は息をついた。

今頃お母さん、心配しているだろうか。

なんて考えが頭をよぎり、亜弥は慌てて頭を横に振る。
こうしたら考えが消えるのかと聞かれれば、正直返答に困る。

亜弥は俯き、テーブルに視線を落とした。


「…私は悪くないもん。お母さんがあんなこと言うから、だもん」


呪文のように、ぶつぶつと口にする。
まるで自分自身に言い聞かせているような。
そんな気がして、何だか嫌な気分になった。



しばらくの後、絵羽が紅茶を乗せたトレイを両手に戻ってきた。


「お待たせ、亜弥ちゃん」


はいどうぞ、と言ってテーブルにカップを置く。


「ありがとうございます」

「いいのよ〜」


絵羽は亜弥の向かいの椅子に座った。
そして、一口紅茶を口にする。
亜弥はただ、テーブルに置かれた自分のカップを見つめていた。


「今日はどうしたの?そんな大荷物を持って」


カップをテーブルに置くと、絵羽は優しい瞳を亜弥に向けて、そう尋ねた。


「家出…してきたんです」


ぽつり、と寂しげな声。
普通に出したつもりだったのにと、少し亜弥は驚いた。


「家出?何があったか、おばさん聞いてもいいかしら?」


あまりにも優しげな声色で聞かれたため、亜弥は涙が出そうになった。

なんて、優しいのだろう。

亜弥は瞳を絵羽の方へ向けた。


「お母様と喧嘩をしてしまって…」

「夏妃姉さんと?珍しいこともあるのねぇ…亜弥ちゃんを溺愛していたのに」

「誤解されちゃったんです。私が嘉音くんのことを好きだって」


一瞬、絵羽の笑みが歪む。
が、すぐに優しい笑みに戻った。
けれど亜弥は見逃していなかったらしく、不思議そうに首を傾げた。

絵羽は気にせず、紅茶を一口。
そしてゆっくり口を開いた。



「私も、夏妃姉さんの立場なら怒ると思うわ。大切な娘を、使用人なんかにとられちゃうなんて…許せないもの」


その目は確かに本気で。
きっと、紗音が譲治に好意を寄せているということに気づいているのだろう。
だからこそ、あまり好かない夏妃の行為にも頷いたのだ。

亜弥は何だか複雑な気持ちになった。


沈んでしまった亜弥の肩に、絵羽はそっと優しく手を乗せた。


「そんな顔しないで?亜弥ちゃんは悪くない。だって誤解だったんだもの」


絵羽が亜弥には自分の母親のように思えた。
つまり夏妃のような、そんな感じ。
反発しあっているけれど、やはりこういうところは似ているんだな。

亜弥は薄く笑みを浮かべ、


「ありがとうございます」


と、お礼を述べた。

その言葉を聞き、絵羽は緩やかに片手を軽く振る。


「いいのよ、それより紅茶を飲んで?私の淹れたとっておきのが冷めちゃうわぁ」


冗談めいた感じでそう口にした。

カップに視線を落とすと、少し湯気がなくなりつつあった。


「はいっ頂きます」


一口飲んでみると、とっても温かくて、優しい味が広がった。


「すごく美味しいです」

「よかったわぁ。あ、今日は泊まって行くでしょう?」


思い出したように、絵羽は言葉を続けた。
荷物の方に視線を向けている。


「ご迷惑でなければ…」

「構わないわよぅ、むしろすごく嬉しいわ!」


絵羽はうきうきしながら立ち上がると、床に置かれていた亜弥の鞄を持つ。


「お部屋に案内するわね」

「あっおば様、荷物…!」

「気にしないでちょうだい。それより今夜はご馳走よぅ」


すたすたと歩いて行く絵羽に、亜弥はくすりと笑ってついて行く。

何だか、救われた気がした。





その頃、右代宮本家では──


「朱志香!亜弥はどうしたのですか!?」

「……」


夕食時になっても亜弥が姿を現さないため、部屋を訪れるともぬけの殻。
夏妃は気が動転したらしく、朱志香を怒鳴り始めたのだ。


「黙ってないで、何か言いなさい!!」

「っ家出したんだよ!母さんがそんなんだからッ」


泣きそうな表情で、朱志香はそう答えた。
その言葉に思わず夏妃と、一緒に亜弥の部屋に訪れた嘉音は絶句した。
嘉音に至っては仕方がないだろう。
『旅行』だと言われていたのだから。


「…ど、どこに行ったのですか?」


明らかに動揺している。
先ほどまでの勢いが、今の夏妃には全く感じられない。


「さぁね、そこまでは聞かなかったし」


素っ気なくそう返事をすると、夏妃は顔を歪ませる。
そして、踵を返した。


「母さん…?」

「源次に、亜弥を捜すよに言ってきます」


振り向きもせず、一口そう言い歩いていく。

完全に夏妃の姿が見えなくなると、朱志香は嘉音の方を向いた。


「ああは言ったけどさ、心当たりはあるんだ」

「え…」


何故自分に告げるのだろうという表情。
朱志香はふふっと微笑した。


「きっと嘉音くんが迎えに行ってくれれば、亜弥も帰ってきてくれると思うんだよね」

「…そうでしょうか」

「嘉音くんだって、亜弥に帰ってきて欲しいだろ?」


その言葉に、嘉音は無言で首を縦に振る。
朱志香は満足げに笑みを浮かべた。


「じゃあ迎えに行ってきてくれ─絵羽おばさんの家まで」



to be continue..


何だか濃い話になりました…うん、しんどかった(笑)
因みになぜ絵羽のところを選んだかというと、夏妃は絵羽をあまりよく思っていないからきっと連絡を取ろうとしないだろうし、絵羽も夏妃をよく思っていないから、亜弥が来たなんて連絡を入れないだろうと考えたから…です。
さすがは姉妹、朱志香もそれに気づいた─だから嘉音に迎えに行くように頼んだんです^^
本当は自分が行きたいんだろうな(笑)

20090812



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