12.夏妃の苦悩



ある天気のよい昼下がり。


「このケーキ美味し〜!」

「それはよかった」

「あ、亜弥。口元にクリームがついてるぜ」


亜弥、夏妃、朱志香の3人は庭でお茶をしていた。
今日のお菓子は、ショートケーキ。
夏妃が作ったもので、頬が落ちるかと思うくらいものすごく美味しい。

亜弥はニコニコ笑顔で、それを頬張る。
紅茶を一口し、夏妃は微笑した。


「亜弥、まだまだありますからね」

「はいっお母様」


いい子モードになっているが、そのときのお嬢様オーラが今は感じられない。
むしろ、子どもっぽく感じられる。
それを見た朱志香は、やれやれと苦笑い。

そして何かを思い出したらしく、口を開いた。


「そうだ亜弥」

「何ですか、お姉様」

「足の怪我はもう大丈夫なのか?」

「…怪我?」


朱志香の言葉に、夏妃はピクリと反応した。
そのことに気がついた朱志香は、やべっと口をつむぐ。

実は、亜弥が怪我をしたことを夏妃には話していない。
心配させるのも気が引けるし、何より事情を尋ねられるといろいろと面倒だからだ。

どうしよう、と亜弥は考えを巡らせる。
けれど、ごまかせるような言葉が見つからない。

そうこうしているうちに夏妃は立ち上がると、亜弥の前で屈んでスカートを少し捲った。
痛々しい傷が目に入った。


「これはどうしたのですか?」


先ほどの楽しい空気が一変し、冷たい風が亜弥を襲った。

恐る恐る、亜弥は口を開いた。


「え…っと、転んでしまって」

「見れば分かります。一体どうしてこうなったのですか?」


その問いに、亜弥は困り果てる。

勝手に朱志香と嘉音の中を誤解して、このような結果になってしまった。
そんなこと、口がさけでもって言えない。

どうしようと悩んでいると、朱志香が口を挟んだ。


「母さん、私のせいなんだよ…!」


いきなりの台詞に、夏妃は眉をひそめて朱志香へ視線を向ける。


「どういうことですか?」

「えっと…私が嘉音くんと話してて、それを見て亜弥が私たちの仲を勘違いしたらしくて。で、邪魔しちゃ悪いと思って…」


走ってその場を立ち去ったら、転けてしまったらしい。

そう、朱志香はたどたどしく説明した。

正直、亜弥は驚いていた。
朱志香が代わりに説明してくれたからじゃない。
まさか、


「亜弥…どういうことですか」


包み隠さず、全てを話しててしまうとは思わなかったのだ。

おかげで夏妃の機嫌は、ほんの少し悪くなっている。


「まさか、嘉音に気がある…何てことはありませんね」

「!?」


予想外の言葉に、思わず目を見開く。
するとその行動を肯定と取ったらしく、夏妃は立ち上がり


「あなたには戦人くんがいるでしょう!」


大声で怒鳴った。
正直亜弥に甘い夏妃が怒鳴るとは思ってもみなかった朱志香は、自分のとった行動を悔いた。


「大体、彼は使用人なのですよ!身分が違いすぎます!あなたには相応しくありません!!」


必死に訴えるように、そう言葉を続けた。

亜弥は何かがこみ上げてくるのを感じた。

決して、嘉音に恋愛感情を抱いているわけではない。
けれど、あんまりではないか。

ガタッと音を立てて、亜弥は立ち上がった。


「お母様は、私の幸せが何よりの幸せだと、以前おっしゃってくださいましたよね!?ならば例え相手が使用人だったとしても、それは変わらないのではありませんか!?」


夏妃に負けないくらい、大きな声で叫んだ。

使用人だから、お金持ちのお嬢様だから。
そんな風に差別や区別をされることが、亜弥は大嫌いだった。

驚き、口ごもる夏妃から視線を逸らし


「これで失礼させて頂きます」

「っ亜弥」


屋敷へと早足で戻って行く亜弥を追いかけるため、朱志香も席を立つ。

夏妃は手を額に当てて、そっと瞳を閉ざした。




部屋に戻ると、亜弥は大きめの鞄を床に置いた。
追いかけて来た朱志香は、亜弥に深々と頭を下げ


「亜弥っ本当にごめん!」


瞳に少し涙を溜めながら、そう謝った。
それを見た亜弥はほんのり苦笑い。


「お姉ちゃんのせいじゃないから、気にしないで?」

「…けど、」

「この話はもうおしまい!ね?」


にっこり微笑む亜弥に、朱志香は少しだけ目尻を下げた。


「…そういえばさ、さっきから何やってるんだよ?」

「服とかいれてるのー」


さっき床に置いた鞄に、服や下着、その他必要なものをいれていく。

朱志香は首を傾げた。


「旅行にでも行くのか?」

「ううん、家出するの」

「そっか、家出か。

…って、はぁぁあ!?」


驚愕の表情と声を上げる朱志香。
そんな彼女を後目に、亜弥は荷物をいれ終えたらしく、それを手に持って立ち上がった。
そして、スタスタと早足で部屋から出て行く。

慌てて朱志香はその後を追った。


「ちょっ本気なのかよ!?」

「うん、さすがに今回のことには腹を立てちゃったから。頭冷やしてくる」


瞳は揺るぎない決意の色。
朱志香には、止めるすべが見つからなかった。


「あ、嘉音くん〜!」


前方からこちらに向かって歩いてくる嘉音を発見し、亜弥は嬉しそうに手を振った。
それに気づいた嘉音も頬を緩ませる。
けれど、亜弥の持つ大きな荷物を見て眉をひそめた。


「ご旅行か何かですか?」

「えへへー、そんなとこ!」


亜弥の言葉に朱志香は一瞬目を丸くさせたが、すぐに元に戻した。


「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

「うん。しばらく会えないけど…元気でね!」


玄関につくと、亜弥は靴を履き。
がちゃらと扉を開いた。

後ろを振り返ると、不安げに手を振る朱志香と軽く頭を下げる嘉音の姿が。
亜弥は微笑すると、駆け足でその場を後にした。

寂しげな気持ちを、ほんの少し宿したまま──



to be continue..


夏妃ママと喧嘩してしまいました。
夏妃は亜弥と戦人がした約束を知っています。
そして何より、戦人を気に入っています。
だからこそ、勘違いではあるけれど、使用人の立場の嘉音に好意を寄せる亜弥が許せなかったんです´`

200908010



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -